第二十二話 繋ぐバトン、紡ぐ想い
「いいみんな、リラックスしてね。練習してきたことを出せれば、きっと一位をとれるわ」
委員長が言う。
午後の競技もほとんど終わり、体育祭も終盤に差し掛かっていた。
残すところは、クラス対抗リレーだけだった。
学年別に行われるため、俺たち一年は一番最初だ。
「阿久津君、大丈夫?顔がこわばっているけど」
「うん、ちょっと緊張しちゃって」
「大丈夫よ、みんなであれだけ練習したじゃない」
「うん、最近の阿久津君、もう僕よりも速くなってそうだし」
「でも、、、」
「目標のタイムをまだ切れていないことが気がかりなんですか?」
そう。今日まで何十回とタイムを計ってきたが、いまだに一分十秒の目標タイムを切ることができないでいた。
「うん」
不安そうに阿久津君が言う。
すると
「そんなに気負わなくてもいいんじゃないですか?」
そう篠崎さんが言った。
「確かに勝負をするのでしたら勝った方がいいですが、所詮は学生の体育祭の競技の一つです。勝ち負けだけが、全てではないと思います」
「え?」
「そうだね、実際ここまでみんなで練習する時間も結構楽しかったしね」
蓮がいうと、
「まぁ、私は勝ちたいけどね。でも、確かに勝つことより、楽しい事の方が大切だと思うわよ?」
「そうね、私もこれがきっかけでみんなと仲良くなれたし、もう十分満足してるわ」
美鈴と委員長も続く。
「それに、私たちがだめでも最後に一ノ瀬さんが何とかしてくれます」
篠崎さんが俺の方を向いて微笑む。
急にプレッシャーを与えてくる。
「そうだね、凛なら何とかしてくれるよね?」
蓮もにやにやしながら言ってくる。
{負けてもいいんだよね?}
「でも勝つに越したことはないでしょ?」
それなら変なプレッシャーをかけないでほしい。
「それじゃみんな頑張るわよ」
「「おぉー」」
みんなで円陣を組んで、それぞれのスタートラインに向かう。
「あ、あの篠崎さん」
スタートラインに向かう篠崎さんに、阿久津君が声をかける。
「何でしょう?」
「リレーが終わった後、ちょっと時間をくれないかな?」
「時間ですか?別にかまいませんけど」
「ありがとう!」
「それでは、第一走者の方は位置についてください」
スターターの人が言う。
俺たちの第一走者は、委員長だ。
ぞろぞろと、各クラスの第一走者が位置に着く。
それ以降の走者も位置に着いたところで、スターターがピストルを空に向ける。
「よーい、、、」
バンっというピストルの音で一斉に第一走者が走り出した。
トリの競技だけあって、周りの歓声もすごい。
「頑張れ―委員長ー」
俺のクラスの生徒も応援している。
委員長は第一走者をやるだけあって、スタートが速い。
その後もどんどん加速していき、二位という高順位でバトンが蓮にわたった。
「当山君!」
「まかせて!」
第二走者の蓮が走り出す。
元サッカー部の脚力で、一位との差を埋めほぼ一位と同時で走り切った。
「美鈴!」
次は第三走者の美鈴だ。
美鈴も運動部なだけあって、足もかなり速い。しかし、同じレーンには陸上部の女子が何人かいる。
途中まで、一位と競っていたのだが終盤で少しだけ一位と差ができてしまった。
「阿久津君!」
「ありがとう柊さん!」
第四走者の阿久津君にまでバトンが渡った。
すると、阿久津君はみるみる差を縮めていきついには、初めて一位に躍り出た。
クラスの測定で八位とは到底思えない走りである。
歓声も最高潮になる。
(あと少し)
二位との差を離し、もう少しでバトンをつなげるといったところで、
(あっ!)
