第二十四話 夜空に散る火花
日が落ちて暗くなり始めたころ。
「では、そろそろフォークダンスを始めまーす」
と、拡声器から声が聞こえた。
昼間に比べ、教師や保護者達はほとんど残っていないため、だいぶ広く感じる校庭に生徒たちが集まっていく。
フォークダンスは強制ではないが、ほとんどの生徒が参加する。
踊らないにしても、雰囲気だけを楽しむ生徒もいる。
ある程度人が集まったところで、校庭の中心に積まれた木材に火がつけられた。
しばらくすると、どんどん大きくなり、やがてキャンプファイヤーとなった。
それと同時に、フォークダンス定番のあの曲が慣れだす。
カップルで踊っているペアもいれば、友達同士で踊っているペアもいる。
小さく蓮と美鈴が躍っているが見えた。楽しそうである。
遠くからでもわかるが、俺が作ったチョーカーと篠崎さんが作ったブレスレットをつけてくれている。
その後ろにいるのは、杉山と唯のペアだろうか。
杉山は緊張しているのか動きが硬い。
(まぁ、何はともあれよかったな。杉山)
グランドの中心から離れている俺の位置まで、キャンプファイヤーの熱が少しだけ伝わってくる。
(俺はどうするかな)
ぼーっとキャンプファイヤーの火を眺めていると、階段の下に阿久津君が立っているのが見えた。
時間を気にしているようだった。
しばらくすると、篠崎さんが阿久津君のところへやってきて、一言二言会話をした後、二人でキャンプファイヤーの方へ歩いて行ってしまった。
そして、二人は手を取りフォークダンスの輪の中へ混ざっていった。
(もう帰るか)
そう思い、立ち上がろうとした瞬間。
「そんなところで黄昏てどうしたの、青少年」
そう言って声をかけてきたのは、水島先生だった。
俺は軽く会釈して挨拶をする。
「一ノ瀬君、暇ならちょっとお話ししない?」
(話?)
「みてみて、結構いい景色じゃない?」
水島先生に連れらて来たのは、学校の屋上だった。
確かに、うちの学校は少し丘の上にあることもあって町を見渡すことができる。
町明かりが綺麗だ。
{なんで屋上なんですか?}
「先生の私が近くにいたら、みんな気が散っちゃうかなって思ってさ」
そう水島先生は言いながら、屋上のフェンスまで歩いていく。
{先生も混ざって踊ればいいじゃないですか?}
俺も先生の隣に立つ。
{もう先生そんな年じゃないから}
そう先生は笑いながら言う。
「いいなぁ。こういうのなんか青春って感じだよね」
{まぁ。そうですね}
「先生は、あんまり学生時代こういうことしなかったからなぁ」
{そうなんですか?}
「うん。というか、学校とかもあんまり行ってなかったし」
意外である。
「それで?一ノ瀬君は何で黄昏てたの?」
{いや、特に深い意味はないんですけど。なんとなく考え事をしていて}
「そっかぁ。君はいつもよく考えているからね」
{そう見えますか?}
「うん。普段の生活態度からもよくわかるよ」
{まぁ、考えないと分からないことばかりですから}
「そうだね、いつも君は考えて行動しているね。そして、最善をとろうとする」
水島先生が、校庭の生徒たちを眺めながら言う。
「現に君はこの二か月間、いや、多分これまでの人生で、考えて考えて、君が思う最善をとってきたんだろうね」
{どうでしょうか}
「わかってるくせに」
水島先生が笑う。
「でもね、なんとなくだけど、それは積極的なものではなくて、どちらかというと、、、消極的というか、保守的?みたいな。日本語合ってるかな?」
{何が言いたいんですか?}
「君のその行動は、物事をプラスにしようとするんじゃなくて、なんていうか、マイナスにしないための行動というか」
{あまり、先生の言いたいことの意図がつかめないんですが}
「つまりね、君はなんだか怯えている気がするの」
{俺がですか?}
「うん。何に怯えているのかは私にはわからないし、もしかしたら先生の勘違いかもしれないけどね」
そう言って、先生はタバコに火をつける。
(タバコ吸うのか)
「あぁ、これね。学校では吸わないようにしてるんだけど、たまにね」
意外そうに見ていたのがばれただろうか。
煙草に詳しくないからわからないが、細いたばこだった。
「あのね、一ノ瀬君。この世には正義も真実も正解も無限にあるの。一つじゃないんだよ」
{なんですか?急に}
「どれだけ考えてとった選択肢でも、それが正しいとは限らないし、君がとらなかった選択肢が無意味とも限らないの。物事はね、立場、状況、考え方、思い、信じている物、そういうものによって形を変えるから」
先生は続ける。
「君が避けている選択肢は、君にとって、もしかしたら最善じゃないのかもしれない。でも、君以外の誰かにとっては素晴らしいものになるかもしれない。もしかしたら、君自身にとっても」
{俺が避けている選択肢ですか?}
「選択肢だけじゃない。君が怯えている物も、かもよ?」
{俺は別に何にも怯えているつもりはないです}
「そうかな?そうかもね。でもね一ノ瀬君、この世にはどれだけ考えても説明のつかないものもあるのよ」
{考えることは大切だと思います}
「もちろん。考えることを否定しているわけじゃないわ。ただ、貴方はまだ若い。心が赴くままに行動できるわ」
先生は髪をかき上げる。
「それに、何度だって失敗できる。私とは違ってね」
そう言ってタバコの火を消した。
「はい!私からのお話はおしまい。別に聞き流してくれてもいいよ。私が勝手に思ったことだから」
なぜこの人はこの話を俺にしたのだろうか。
「そろそろ戻ろうか」
俺たちは、屋上から出て階段を下りた。
「それじゃあ、先生は屋上のカギを職員室に返してくるから」
水島先生は、ばいばいと手を振り職員室に行ってしまった。
(俺も帰るか)
教室に荷物を取りに帰り、廊下を歩きながら先生の言っていた言葉の意味を考えていた。
(真実も、正義も、正解も無限にある、、、ね)
その言葉の真意はわからなかったが、彼女の言葉は今の俺の核心に触れている気がした。
廊下を歩いていると、向こうから篠崎さんと阿久津君が歩いてくるのが見えた。
距離が縮まる。
「水島先生とは一緒にいるのに、私のところへは来てくれないんですね」
水島先生と話しているのを見られたのだろうか。
(いや、あれは、、、)
文字を打とうとしたが、篠崎さんはそのまま行ってしまった。
「あ、篠崎さん!」
阿久津君が篠崎さんを追いかける。
阿久津君が俺とすれ違う前に、
「一ノ瀬君。僕は、君には負けないよ。僕なら、篠崎さんを悲しませたりしないから」
そう言って、俺の目を見つめてきた。
(この人、こんな顔もできるんだな)
前までの彼とは、顔つきが違う気がした。
そして、阿久津君は篠崎さんを追って行ってしまった。
(なんなんだよ)
何に対してイラついているのか、自分でもわからない。
外に出ると、キャンプファイヤーの火はまだ燃えていた。
空に舞う火花を後目に、俺は帰路に着いた。
作者からの一言
おはようございます。
話を執筆するとき、自分は音楽を聴きながら描くのですが、この話は「千と千尋の神隠し」に出てくる「六番目の駅」という曲を聴きながら描きました。
皆さんもぜひその曲を聴きながらこの話を読み返してみてください。
黒崎灰炉
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