第二十六話 夢を掬う

週末、乗り切らない気分を抱えたまま、俺は一人部屋で勉強をしていた。


篠崎さん、阿久津君、水島先生、唯、全てにイラつく。


(俺がなにしたんだよ)


しばらく忘れていた感情が心に募るのが分かる。


水島先生と唯は関係ない。


むしろ、俺を思っての言葉なのは、頭ではわかっている。


だが、彼女たちの言葉は、自分の心の核心に触れてくる気がして、怖かった。


ペンを置いて、ベッドに横になる。


(俺が恐れている物って何だ)


体育祭の夜、水島先生に言われた言葉を思い出す。


彼女がなぜ、俺にあの話をしたのか分からなかった。


俺が恐れている物は、唯が言うような環境の変化なのだろうか。


マイナスにしないための選択とは、現状を維持するためのものなのだろうか。


(わかんねぇな)


俺は確かに現状維持をしたいといった。しかし、現状を維持することはいけないことなのだろうか?


そもそも、俺が求める現状維持とは、人間関係のことなのか。


仮にそうだったとして、俺は篠崎さんとどうなりたいのか。


本当に、俺は篠崎さんの事が好きで、篠崎さんも俺のことが好きなのか。


挙げれば疑問は山ほどある。


客観的に見たら、今までの篠崎さんの言動は俺に気があるよう捉えられてもおかしくないものだった。


しかし、今の彼女からも、そして自分自身も、お互いに対する恋愛的な思いがあるとはどうしても思えなかった。


(あー、めんどくせぇ)


分からないことが多すぎる。


(眠いな)


俺は少しだけ眠ることにした。














「常識に疑問を持つことって難しいよな?」


(え?)


「お前は、本当に地球は丸いと思うか?」


(また、お前か)


「ニール・アームストロングとバズ・オルドリンは本当に月面歩行したと思うか?」


(何の話だ)


「地球は丸いし、人類は月に届いた。まぎれもない常識だが、俺たちはそれを確認したことはない。だが、それを疑いもせず信じ切っている。そうだろう?」


(それがどうした)


「お前はどうだ?お前の常識は何の綻びもなく、全てうまく進んでいるか?」


(どういう意味だ)


「話を変えようか、、、」


(おい、俺の質問に答えろよ)


「黙って聞けよ」


静かに、しかし圧がある声だった。


「人間は情報の約80%を視覚から取り入れているらしい。だが、たとえ目に入っていたとしても、無意識に情報を取捨選択している。必要な情報と不必要な情報にな」


「この二つの話を何故お前にしたかわかるか?両方ともお前がしていないことで、しなければいけないことだからだ」


(しなければならないことだと?)


「あぁ、とても簡単なことだろう」


(意味が分からない)


「それだよ。まさにそれ。お前が今していることだ」


「なぁ、もういいだろう。五年だ。俺はもう五年も待った。そろそろ、目の前のものに目を向けろよ」








目を覚ますと、時計は六時を指していた。


(やっちまった)


少しだけ仮眠をとるつもりが、夕方になっていた。


以前も似たような夢を見た。


だが、日に日に夢か現実か分からなくなってきているような気がする。


スマホを見ると、杉山からラインが入っていた。


「お前、篠崎ちゃんと喧嘩でもしたのかよ。早く仲直りしろよ」


(余計なお世話だ)


今は、どんな言葉も鬱陶しく感じる。


スマホをベッドの上にぶん投げ、洗面台に行き顔を洗う。


鏡を見ると、だいぶ疲れた顔をしていた。


(まきなさんの心配をいつもしているが、俺も大概だな)


あの夢を思い出す。


(目の前のものに目を向ける)


ただの夢と割り切ってしまえばそれまでかもしれない。


だが、こんな関連する夢をそう何度も見るものなのか。


あの夢に出てくるやつの正体は、いったい誰なのだろうか。


(まきなさんに相談してみるかな)


高校生にもなって、自分が見た夢を人に相談するのは気が引けるが。


(そういえば、この間まきなさんがコンタクトもらってきてくれたな)


そう思い、コンタクトの箱に手を伸ばした時。


「ただいまー」


そう言いながら、まきなさんが帰ってきた。


「あー!凛君!また、コンタクト自分でつけようとしてるでしょ」


そう言って俺の手からコンタクトの箱を取り上げる。


「自分でできる」


と、打とうと思ったがスマホがベッドの上にあるのでできなかった。


「もう、コンタクトは自分で入れちゃダメだって何回も言ってるでしょ」


高校生にもなって、コンタクトを人に入れてもらうのはなかなかきついものがある。


「はい、目を開けて」


(絶対自分でやった方が楽だと思うんだけど)


「はい、いいよ」


そう言って、まきなさんがコンタクトを取り換えてくれた。


「凛君。ちょっと顔色悪い?ちゃんと休まなきゃだめよ?」


まきなさんに言われたくはないのだが。


「あ、そうだ。凛君。次、自分でコンタクト変えようとしたら、本気で怒るからね?」


(こわ)




そのあと俺たちは、二人で夕食をとった。


食後のデザートを食べている時に、俺は先ほどの夢の話をしてみた。


{俺最近変な夢を見るんだよ}


「んー?夢?それって前言ってた、雨が降ってる中に子供がいるっていうやつ?」


まきなさんは、デザートの果物を口に歩織り込みながら聞いてきた。


{いや、それじゃなくて、なんか知らない男に話しかけられる夢というか}


「知らない男の人?」


{うん、声しか聞こえないんだけど。すごい具体的なことを言ってくるし。それに、一回だけじゃないんだ}


「具体的なことって?」


{なんか、常識を疑え、とか目の前のものをちゃんと見ろ、とか。あと、五年も待った、とか}


「五年も待った?」


そういうとまきなさんは手を止めて何かを考えこんでいた。


しばらく黙り込んだまきなさんは、


「凛君。そんなに考え込むこと無いんじゃない?たかが夢でしょ?」


{そうだけど}


「凛君も高校生なんだから、そんなことで悩むんじゃないの」


そう言って話を切られてしまった。


やはり、ただの夢なのだろうか。


俺はあまりすっきりしない気持ちだった。





作者からの一言


おはようございます。

いつの間にか、投稿し始めてもうすぐ一か月がたちます。

早いものですね。

今後も毎日投稿できるかは分かりませんが、のんびりやっていこうと思います。

いつも見てくださる方ありがとうございます。


                            黒崎灰炉































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