第7話

「っていうことがあったの、懐かしいですね」


「クソ、よく覚えてんなそんな話⋯⋯」


「2人とも若いわね〜」


 そんな思い出話を私の家で披露された善一くんは虫の居所が悪そうにしていた。

 お母さんもとても楽しそうに話を聞いていてくれた。


「お姉ちゃん、もう高校生なんだからクリスマスくらい2人で過ごしたら? ていうか家族に惚気ないで」


 今の話を表情1つ変えずに聞いていた私の妹、琥珀こはくはサラッと毒を吐いた。

 妹の意見は最もだが、クリスマスは毎年お互いの家で過ごすのが当たり前になってしまった。

 2人で過ごせないのは残念だが、外堀は埋められるので問題ない。


「そういう琥珀も、男の子と出会いとかないの〜?」


「ないよ。なんでママはそういう話が大好きなのかな⋯⋯」


「善一くんも良い男の子とか知らないかしら?」


「え、俺ですか? いやぁ、知らないですね⋯⋯」


 突然お母さんに話を振られても丁寧に敬語でそう返す善一くんは不良には見えない。

 普通に人当たりの良い青年だ。


「琥珀ちゃんモテそうだけどな。白瀬に似てるし」


「あら、嬉しいこと言ってくれるわね〜」


「いや、おばさんのことじゃなくてですね⋯⋯たしかに白瀬だし似てますけども」


「善一くん、ここにいる人はみんな白瀬ですよ?」


 そうやって善一くんのことを煽り気味に言う。

 何が言いたいかは超鈍感の彼にもわかるだろう。


「えーっと⋯⋯あ、外雪降ってる!」


「あ、ほんとだ」


「あら本当ね〜」


「話を逸らしましたね⋯⋯」


 しかし、善一くんの言う通り確かにリビングの窓を見ると雪が降っていた。ホワイトクリスマスだ。


「ちょっと私見に行ってくる」


「ママも〜」


「あ、ちょっと待ってよ⋯⋯」


 いつもは無表情の琥珀が心なしか嬉しそうに頬が緩んで外へと向かっていった。

 顔には出ないが感情豊かな子なのだ。

 お母さんもあの子供っぽいところをなんとかして欲しいものだ。


「はぁ⋯⋯私たちも外出ましょうか」


「あぁ、先に行っててくれ。トイレ行ってから行く」


「わかりました」


 善一くんもある程度私の家族を理解しているので普通だった。

 受験期の時にお互いの家を出入りして勉強してたからだろう。

 ちなみに私は善一くんの家族構成、年齢、血液型、先祖も知っている。


「わ⋯⋯本当に雪が⋯⋯」


 玄関から外に出るとひらひらと雪が舞っていた。


「そうだな」


 ほんの少しだけ遅れてきた善一くん。

 降り始めたということもあって、まだ積もっていないが雰囲気は良かった。


「私たちは寒いから先に戻るね」


「2人ともごゆっくり〜」


「なんなの2人とも⋯⋯」


 今にしてみれば2人は私たちに気を遣ってくれたのだろう。

 善一くんはまったく理解してなさそうだが。


「へっくち⋯⋯」


「大丈夫か?」


「ちょっと寒いですね。そのまま出てきてしまったので」


 部屋の中の温度でぬくぬくしていたので外の気温がとても肌寒かった。

 それを言うと善一くんが寄ってくる。


「ほら⋯⋯これ。今年の⋯⋯アレ」


「アレ、ですか?」


「その⋯⋯クリスマスプレゼント⋯⋯」


「これは⋯⋯」


 目線を適当な方向に逸らしながら手渡してくるそれはマフラーだった。

 しかも市販のものではない、編まれたものだった。

 なんとも手先が器用な善一くんらしいプレゼントだ。


「初めてだからそんな上手くいかなかったんだ。やり直す時間も無くて、それで⋯⋯ごめん」


「謝らないでください。私、本当に嬉しいんです」


