第二十話 追憶に眠る温もり
「当山君!」
「美鈴!」
「阿久津君!」
「篠崎さん!」
「一ノ瀬さん!」
体育祭が迫った六月中旬の昼休み。
俺たちは、リレーの練習に励んでいた。
「一分十秒」
「おしい、あと一秒」
「でも、だいぶ調子よくない?」
「うん、特に阿久津君。見違えるくらい良くなったよ」
「篠崎さんが、何回もバトンパスの練習付き合ってくれたから」
「いえ、私は何もしていません。貴方の努力ですよ」
「このタイムも高順位をとれるくらいいいタイムだけど、一位はどうかな」
「うん、一分十秒は切りたいよね」
「そうだね、でも今日はとりあえずここまでにしよう」
放課後
「今日もありがとう篠崎さん」
「いえ」
「篠崎さんが練習に付き合ってくれたおかげで、バトンパスの成功率も上がったよ」
「せっかくやるのなら、私も勝ちたいですし」
「そうだね」
「あの、練習は今日で最後にしましょう」
「え?」
「私も部活が少し今忙しくて、そちらに時間を当てたいんです」
「そっか、今までたくさん練習に付き合わせちゃったからね。ごめんね。」
「大丈夫です」
「それそうと、ひとつ気になっていたことを聞いてもいいですか?」
「なに?」
「阿久津さん。走り方のフォームがとてもきれいですけど、もしかして陸上経験者ですか?」
「っ!?」
「まぁ、別に話したくなければいいのですが」
そう言って、風葉は片づけを始める。
「中学のころ、やっていたんだ」
阿久津が話を切り出すと、風葉手を止めて阿久津の方を向く。
「短距離の選手でね、結構いい線いってたんだけどね」
「けど?」
「ちょっと足を痛めちゃってね、陸上やめちゃったんだ。今も帰宅部だし」
「そんなにひどい怪我だったんですか?」
「いや、もう完治してるし、別に陸上にも復帰しようと思えばできるんだ」
「ではなぜ?」
「怪我したのが県大会の前でね。僕の個人競技の辞退だけならまだしも、チームのリレーまで影響が出てしまってね」
阿久津が続ける。
「チーム自体は大会に出られたんだけど、補欠の子が参加することになって、うまく連携が取れず結局負けちゃったんだ。」
「そうなんですか」
「チームメイトにも、補欠の子にも責められてね。なんか全部嫌になってやめちゃったんだ」
「だから、フォームが綺麗だったんですね」
「まぁ、当時は毎日走りこんでたから、体に染みついてるのかな」
「もう、陸上はやらないんですか?」
「それは...」
「まぁ、別にいいんじゃないんですか。陸上だけが全てでもないでしょうし、やりたくもないものを無理に続ける必要はないですから」
「そうだけど」
「阿久津さんが今後どうするのかは、貴方の自由という意味です」
「今更戻っても、ずっと続けてきた人たちに追いつけるとは思わない。体力も落ちてるし、途中で逃げた罪悪感もある。そもそも、分からないんだ、自分がどうしたいのか」
「それは、私にもわからないです」
「そうだよね」
「でも、今の阿久津さんに必要なものは、もっと単純なものな気がしますけどね?」
「どういうこと?」
篠崎は少し微笑んで言う。
「さぁ。どういう事でしょう?」
「それでは、私はこれで」
一人残った阿久津は、篠崎の言葉を考えていた。
(僕に必要なものはもっと単純か)
{そうなんだ。今日で練習最後なんだね}
今日は久しぶりにうちに集まって、篠崎さんと制作作業をしていた。
「はい。調子はかなりいいですし、こちらの作業もあるので」
(ほんとに篠崎さん忙しい中でよく頑張ってるな)
「それに、おそらく彼に足りないものは私との練習では見つからないと思いますし」
{どういう事?}
「いえ、なんでもありません」
{そう?}
「ところで、一ノ瀬さん」
{何?}
「ここ数週間、私は放課後阿久津さんと二人で練習していました」
{そうだね}
「どう思いましたか?」
{どう?質問の意味がよくわからないんだけど}
「私が阿久津さんと二人で練習していたことに対して何か思うことはありませんか?」
{ん?二人とも真面目だなとか?}
「違います」
違うってなんやねん。
{え?本当にそう思ってるよ?}
「はぁ、他に何か思うことはないんですか?」
篠崎さんはあきれ気味に言う。
{篠崎さん優しいな、とか?}
「...」
{篠崎さん、足早かったんだなとか?}
「...」
{阿久津君の下の名前、仁っていうんだ、とか?}
「もういいです」
{すんません}
「まぁ、別にいいですけどね。わかってましたし」
{すんません}
「できた」
そういった篠崎さんの手には、最後のアクセサリーが輝いていた。
{お疲れ様。本当に良く作りきったね}
ここ最近、週末は夜遅くまで家で作業していた甲斐があって、ぎりぎりノルマの数こなすことに成功した。
「一ノ瀬さん。私はこの一か月、部活、勉強、仕事、ついでにリレーの練習と、我ながら頑張ったと思います」
{そうだね}
「何か一つくらいご褒美があってもいいと思うんですけど」
{うん}
「ということなのでご褒美をください」
{え、俺が?}
「はい。一ノ瀬さんが」
{えっと、、、どうすればいいのかな}
「頭をなでてください」
篠崎さんが即答してきた。
{え、頭をなでるの?}
「はい」
{俺が?}
「はい」
(えーっと)
俺が戸惑っていると、一ノ瀬さんが軽く頭を下げてきた
(それじゃあ)
俺が優しく頭をなでると、
「ふふ」
静かに篠崎さんが笑った。
あらかわいい。
「それでは、わたしも」
そう言って、篠崎さんは俺の頭をなで始めた
(なんで俺もなでられてるの?)
「一ノ瀬さんも頑張っていたのご褒美です」
俺の、硬くて軽く癖のある髪を優しくなでる。
(なんだか、落ち着く)
すると、
「むー--」
と、ムーが鳴きながら寄ってきた。
「私の一ノ瀬さんをとるな!って言ってるんですかね?」
篠崎さんが笑う。
{いや、私も撫でろ!じゃない?}
そして、二人でムーの頭を優しくなでた。
作者からの一言
おはようございます。
皆さんは、朝ごはん食べる派ですか?
自分は、朝は食べない派です。というか、ぎりぎりまで寝ていて、時間が無くなります。
食より睡眠が勝っちゃうんですよね。
黒崎灰炉
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