サクラサク*1*Side:Girl

「二兎を得る者は、一兎をも得ず」


いや、そんなことはない。

だって、既に一兎は得たんだから。



* * *


超絶難関校。

絶対に無理だって言われてた。

だけど、どうしても叶えたいものがあって

その為には、越えないといけない壁だったの。


勉強なんて大嫌いだった。

楽しくなんかないし、わけもわからない。

そう思って、いつだって赤点を取って

補習もサボって、怒られてばかり。


でも、別にそれでいいと思ってた。

…あの日までは。


ただ漠然と大事なことだからという大人。

ただ、怒るだけの大人。

校則、偏差値、評判。

私の為っていいながら、全部、私を守るためじゃない。


学校、ひいては先生たちを守るための言葉の嵐。

それに耳を、目を塞いだ私の手を開いてくれたのは

貴方だった。


別に、面白いことを言うわけでもない。

顔だって、特別かっこいいわけでもないし、

身長も普通で、寧ろちょっと猫背。


でも、字がすごく丁寧で。

それを書くチョークを持った手が綺麗で。

好きだっていう本を読んでいる時の

真剣な横顔には、ちょっとドキリとする。


でも、なにより、逃げた私を非難するでもなく、

その綺麗な手で、私の頭を撫でながら

それでいいんだ、と認めて、やりたいようにやれ、と言ってくれた。


初めて“私”に向けられた言葉だった。

心が動かないわけがなかった。


そこからは早くて、

今まで蔑ろにしてきた勉強を始めた。

遅れを取り戻すように、がむしゃらに。


最初のうちは、それこそ補習になったりもしたけど

その補習も逃げ出さずに出席した。


嫌いだったものも、

ある目標に近付く為の手段だと思えば苦しくはなくて、

寧ろ、確実に数字という結果が出ることで

確かに近づけている、ということを感じられて、楽しかった。



最期の模試で初めて出したA判定。

希望を掴んで、勝負に出た。


当日の試験をやりきった後は

達成感を感じながらも、待つだけの心細さに

不安で眠れない夜を過ごした。


そして、合否発表の日に、ずらりと並んだ数字の中から

自分の番号を見つけた時は、流石に泣いて喜んだ。

貴方も、自分のことのように喜んでくれて、

その笑顔が、私の想いを更に加速させた。


ずっと、決めていた。

あの日、あの瞬間から。


私の未来を変えた人。

そんな貴方の隣にふさわしい人になりたくて。


だから、こんなにも頑張りました。

単純な考えかもしれないけれど、間違ってはないはず。



ゆっくりと現れた影。

ドキドキが止まらない。試験開始前より緊張してる。


深く、深く息を吸って。

真っ直ぐに、貴方の瞳を見つめて。


超絶難関校への切符は手に入れたから。

今度は、貴方の隣にいる未来をください。



「私…、先生のことが…!」

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