2-③
あくびをする時は手で口を覆いなさいと、両親からいつも言われる慶子さん。歩きながらも、しっかりとそれを守る、けなげな乙女である。
ところで、両親と言えば、慶子さんは剣道部についてのあれやこれやを親には言っていなかった。断るつもりだったので、下手に言いたくなかったのだ。
今日こそは、和菓子さまに入部のお断りをしないといけない。
お断り、できるはず。
だって、鈴木学君は、隣の席なんだし、同級生なんだし。
つまりが、同じ年の男の子なのだ。
そうわかっているのに、やっぱり慶子さんにとって鈴木君は、尊敬する和菓子さまである。
その尊敬する和菓子さまに言われたことを、断ることが自分にできるのか?
本当のところ、自信がない慶子さんなのであった。
しかし、やはり……。
運動部に入るには無理がある。
小学生の頃から体育は、アヒルさんの成績、すなわち「2」だった。
ちなみに、他の教科はどうかというと、体育以外は大仏さまのお耳だった。
つまりが、三(3)。
しかし、何かの拍子にあひるさん二羽分の成績をもらう教科もあったため、トータルでの評定は三を下ることなくキープできていた。
成績に関して慶子さんは、平均という言葉を体現化した人物なのだ。
人の価値は、学校の成績だけにあらず。
これは、どちらかといえばお勉強ができた慶子さんの両親が、結婚して親になり、慶子さんを育てる中で気が付いた子育てに関するモットーだった。
おかげで、すくすくと育った慶子さん。
そのすくすくさが、学業だけでなく、和菓子さま《鈴木君》にも向けられると一気にことは解決しそうなものだが。まぁ、そうなりそうもないところが、慶子さんの慶子さんたる
そんな自分の
その結果、春は危ない人が多いなぁと避ける人々により、慶子さんの周りは人口密度が少なめだ。
と、そんな中、慶子さんに向って一直線に走って来る人物の姿があった。
「柏木さんっ!」
自分を呼ぶ元気な声に振り向き、慶子さんが目にしたのは、昨年同じクラスだった、
「おはようございます」と、慶子さんが挨拶をすると、山路さんからも「おはよう」と、とても嬉しそうな返事が返ってきた。慶子さんと山路さんは、並んで歩き出した。
「柏木さん、ありがとうね。朝から、あなたに会えるなんて、ほんと嬉しいわ。もう、大感激よ」
大感激? わたしに会えたことで?
慶子さんは返事に困った。これは、一体どういうことだろう。
「あれ? もしかして聞いてないの? わたしね、剣道部なの。それで、昨日、鈴木から柏木さんが入部するって聞いたのよ」
「剣道部? 山路さんも、剣道部で。……あれ」
自分の入部について、すでにそんなところまで話があがっていたとは、想像もしなかった。確かに、入部届けに署名して、「剣道のいろは」まで借りたのは慶子さんだ。その状況は、第三者からすれば入部に前向きな姿としか思えないだろう。
本当は、入部を断りたい。慶子さんがそう考えているなんて、誰が思うだろうか。
「鈴木から聞いた時は耳を疑っちゃった。でも、柏木さんの入部届けも見せてもらって、鈴木が本も貸したって聞いて。あぁ、これは本当なんだって。わたし、凄く、凄く嬉しいし、ホント助かる。だって、五月には部活の紹介があるじゃない? 部活の勧誘活動も始めなくちゃいけないし。ほら、今って、剣道の女子部は、わたしだけでしょう。それって、これから後輩を迎えるのに辛いもん」
ん? と思う慶子さん。山路さんの気になる言葉をリフレイン。
――剣道の女子部は、わたしだけでしょう。
え、えええっ? ちょっと待って!
山路さんの言葉に、心の中で思いっきり突っ込みを入れる。
「ほら、みんな他大学受験の為に部活をやめちゃって。で、これで二年生でもいればまだ大丈夫だったんだけど、去年の新入生勧誘に失敗してゼロ。柏木さんがいなかったら、わたしは女子一人だったから、ほんと助かったしありがたいなぁと、感謝感激なんだ。で、入っていきなりで申し訳ないんだけど、こういった事情なんで、柏木さんに是非、副部長をお願いしたいなぁと。部長はわたしなんだけど。まぁ、二人しかいないわけだから、そうだよね。ってことで、どうぞよろしくね」
山路さんは嬉しそうに、えへへなんて笑っている。
その山路さんの笑顔を見て、もう断ることはできない状況だと慶子さんは悟った。
入部と同時に副部長。
柏木慶子さん、剣道未経験にもかかわらず、副部長決定。
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