昔、自分が他とは違うと気付き、真の孤独を手に入れた時以来の不安。

 それが再来したことに驚き、そして口元に小さく笑みを浮かべた。

 そんな彼女の姿を目に映しながら、男はため息を一つつき、彼女に近付いて抱き上げる。

「な、何を……」

「ですから、言っているでしょう? 貴女の歩みは遅すぎるのです。自分が運びますのでさっさと目をつぶっていただきませんか」

 言っている意味がわからないと首を傾げていれば、男の鋭い視線が突き刺さった。

「貴女はどんな状態であろうと人間でしょう? 自分のスピードには付いて来れません。ですから運んで差し上げるわけです」

「それと目をつぶる事と何の関係が」

「目から入る情報で酔って吐かれても困るのですよ。なんせ貴女を抱きかかえているのだから被害を被るのは自分。さぁ、時間がないと言っているのですからさっさと瞼を閉じなさい」

 終始優しげな雰囲気を言葉に残していた男だったが、最後に命令口調となり、何故か彼女は男の言葉に素直に従ってしまう。

 彼女が瞼を閉じてすぐ、彼女の体を風が一瞬すりぬけ、風が止めば冷たく湿っぽい空気に包まれた。

 彼女の体に揺れはほとんど伝わってこないが、湿っぽい空気の中に入って少し上下する感覚が体に伝わってくる。彼女が男に言葉を吐き出そうと口を動かした瞬間、男は彼女の口を塞いだ。

(喋るなということか? それに階段を下っている、一体ここはどこだ)

 耳を澄ましても何も聞こえない。男の足音すら聞こえず、それどころか自分自身の存在以外何も感じなかった。

 だが、彼女は何とはなしに自分がどのへんにいるのかがわかるようでもあり、不思議な気持ちのまま自分が降ろされるのを待つ。

 機械的に開く扉の音がし、足裏にひんやりと感触がして自分が降ろされたのだとわかる。

「どうぞ、眼を開けていいですよ」

 ゆっくりと瞼を上げれば、明るい光が目に入り、彼女は思わず手をかざし、その光を防いだ。

「あぁ、なるほど光覚が鋭くなっているんですね。いくつかの光源を落としましょう」

 目を細め周りを見つめていた彼女はその部屋の光がゆっくり落とされ、目が開けられるほどになった時、かざしていた手を外す。

 部屋の隅々からブレイスセンターと変わらぬ緑をはなつその部屋は、背筋を寒くさせた。

 決して広いとは言えない、かといって狭いわけでもないその部屋にあるのは様々な機器。

「まさかここは、センターの地下か?」

「半分正解で半分不正解です」

 男は寒さに腕を抱える彼女の肩に棚から取り出した毛布をかけてそう言った。

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