「曖昧な言い方が好きなのか? 残念だが、私は嫌いだ」

「なるほど、貴女はいかにも生物らしく、いかにも人間なのですね」

「嫌いだと言ったはずだが?」

「あぁ、すみません。これは自分の癖です」

 彼女の苛立ちとは逆に、にこやかな笑みを浮かべて答える男を、彼女は睨みつけるように視線を向けて低い声をだした。

「それで。ついて来てやったんだ、説明くらいしたらどうだ。貴様は何者だ?」

 男の物腰、喋り方、全てにとにかく苛立ちながらいう彼女に近付いて、男は彼女の顎を捉えて瞳を見つめる。男は何かを確かめるように視線を絡め、彼女は男の青い瞳に吸い込まれるようだった。

 青く光り輝いていた無機質に見えた瞳だったが、近くで見ればそれは人の瞳。今世界にアンドロイドなどという生物に近しい存在の機械はない。その昔、それこそ彼女が彼女であった時代には精巧な、人間と見まごう程のアンドロイドが存在していた。

 だが、それらが自我を持ち始めた時、人は全てのアンドロイドを破棄することになる。アンドロイドが生産されていた施設は解体、アンドロイドは全て鉄くずと化し、ただひとつの事柄のみをこなす機械のみが世界に排出されることとなった。

 この時代の者は知らなくとも、彼女はアンドロイドを知っている。アンドロイドの瞳はそれと分る機械的な動きをする。どんなに技術が進歩し、いかに外見を人間に近づけても、肌を柔らかく繕っても、その瞳は嘘をつかない。

 機械はどうあがいても機械であり、当時の人間は一体何を恐れたのかと彼女はずっと思っていた。

 そう、だからこそ、彼女は目の前の男が一体何者なのか分からず、眉間に皺を寄せる。

 男の瞳は自らの意識の中に入り込んでくるようで、彼女は何者なのかと疑問を頭に置きながらも、脳の芯が熱くうずくようで瞳を閉じてしまいそうになった。

「貴様、何をするつもりだ。入ってくるつもりか?」

 大きな物体が瞳から入ってくるなどありえないとわかっていたが、今の状況はまさにそんな感じであり、彼女は唇を噛み締めて痛みを脳に伝えることで、男の攻撃を防衛しようとする。

 しかし彼女の意思とは逆に、頭の中心は徐々に真っ白になっていき、同時に体の力が抜けていくのを感じた。

 膝が笑いはじめ、立つという行為が難しく感じながらも、彼女は気力だけで必死に足に力を入れてその場に立つ。

 飲まれてはいけない、ただそれだけに集中する彼女の瞳に男の唇がかすかに「やはり、貴女こそ」と動いたのを見て大きく空気を吸い込んで食いしばっている口から男に聞いた。

「私だから、なんだと言うんだ。勝手ばかりするな、私の、質問に、答えろ」

 唇からの痛みが無くなれば彼女の意識は男に飲み込まれてしまいそうになる。言葉を吐き出した彼女は再び、先程よりもきつく唇を噛み締め、自らの歯によって傷つけられた唇からは血がにじむ。その彼女の様子を見て男は見つめるのを止めて、彼女の血がにじむ唇に口付けし、血をぬぐった。

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