第6話

 兄に憧れ不良を志す俺、関根善一せきねぜんいちは今人生の窮地に立たされていた。

 歩く時の一歩一歩がぎこちなく、自分の足ではない気がする。


「緊張、してるんですか?」


「ししし、してねーよ! さ、寒いだけだ!」


「ふふっ、そうですね」


 今日は高校受験の合格発表日。俺と白瀬姫乃しらせひめのの2人で受験校に向かっているところだ。

 もちろん今は肌寒い時期なのだが、我ながら震えすぎだと思う。

 こんな言い訳が通用するはずがない。


「そんなに寒いんですか?」


「あ、あぁ、クソ寒いな〜」


 演技の才がない俺は自分でもわかるほど棒読みになってしまった。

 すると、白瀬は自分のマフラーをシュルシュルと解き始めた。


「ん? なんだよ」


「これで温まりましょう」


「いやいい。お前のなんだからお前が使えばいいだろ」


 白瀬は自分のマフラーを差し出してくるが、俺には必要がなかった。だって本当は寒くないし。


「もちろん私も使いますよ。2人で使うんです」


「⋯⋯? どういうことだ?」


「ちょっと寄ってください」


 クイクイっと手招きをされて体を近づけると、マフラーを勢いよく俺の首に巻き付けてきた。


「おわっ⋯⋯!」


「シュルシュル〜っと⋯⋯」


 何かを口ずさみながら俺の首と白瀬の首をマフラーが巻きつけた。


「ちょ⋯⋯! 近いって白瀬!」


「こっちの方が温かいでしょう? これで寒さはありませんねっ」


「いや⋯⋯たしかにそうだけど⋯⋯!」


 マフラーを巻いて距離が近づいた途端、白瀬の体が密着してきて匂いも漂ってきた。

 いつもとは違う距離感で白瀬の整った顔立ちもとても近い。長い睫毛もよく見える。


「いいから解けよこれ⋯⋯」


「善一くんも満更ではないのでは?」


「そ、そんなわけないだろ⋯⋯」


 こんなにも近い距離感だと、ジーッと見つめてくる白瀬からは逃げられない。

 しかし、白瀬のおかげで俺はすっかり緊張を忘れていた。

 そんな調子で歩くこと数十分。


「お、おい白瀬。そろそろ離れろって」


「離れたら寒いでしょう? このまま行きましょう」


「は、恥ずいって⋯⋯」


 そのまま受験校に到着した。

 たくさんの受験生たちが同じ掲示板を眺めていた。

 目の前で喜んで抱き合っている生徒や、泣いている生徒なんかもいた。

 そんな中、1つのマフラーで首を温め合っている俺たちは場違いかもしれなかった。


「は、早く見に行こう⋯⋯」


「まだ寒いんですか? 震えてますよ」


「さ、寒くねーよ」


「じゃあ緊張ですか?」


「それでもない、これはその⋯⋯武士震いだ」


「それを言うなら武者震いです⋯⋯」


 緊張関係なく俺のバカが炸裂した。

 しかし、なぜ白瀬は緊張しないのか。余程自信があるのか。


「白瀬は⋯⋯緊張してないのか?」


「もちろんしてますよ。すごく不安で怖いですし」


 そんな白瀬は掲示板の方を見ているようで、遠い目をしていた。

 しかし、俺の視線に気づいたのか俺の方に向き直してニコッと微笑んだ。


「でも、善一くんとたくさん勉強したんですから、自信の方がありますね」


「⋯⋯それも、そうだな」


 そんな風に笑ってのける白瀬に俺は少し驚いた。

 泣き虫だった白瀬が嘘だったみたいだ。


「では行きましょうか」


「あぁ、このマフラーを解いてからな」


「いえ、このまま行きましょう」


「いや、解いてから⋯⋯って待て!」


 強引に引っ張られてそのまま掲示板前の人混みへと突っ込んだ。

 マフラーを解くことは許されなかった。


「えーっと⋯⋯240は⋯⋯」


「私のは⋯⋯⋯⋯」


 お互い自分の番号を探し始めて黙った。

 そしてその時間はすぐに破られた。


「「あった!」」


 お互いの声が揃って思わず見合わせて笑ってしまった。


「やりましたね! 善一くん!」


「あぁ、やってやったぞ!」


 本当に嬉しかった。

 興奮しすぎて頭が真っ白になった。

 そんなどうしようもない衝動に駆られて俺は


「きゃっ⋯⋯!」


 抱きしめてしまったのだ。ゴールを決めて喜んだサッカー選手の如く。

 さっきまで窮屈だったマフラーは、密着した俺たちにはとても緩かった。


「⋯⋯ずるいです」


 そんな風にボソッと呟いてから白瀬も背中に手を回してきた。

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