阿久津君の足が絡まり、転んでしまった。
そのすきに、後続の走者が次々と抜かしていく。
すぐに立ち上がり再び走り始めるが、篠崎さんにバトンが渡るときにはすでに四位まで落ちてしまっていた。
「ごめん、篠崎さん!」
「大丈夫です、私たちに任せてください」
ほぼ完ぺきな、バトンパスを受けた篠崎さんはすぐに三位を抜き、二位までもう少しというところまで距離を詰めてくれた。
「一ノ瀬さん、お願いします!」
俺は軽くうなずき、走り始める。
相手は、おそらく陸上部であろう。
二位の選手の真後ろに着け、コーナーで抜き切る。
一位の走者の背中が若干遠い。
(届くか?)
バトンを握りしめ、足を踏み出す。
もうゴールまで距離がない。しかし、じわりじわりと距離を詰めている。
(あと、もうすこし)
そう思ったのも束の間、
「ゴー―ル!」
その声で我に返ったときには、既にゴールインした後だった。
息を切らしている俺のところに、他のメンバーが集まってくる。
「おしいー--」
委員長が言う。
「お疲れ凛!すごいじゃん」
「はい、とてもかっこよかったですよ」
蓮と篠崎さんが声をかけてくれる。
「ごめん、みんな。僕のせいで」
「何言ってんの、阿久津君とても速かったじゃん」
「でも、転ばなきゃ一位もあり得たのに」
「でも、二位じゃん。すごいよ、このチーム陸上部いないのに」
「はい、陸上部が多いこのリレーでの二位は、十分に誇れるものだと思います」
美鈴と篠崎さんが言う。
「それに、さっきも言いましたが、今回のリレーで私たちが得たもの大きさに変わりはないでしょう」
そう篠崎さんが続けると、みんながうなずく。
「みんな...」
(これが青春というやつなのだろうか)
すると、
「仁!」
そう言って声をかけてきたのは、うちのクラスの男子生徒たちだった。
(あれ、この人達って)
「雄太...」
阿久津君がその男子生徒の名前を呼ぶ。
「やっぱりお前、まだ速いじゃん。陸上戻って来いよ」
「え、でも」
「あと、ごめん」
そういって、雄太と呼ばれた生徒は阿久津君に頭を下げた。
「俺、ずっと謝りたかったんだ、あの時の事」
「いや、悪いのは僕だし」
「そんなことはない、あの時の俺はお前の実力に嫉妬して、お前に当たってただけなんだ」
「雄太...」
「俺、お前とリレーを走りたい。だから、陸上に戻ってくることを考えてくれないか?」
男子生徒たちが、去って行ったあと阿久津君は俺たちに事の事情を説明してくれた。
話しによると、阿久津君と雄太という男子生徒は同じ中学の陸上部のチームメイトだったらしい。
「当時の雄太は、ぎりぎり選抜メンバーに入れなくてね。補欠だったんだ。悔しいはずなのに、ずっと僕の事をサポートしてくれたりして」
しかし、大事な大会前で阿久津君がケガをしたことをきっかけに、チームメイトや雄太とも確執ができ、そのまま陸上をやめてしまったことを教えてくれた。
雄太という生徒と一緒にいた子たちは、陸上部の子らしいのだが、雄太がお願いしてリレーの選抜権を阿久津君に回してもらったそうだ。
(どおりで、不自然な辞退が続いてたわけか)
「でも、どうして僕に走らせたかったんだろう」
阿久津君が呟く。
「思い出してほしかったんじゃないですか?」
篠崎さんが言う。
「え?」
「今回のリレーで阿久津さんに陸上の楽しさを思い出させて、もう一度復帰してもらいたかったんだと思います」
「そっか。ありがとう篠崎さん。篠崎さんのくれた言葉のおかげで、陸上や雄太たちと向き合えたよ」
「私何か言いましたっけ?」
篠崎さんは、いたずらっぽく笑った。
作者からの一言
おはようございます。
毎話、毎話にタイトルを付けているのですが、タイトルを考えるのに一番時間がかかっている気がします。
タイトルを凝って意味があるのかは知りませんが、なんとなく考えこんじゃうんですよね。
黒崎灰炉
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