2-②
剣道のユニフォームは、上半身は胸紐といった紐で結んで着る剣道着で、下は袴だ。着用にも細かな決まりがあるようで、胸紐は横結びで、袴の後ろ部分の腰板は、腰骨にあてろと書いてある。また、袴は、前方を下げ後方は上げ気味なるように着用しなくてはならないらしい。
体操着とスクール水着にしか縁のなかった慶子さんにとり、そういった着衣の決まりごとは、カルチャーショックだった。
「いろは」に載っている写真をじっと見る慶子さん。 果たして、一人で着られるのだろうか。 それとも、誰かに着せてもらうのだろうか。
自慢じゃないが、慶子さんは浴衣だって一人で着ることはできない。
ふぅ、とため息をつき天井を見上げた慶子さんは、十秒くらいはそのままでいたが、ぱっと姿勢を元に戻すと、気分も新たにと次のページを捲りだし、鎧グッズを見た。
念のために言うならば、剣道には「鎧グッズ」なる名称のものはない。 慶子さんが勝手にそう呼んでいるだけだ。くれぐれも、お間違えないよう。
さてさてと、慶子さんは、鎧グッズの説明を読みだした。
「いろは」によると、剣道着と袴を無事に着用した後は、面、小手、胴、そして垂たれというもので、ボディを固める必要があるそうだ。
必要なもの全て着用したという完成写真を、慶子さんはじっと見た。
肌が出ているのは、裸足の足元だけだ。あとは、身につけるもので全てがなにかしらで覆われている。
これじゃ、この格好では、このままの姿では、誰が誰だかわからないのでは?
あぁ、だから名前が必要なの?
垂の前にある個人の「名前」に目がいく。
試合をする者は、垂の中央にこれをつけろと書いてある。
前なんてそれぞれ違うわけだから、つまりがオーダーメイドになるのだろうか?
写真を見つめながら、垂につける名前について勘定を始める慶子さん。
慶子さんは締まり屋さんだ。 それは、母親に代わり家事をするようになってから身につけた、スキルである。
お料理もお掃除も一応はできるようになった慶子さんが、最も好きな家事はスーパーでのお買い物だった。ここ数年の経験で、商品の底値情報は、歴史の年号よりも動詞の活用よりも頭に入っている。
縁があり結婚をしたら、やりくり上手なお嫁さんになるだろうし、結婚しなくても、どうにか工夫して生活していけそうな経済観念の持ち主なのだった。
先程の慶子さんの心配に戻ろう。人間というのは不思議なもので、体が防具で覆われていたとしても、仲間として活動するうちに、なんとなくのシルエットでおおよそだが誰が誰だかわかるものなのだ。
けれど、そんなことは、今の慶子さんにわかるはずもなく。何から何までも、未知の世界の剣道を、本を捲ることで探求中なのであった。
そして慶子さんは、またもや感嘆の声をあげた。なんと、手ぬぐいの被りかたにまで指南が! 面をつける前に、頭部を手ぬぐいで巻くのだが、それにもやり方があるようだった。
慶子さんは眩暈がした。 一体剣道は「剣道をするまで」に、いくつのハードルを越えねばならないのだろうか。 こんなにも決まりがたくさんあったら、着たり、身につけたりだけで、部活の時間が終わりそうだ。
入部を断るつもりなのに、部活の時間について考えてしまう慶子さん。 素直なんだか、お人よしなんだか、単に忘れっぽいんだか。
そんなこんなで夜は更け、今朝、慶子さんは寝不足さんなのであった。
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