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「貴女も痛感しているように、貴女以外の命には限界がある、それを彼は嫌というほど知っていた。そして、自分もそこから逃れられないことも知っていた」

「そういえば、寿命を知っていたのだったな。誰も知り得ることが出来なはずの事柄を」

「えぇ、彼は深淵を覗いた者ですから」

「深淵……」

「深淵を覗いてしまった彼には、自らの寿命を乗り越えてやらねばならぬことが出来てしまったのです。だが、それには圧倒的に時間が足りなかった。はじめは自らの寿命を無くそうとしたのですが、やはり組み込まれている情報を書き換えることは出来なかった。そこで彼は自らの知識、意識、思考、それらを死なない体に移すことにした。当然ですが、その時点での彼には貴女のような存在を作ることは出来ない。技術、経験、材料全てが不足していましたからね。なんとかならないかと考えた彼は、アンドロイドという方法を使って自らの分身を作ることにしたのです。それから数十年後、彼は自らの意識や知識、思考を抽出することには成功しました。しかし、それを操るための肉体を作り出すことが出来なかった」

「出来なかった……。だが、肉体生成自体の技術はブレイブセンターで確立され、その情報は公開されているはずだが?」

「ですから『操るための』肉体です。ただの肉体ではなく、彼の意識や思考、それらすべてを受け入れることの出来る肉体がなかったんですよ。情報を入れた途端に狂ったり、肉体自体が溶け出し無くなってしまったりしてね。なので彼は、ブレイブセンターを利用することにしました。当たり前ではありますが、ブレイブセンターの演算能力は彼一人の演算能力より数千倍ある。彼は様々な肉体を、自らのデータを入力できる肉体をブレイブセンターに作らせることにしたのです。一時期、世界に人型のアンドロイド的なものが生まれたのは彼の仕業と言ってもいいでしょう。そうして更に十数年後、ようやく彼は自らの分身を手に入れます。私という擬似的な自分を生み出したのです。私は機械であり、生物でも有る。完全に全てが機械、または完全に生物という状態では彼のデータを受け入れることが出来ないとわかったのです。はじめの頃は生物部分の老化が問題点ではありましたが、ある時解決します」

「私か……」

「正確には貴女ではありません。貴女の元となったものという感じですね。そして彼は永遠を生きるための準備を終え、自らの肉体を手放しました」

「命の限界。態々その素晴らしい物を手放したのか。私には理解できないな」

 ごく自然に彼女の口はそう言い、その言葉に男は微笑を浮かべゆっくりと頷く。

「確かに、その通りです」

 彼女は男の言葉にこの男も自分と変わらない年月、いや成り立ちから言えば自分よりも長い時間を生きてきたのだと納得し、大きなため息を一つ吐き出した。

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