第十八話 収束する夢、加速する現実

「一ノ瀬さん、お風呂ありがとうございました」


{あのさ、本当に良かったの?うちに帰らなくて?}


「またその話ですか?何度も言いますけど、私は大丈夫です」


篠崎さんが言う。


「それとも、一ノ瀬さんは私と二人は嫌ですか?」


{いや、そういうわけでは}


「ならいいじゃないですか」


そうなのだろうか?


「あの、一ノ瀬さん?」


篠崎さんが何か聞きたそうにしている


{どうしたの?}


「篠崎さんは、まきなさんと二人で住んでいるのですか?」


{そうだよ、もう何年もお世話になっているんだ}


{俺の叔母さんなんだけどね}


「叔母さん?」


{うん、すごい良くしてくれるんだ}


「そうですか」


しばらくの沈黙が流れる。


{あ、アイスでも食べる?}


「いえ、私は大丈夫です}


{そっか}


また、沈黙が流れる。


「あ、あの本」


そう篠崎さんが指をさす方向には、棚に置かれた本があった。


{あーあの本ね}


「水平線上のエデン」


本にはそう書かれていた。


{昔好きだった本だったんだけど、どんな内容だったっけな?}


「不幸な少年が、幻想ともいえる届かないユートピアにあこがれて、過酷な運命に立ち向かう話です」


{篠崎さん知ってたの?}


「はい、私も昔読んだことがあって、大好きな本です」


「その本には...」


そこまで言って、篠崎さんは言うのをやめた。


{どうしたの}


「なんでもないです」


「そろそろ寝ましょうか}


俺はうなずいた。


そして俺は自分の部屋に向かった。











「なぁ、いつまでそうやっているんだ?」


(?)


「いつまでそうやって、目をそらし続けるんだ?」


(だれだ?)


「わかっているだろう。俺が誰かも、お前が目を何から目をそらし続けているかも」


(何の話をしているんだ?)


「また逃げるのか。お前はずっとそうだよな。あの日から、何も変わっていない」


(だから何の話を?)


「お前が真実から目を背けなければ、すぐわかるはずだ」


(何?)


「さっさと起きろ、時間だ」











「一ノ瀬さん。一ノ瀬さん」


目を覚ますと、篠崎さんが俺の顔を覗き込んでいた。


「おはようございます。あの、大丈夫ですか?」


俺はうなずく。


「すごい汗ですけど」


そう言って、篠崎さんはタオルを渡してくれた。


「あ、すみません」


そういって、篠崎さんが俺の手を離す。


ずっと握っていてくれたのだろうか。


時計を見ると、九時半を回っていた。


{とりあえずシャワーを浴びてくる}



(何だったんだあれ)


いつも見るあの夢とは違う、だが初めて見るような気もしない。


髪を乾かしてリビングに向かうと、ご飯、みそ汁、目玉焼き、サラダのバランスの良い朝食が用意されていた。


「あの、すみません、勝手に用意してしまいました」


{いや、いいんだ。ありがとう}



朝食をとった俺たちは、作業に移ることにした。


だが、俺は自分の作業にまったく集中できない。


両手を服で拭う。


「一ノ瀬さん。本当に大丈夫ですか?さっきから全く進んでないみたいですけど}


篠崎さんが心配そうに尋ねてくる。


{うん、大丈夫だよ。ごめんね、ちょっと気が散っちゃって}


「いえ、私はいいのですが」


その日はずっと、気分が乗らなかった。



その日の夕方、


「あの、やっぱり今日も泊まりましょうか?」


篠崎さんが聞いてくる。


{いや、そんなに心配しなくても大丈夫だよ}


今日は、まきなさんも帰ってくる予定だ。


「そうですか」


俺と一ノ瀬さんは、一緒に駅に向かった。


駅に着くまで俺たちは無言だった。


{それじゃあ、篠崎さん。また明日}


「はい。一ノ瀬さんまた明日」



篠崎さんを送って家に帰ってきたら、まきなさんが帰ってきていた。


「あ、凛君!体調崩したんだって?大丈夫?」


{体調を崩したって程の事じゃないよ。ちょっと、気分が悪かっただけだよ}


「そう、でも無理はダメよ?」


(今日は、早めに休もう)










「うん。わかった。調子は大丈夫そう。でも、ちょっと気を付けた方がいいかも。最近、雲行きが怪しいから。色々と」


月明かりが差し込む、深夜のリビング。


まきなはソファに座り、電話をしている。


「えぇ、気を付けるに越したことはないわ。貴方も気を付けて。まだ、気づかれてはダメよ」


そう言って、電話を切る。


(あと少し、あと少しで完成する)


私はこの数年、生きてきた。ここで間違えてはすべて水の泡だ。


「あなたには絶対に渡さない」


凛斗の寝顔を見つめながら、まきなはそう呟いた。





作者からの一言


前回の話で、毎日投稿をやめるかもという話をしましたが、それに伴って文字数も少し減らすかもしれません。できるだけ、更新頻度を下げたくないが故なのですが。


星、ハート、フォロー、感想なんでもお待ちしております。

                            黒崎灰炉












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