 本人は上手くいかなかったと謙遜するが、私にはとても立派に見える。

 ほつれている部分はないし、肌触りも良い。

 何より、善一くんが私のために作ってくれたというのが嬉しかった。


「巻いてくれませんか?」


「それくらい自分で巻けよ⋯⋯」


「巻いてくれませんか⋯⋯?」


「⋯⋯わかった。首絞めて文句言うなよ?」


「ふふっ、怖いです」


 そのままマフラーで私の首を手際良く巻いてくれる。


「善一くんは寒くないですか?」


「俺は別に⋯⋯へっくち!」


「寒いんですね⋯⋯」


 雪が降るほど寒いのに防寒具を身につけないからだろう。

 しかし、逆にこれは好都合だった。


「では一緒に温まりましょう。どうぞこちらへ、入ってください」


「いやでも⋯⋯いや、せっかくだし入る」


「え、え?」


 いつもならうだうだ文句を言うはずの善一くんが素直に同じマフラーに入ってきたことに私は驚かずにはいられなかった。

 少し動けばお互いの顔が触れそうになるほどの距離になった。


「あの、善一くん⋯⋯?」


「なんだよ、これならお互い温かいだろ」


 さも当然かのように言ってのけるそのセリフは、善一くんが吐いたものとはとても思えなかった。


「えっと⋯⋯その⋯⋯」


 いつもの余裕が出ない。

 まともに顔を見れないし舌も回らなかった。


「⋯⋯昔、俺が白瀬の髪綺麗って言ったの、覚えてるか?」


「えっ⋯⋯? あ、はい⋯⋯もちろん覚えてますよ⋯⋯忘れるはずありません⋯⋯」


 忘れるはずない大切な記憶。


『なんつーか雪みたいでめっちゃ綺麗だし、すげーサラサラじゃん!』


 初めてこの嫌いな髪を褒めてくれたあの日。

 あの日から髪の手入れを欠かしたことはない。


「うん⋯⋯お前はあの時以上に綺麗だ、白瀬」


「へっ⋯⋯!? いやっ⋯⋯えっと⋯⋯へ?」


「んだよ⋯⋯せっかく勇気出したのに」


 私が冷静さを保てずにいると、それに怒ったのか善一くんがプイッとそっぽを向いてしまった。

 しかし、しょうがないだろう。初めて善一くんがこんな風にロマンチックな言葉を言ってくれたのだから。

 現実では無く夢なのかとさえ思った。


 しかし、密着した体温、息遣いが夢にしてはリアルすぎた。

 善一くんの耳が真っ赤なのは寒いからなのか⋯⋯今の私にはわからない。


「んじゃ、そろそろ俺らも戻るか⋯⋯」


「ま、待ってください⋯⋯!」


 この時間を終わりにしたくない。

 それ以上の時間を味わいたい。

 強情な私はとっさに彼の腕を掴んだ。


「こんなのじゃ⋯⋯足りません⋯⋯もっと⋯⋯してください」


「⋯⋯わかった。絞め殺しても文句言うなよ」


「本望ですっ」


 私の意図を察した彼は、私を強めに⋯⋯だけど優しく抱きしめてくれた。

 

『あぁ、やってやったぞ!』


 合格発表の日、私は初めて彼から抱擁された。

 自分から抱き着くことはあっても、彼から抱き着かれることはなかった。

 だからあの時は戸惑ったし、頭が真っ白になった。

 合格なんてことはすっかり忘れてその日は1日中善一くんのことを考えていた。


「白瀬が求めてきたんだから、後で文句言っても駄目だからな」


「⋯⋯ずるいです」


 いつだってずるいのは私だ。

 なのに、こんな単純な言動で引っ掻き回される私がどうしても情けなくて、私はまたそんなことを言ってしまった。

 私は彼の腰に手を回して、絶対離さないように力を込めた。

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