第8話 天使の笑顔

 今日は圃場へ奥様とフロウ様が見えられた。初夏にしては日差しの強い暑い日だった。お二人とも日傘をさしておられる。レナード様は枝を整えたり葉の様子を丹念に調べていた。


「レナード、精が出ますね」


 作業に夢中で気づかないレナード様に奥様が声をかけられた。


「あ、フロウ!母様も」


「兄さん、どれが兄さんが育てたバラなの?」


 フロウ様が覗き込むとレナード様も立たれ嬉々として説明された。


「この列と両隣の3列が僕が植えたバラだよ。今チェックしていたバラはとっても丈夫で病気にかかりにくいんだけど残念な事に香りがしないんだ。」


「私はこのバラが好きだわ、ピンクに黄色の斑がとても鮮やかできれいね」


 奥様が指したバラはレナード様の自慢の出来だった。花びらに入った斑が斬新でありながら花の形はクラシカルでオールドローズの趣がある。


 育種にも作り手のセンスが現れる。


 どのバラを交配するかの感は持って生まれたセンスに左右されるところが大きい。それと忍耐と情熱、根気などなど。レナード様は育種家に向く様々な性質を兼ね備えておられた。


「わー本当に鮮やかな花ね。あ、香りもいいわ、何かの香りに似ているみたい」


「それはねティー香といってお茶の葉の香りに似ているんだよ」


「兄さんは薔薇のことならなんでも知っているのね。…わたしお茶って聞いたらお茶が頂きたくなってきちゃったわ」


「フロウは花よりお茶菓子」


 レナード様がフロウ様の日傘をトントンと叩きながらからかわれた。


「まぁーレン兄さんったら!」


 ぷーっと頬をふくらませ拗ねた様子のフロウ様を楽しそうに見つめるレナード様の瞳はとても優し気だった。


「その意地悪を言うお兄様はあなたの為にバラのシフォンケーキを用意してくれているそうよ。東屋へ行きましょう」


 奥様もからかい半分にフロウさまへ笑いかけた。


「バラのシフォンケーキ?!兄さんが考えたの?なんて素敵!兄さん、早く行きましょう」


 フロウ様はレナード様の手を引っ張って圃場を出ていかれた。振り返りざま、


「ベン、お仕事中にお邪魔してごめんなさい。またバラを見せてね」


 

 ご兄弟がよくおっしゃっているセリフをこの爺よくは知っている。そしてまさにあれは天使の笑顔だとしみじみ感じた。


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