出会い。

 はるか昔、この世界では男女が互いに交わることで、受精し子供が生まれたと言う。

 生殖活動をするための性器を其々に持ち、男が女の卵に精を打ち込めば、やがて卵はいくつにも分かれて、活発に人体を成し始める。

 それから個人差はあるが約九ヶ月程度、女の体から赤子が誕生する。

 今此処に居る全ての人類はそのように習い、そういう事柄があったのだと認識していた。

 其れはまるで絵空事。

 現在は教育センターと呼ばれる、歴史を学ぶ場所で歴史的資料の映像データとして知っているだけだからだった。

 今では、全ての生物がブレイスセンターと言う場所で培養される。

 培養された個体に雄雌はあれども、それらに生殖機能は無く、全てはこのブレイスセンターにて管理されていた。

 ブレイスセンターでは世界を眺めて見極め、必要に応じて、その数を調節し、この世界を保つのに丁度いい量を計算して全ての動植物は生産される。

 そう、それは植物に至るまで生きている物、生物すべて。

 そして、彼女もそんな生物の一人のはずだった。

 生産された動植物は全て限られた期間、限られた時間を生きる生命であり、予めDNAに寿命が刻まれている。それはランダムであり、自らの寿命を知るものは居ない。 

 知る者がいるとすれば、それはブレイブセンターの中枢に有るAIだろう。

 産まれ、生き、死んでいく。

 歩んでいく時の中で喜び、苦労し、悲しむ。

 それはごく当たり前の事であり、誰も気にすることのない日常。

 だが、そんな日常を地の底から彼女は羨ましそうに眺めていた。

 始めは、こんなところに居なければならない自分を悲み、暫くして、普通の時を過ごしていく目の前を過ぎていく者達を恨んだ彼女。

 そして現在、全ての感情が彼女の中から消え去る。あるのはただ、何故という疑問ばかり。

 何故、ブレイブセンターはこんな自分を使ったのか。

 何故、この体は朽ちずしぶとく生き続けるのか。

 人目につかないように、街を離れ夜の闇に紛れながら彷徨う彼女に、何者もその答えはくれなかった。時折人に会おうとも汚れきっている彼女に浴びせられるのは蔑んだ瞳のみ。

 だが、彼女はそんな視線を一つも気にはしなかった。

「幾らでも蔑めばいい。幾らでも石をぶつければいい。自分達とは違う、自分達ではない存在を排除したければすればいい。そんな事、私にとって取るに足らないことだ」

 全ては自分が望んだことではない、故にどんな扱いを受けようとも其れは自分への其れではない。

 彼女はそう思うことでかろうじて心を壊すこと無く生きていた。

 そして、自らのたった一つの望みに希望がないとわかっていながらもすがり生きる。

 今宵もいつもと同じように夜の街をさまよい、とても食べ物に見えない食事をあさり、やってくるのはブレイブセンターが見える小高い丘。

 街の境界線に設けられた高い塀をぬけ、更に断崖絶壁に向かって歩けば再び高い塀が現れる。その塀の向こうにある施設がブレイブセンターであった。

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