第6話
「お母さまは、この船の進路を変更しました」
コマチがメアリを抱いて戻ると、ロイドは話し始めた。彼に預けられた、最後の情報だ。
「私のネットワークはすでに旧式となり、遮断されています。ですので、今、他の人類が生き残っているかどうかは知る由がありません。伝染病によって倒れているのか、それとも竜のように別の進化を遂げているのか――ですが、お母さまは可能性に賭けました」
ロイドはコマチの肩に触れた。これは初めてのことだった。
「この船は、地球へ向かいます。到着は、何百年も未来のことになるでしょう。コマチ様とメアリ様は、再び眠っていただく必要があります」
必要な手続きをロイドから聞き終えると、レストランの照明が落ち始めた。
「あらゆるエネルギーを移動に回すため、このあたりのスイッチを切ります。もちろん、私自身も。もしお二人が目覚めたときに、私の回路がまだ摩耗していなければ、またお会いしましょう」
そう言ってロイドは手を振った。
コマチはメアリを抱いたまま、冷凍カプセルに腰かける。メアリのサイズであれば、二人で一つのカプセルに入ることも可能なようだ。ロイドに言われた通り、冷凍睡眠の目覚めを限界ギリギリで設定する。
横たわると、カプセルの蓋が降りてきた。周囲の音が遮断され、自分と、メアリの息遣いだけを感じる。
これから、じわじわと意識が薄れ、深い眠りにつくはずだ。
コマチは腕の中のメアリに話しかける。
「ねえ、メアリ。もしヒトに戻れたら、たくさん話したいことがあるわ」
メアリは今、どれだけの人語を解するのだろうか。分からないが、それでもコマチは話し続ける。
「私の好きな短歌があってね。『雪は降り隣の町に死者が出た鳥目の勇者が一人鐘打つ』っていうの。本を見ると、この鐘は闘いの宣言だって書いてあるわ。でも、私はこれを鎮魂の鐘だと思う。あなたはどう思うのかしら。聞いてみたいわ」
メアリの安らかな呼吸音が聞こえる。寝入ったようだ。コマチは彼女を抱き寄せ、深く深く息をつく。
宇宙船はドーナツの形。
砂糖の粒よりも小さな彼女たちは、長い旅に出る。
宇宙の歌 葉島航 @hajima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。