第九話 零のための弌
目を覚ますと、午後四時半を過ぎていた。
今日は木曜日だ。学校はあるのだが行く気にならず、結局休んでしまった。
頭がぼんやりしているが、とりあえずリビングに向かう。
机の上には、まきなさんからの置き手紙とおかゆが置いてあった。
俺の分のごはんを作らせてしまった罪悪感と、まきなさんの優しさで感情が入り混じる。
「むぅ」
ムーが心配そうに近寄ってきた。
(ありがとうな、ムー)
俺はムーの頭をなでながら、昨日のことを考えていた。
(あれはなんだったんだ)
血を見たと同時に、こみ上げてきた唐突な吐き気。
そして、まきなさんのあの言葉。
両手を服で拭う。
気になることは、いくつもあるのだが今は頭が回らない。
ここ最近不思議な感覚にとらわれることが多い気がする。
今までの生活を白色のキャンパスとするのであれば、ここ最近は白色のキャンパスに色がにじみ始めたというか。
だが、明るい色ではなく暗い色。
もしくは、心地よく温かいお湯が、鋭く冷たい水に替わっていくような感覚。
表現することがうまくできないが、いずれにせよあまりいい感覚ではないのは確かだった。
まきなさんが作ってくれたおかゆを食べようと席に着こうとした時、玄関のインターフォンが鳴った。
インターフォンのモニターを見ると、篠崎さんが映っていた
(篠崎さん!?どうしてここに?)
すると篠崎さんが
「篠崎です。一ノ瀬さん、お見舞いに来ました。扉を開けてくれませんか?」
といった。
扉を開けると、篠崎さんが制服姿で立っていた。
学校終わりに寄ってくれたのだろうか。
「おはようございます。と言ってももう夕方ですが。体調の方は如何ですか?」
{今は少し落ち着いたよ。とりあえず、部屋にあがる?}
「そうさせていただきます。」
そう言って篠崎さんは部屋に上がると、持っていた袋からフルーツやヨーグルトなど病人が食べられそうな食べ物を出してくれた。
スーパーによって買ってきてくれたみたいだ。
{わざわざありがとう}
俺が感謝を伝える。
「いえ」
篠崎さんがそう一言言うと、
「あの、本当に体調大丈夫ですか?」
本気で心配してくれていているのだろう、とても不安そうな顔をしていた。
{うん、今はもう平気だよ}
「そうですか」
「あ、私の事は気にせず、おかゆとか私が買ってきたものとか食べてください。」
そう篠崎さんが言ってくれたので、ありがたく食事をとらさせてもらう。
「皆さんも、心配していましたよ」
篠崎さんが言った。
みんなとは、蓮や大久保さん、あとは部活の先輩たちだろうか?
(美鈴はきっと心配なんてしていないだろうな)
むしろ、俺が休みで喜んでいるのではないだろうか
そんなことを思っていると
「美鈴さんも、心配していましたよ?」
と、お得意の俺の思考読みで篠崎さんが答えた
(え、あの美鈴が)
「青ざめた顔で心配していました」
意外だ、あの美鈴が俺の心配だなんて。
「あの」
俺が驚いていると、篠崎さんが続けた。
「私も心配していたんですけど?」
篠崎さんが少しむくれて言う
{ありがとう。わざわざ来てくれて。正直一人だと少し心細かったんだ}
「そうですか。ならよかったです」
篠崎さんが微笑んで言った。
かわいい。
だが、なぜ篠崎さんは俺の家までこれたのだろうか。住所などは教えていないが。
{あのさ、さっきもそうだけど、どうしてたまに俺が考えていることがわかるの?}
俺は今まで気になっていた質問をぶつけてみる。
さっきの美鈴の事もそうだし、以前二人で行った喫茶店でも似たようなことがあった。
「一ノ瀬さんは、結構何考えているか分かりやすいですよ?表情にも出てますし」
と篠崎さんは答えた。
(はじめて言われた)
蓮や美鈴、杉山たちとの方が付き合いは長いが一度もこんなことはなかった。
むしろ、表情が分かりずらいと何度も言われているのだが、こんなにも正確に読み取れるものなのだろうか。
「そういえば、今日装飾部で話し合った結果、装飾部のオンラインショップを始めることになりました」
篠崎さんが教えてくれる。
目標の売り上げ三十万を目標に向けて動き始めたのだろう。
以前湊先輩や大金先輩の作品を見せてもらったが、クオリティが高く驚いた。
これだけの作品を作っているのにもかかわらず、三か月で三万円の売り上げは若干少ない気もしていたが、それはおそらく作品を知ってもらう機会や、売る場所がなかったからではないだろうか。
{でも、オンラインショップの管理はどうするの?}
と俺が質問すると
「それは、大久保さんがやってくれるみたいです。それ以外にも、SNSを使った装飾部の宣伝もやってくれているみたいです」
そういえば、大久保さんはそういう事が得意だと教えてくれたことがあった。
人は見かけによらないものである。
篠崎さんとそんな感じで会話をしていると
「あ、もうこんな時間」
篠崎さんが時計を見ながら言った。
気づけば時刻は六時を回っていた。
「まだ少し心配ですが、顔色も良くなってきましたし、私は帰ってお仕事をしなければならないのでそろそろお暇します」
{分かった。わざわざありがとね}
そう俺が言うと。
「いえ」
といつものように篠崎さんは答えた。
しかし、以前と比べて表情がかなり柔らかくなった気がする。
「あ、そうだ。一ノ瀬さん私と連絡先を交換してくれませんか?」
{え、連絡先?}
篠崎さんが玄関先でそういった。
「はい。今後こういう事があったらすぐ連絡を取れますし、何かと便利かと思いますが。駄目でしょうか?」
{いや、全然いいよ}
「ありがとうございます」
篠崎さんは嬉しそうに答えた。
そう言って俺たちは、ラインの連絡先を交換した後、篠崎さんは帰っていった。
作者からの一言
おはようございます。
物語の構成を考える上で、ゆっくり引っ張って物語を進めたい気持ちと、テンポよくどんどん進めていきたい気持ちが喧嘩しています。一長一短という感じで難しいです。
学生の皆さんはもう夏休みも終わりですね。今年の夏休みも楽しめたでしょうか。社会人になると、学生の時みたいに長期の休みが取れなくなってしまうので、是非学生のうちに休みを謳歌してくださいね。
まぁ、自分は社会人ではないのですが。
黒崎灰炉
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