1.プロローグ

 土埃が舞い、泥にまみれた黒馬が駆ける。

 もはや蛆すら湧いていない亡骸を踏みつけ駆けるその馬は、立派で、しっかり育てられたということがよくわかる軍馬だった。

「くっそ、どこまで行ってもまともな村の一つもありやしねえ。」

立派なその黒駒に乗った、髪から瞳に至るまで黒ずくめの男は悪態をつきながら、天上をにらむ。

「いつまで続けりゃいいんだ、この地獄はよぉ。」

一言だけ泣き言を漏らすと、その男は馬を駆ってさらに先へと駆けていく。そのあとには、ただ、かつて人が住んでいた痕跡だけが残っていた。


 しばらくして、男はついに人がいる場所へと行きつく。そこは声にあふれ、人がいる気配が濃厚である。……だが、立ち込める煙、香り立つ匂い、その全てにおいて『不穏』という言葉を連想できるものだったが。

「……またか、忌々しい!」

馬に鞭を当て、脇にピタリと槍を構える。そのまま勢いをつけて突撃し。


 世に訪れたのは理不尽と不条理の時代。秩序の失せた混沌の時代。


 今の今まで民草を守り続けた神々が、何の音沙汰も人々にもたらさなくなってはや二百年。

「てめえら、何やっていやがるぅぅぅ!」

駆けて、跳んで、真っ先に見つけた人影を突き殺す。反応できずに首に一突き貰い、血を噴出させる痩せすぎの男。

 彼は、ボロボロの皮鎧を着て、ボロボロの剣を握って、武器も持たない一介の村人を攻撃していた。


 盗賊の横行。それが高じた、反乱組織の乱立。

 神の遊戯が始まらないこの世界では、そんなものがまなくなっていた。

「ああ、神よ……。」

死んでいこうとする村人たちが祈り、男が村の中で盗賊を討ち続ける。無双の働きをする男の手が、疲労で止まる。

 散らばった躯の数はもう百を数えている。日はすでに傾き、それは男が一時間あまり戦っていていたことを示していた。

「ああ、神よ、神よ……。」

戦わぬ若者が天に祈りをささげる。意味がないだろう、とは男は言わなかった。その願いがどれほど滑稽こっけいでも、その願いがどれほど切実なものであることはわかっていた。


 神が、この世界を守っていた。超人のごとき力を配下に授けられる、そんな王を、神は何人か選出し、この世界を統治させていた。

 この二百年。神に選出された王は、一人もいない。

 構えた槍が、だらりと垂れた。腕はもう悲鳴を上げていて、動く気力ももう湧いては来ない。

「せめて俺が、『像』の一つにでも選ばれたら……。」

この程度では折れはしないのに、という嘆きは、意味のないただの言葉の塊で。


 突如、地面が揺れた。男や村人、襲いかかる盗賊にまで、目に何か、圧倒的な光の柱が見えて。

「神が!神が我らを救いたもうた!」

男が守っていた村人たちが叫ぶ。盗賊たちが焦ったかのように散り散りに四方へ逃げていく。

「ハハハハハッ。」

男は天を見上げた。

 遥か彼方、どれくらいの距離かもわからない数箇所に、地上から天にかけて数本の柱が立っていた。

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