第二話 入学式にて
俺が席に着き、ジャケットを脱いでいると若そうな女性の先生が入ってきた。
「はーい、みんな。席に着いてね」
先生がそういうと、生徒たちがそれぞれの席に着き始めた。
俺は一番右の列の前から二番目の席だった。おそらく、出席番号順なのだろう。
すると、金髪ロングの少女が隣の席に座り、
「私、
と小声で話しかけてきた。
初対面でかつ根暗そうな俺にも笑顔で挨拶してくるこの大久保という女子生徒に、俺は内心少し感心した。
染められた髪、薄く塗られた化粧、きれいに装飾された爪、両耳に着いたピアス。見た目はいかにもギャルといった感じなのだが、案外こういう人に限って根はいい人なのだろうか。
俺は、小さく会釈して前に向き直った。少々愛想がないかもと思ったが、話せないのだから仕方がない。
「はい。それではこれから、入学式があるので体育館に移動します。みなさん、出席番号順に私についてきてください。」
そう女性教師がいった。
俺は出席番号二番みたいなので、出席番号一番(俺の前の席)の生徒に続いて体育館に向かった。
体育館に着くと、既に在校生や新入生の父母たちは席に着いている様子だった。
新入生と在校生を合わせると、1000人近くなるうちの高校だが、生徒、教師、保護者を収容できるだけの広さを持つ体育館には驚いた。
当然だが、まきなさんは来ていない。俺のために毎日働いてくれているまきなさんに迷惑をかけたくないと思い、俺が出席を断ったのだ。
「えー、私も凛君の晴れ姿みたいー」
と、最初は文句を述べていたまきなさんだっが、卒業式やそれ以外の行事には極力参加させること。という条件で承諾してもらった。
俺たちが体育館の入り口あたりで並んで待っていると、女性教師が入学式の大まかな流れを説明してくれた。
どうやら、新入生入場から式が始まり、俺たち一組から順番に体育館に入場するようだ。そのあとは、学校長式辞やら、来賓紹介やらいろいろあるらしいが、よく聞いていなかった。
しばらく入り口あたりで待っていると、音楽が鳴り始め新入生入場が始まり、俺も体育館に入場し、席に着いた。
それ以降の流れは平均的な入学式といった感じで、入学許可宣言、式辞、来賓紹介といった感じで特段変わったこともなく進められた。
黒い眼鏡をかけた、生徒会長らしき人からの歓迎の言葉が終わると新入生代表挨拶に移った。
「新入生代表、当山蓮。」
そう進行がいうと。
「はい」
という言葉とともに、蓮が立ち上がり壇上に上がった。
(蓮が代表挨拶なのか)
大抵こういう挨拶というものは、入試のトップとかスポーツ推薦の人間が選ばれるのがお決まりだ。つまり、今年は蓮が一番の成績ということなんだろうか。
蓮は中学の時から成績がよかった。それだけでなくスポーツの方も堪能で、部活でやっていたサッカーで県大会出場の決勝点を決めたのも蓮だった。
そのため、蓮が新入生代表というのはそんなに驚くべきことではないのだが、この怜悧東高等学校は、学校の偏差値も高く県内から勉強の猛者が集うような学校だ。そんな学校でも、成績首位を取る蓮に驚いた。
もしかしたら入試の成績以外にも蓮が代表に選ばれた理由があったのかもしれない。
中学時代は、生徒会長も務め、町で行われるボランティア活動にも積極的に参加しており何度も模範生として表彰されているのを見たことがある。
怜高は、文武両道の他にも人間としての独立と成長を校訓に定めており、そういった側面からも蓮は評価されたのかもしれない。
いずれにせよ、蓮は代表にふさわしい生徒ということに変わりはないのだが。
「春の息吹が感じられる今日、私たちは市立怜悧高等学校に入学します。」
そう、蓮が代表挨拶を始めると
「あの人かっこよくない?」
と、周りの女子生徒たちがひそひそと話しているのが聞こえた。
ひいき目なしでも、蓮の容姿は非常に整っていると思う。そのため、昔からよく女子からモテていたのを知っている。
彼にアタックして撃沈していった女性がどれほどいるのだろうか。クラスのマドンナ、部活のマネージャー、友達の姉、近所のおばちゃん。数えればきりがないだろう。
まあ、あれだけ頭も良くて、運動もできて、イケメンで、金持ちならモテないわけがないのだが。
おそらく、全人類の五分の一くらいは、蓮のことが好きなのではないだろうか。そんなことを思ってしまう。
(俺も恋愛対象が女性じゃなかったら危うく好きになっていたかもしれない。)
そうなっていたら、俺と蓮と美鈴の修羅場になっていたことだろう。
あれだけ完璧なら、性格が最悪とかやばい性癖を持っているとかでなければつり合いが取れないのだが。
(不平等)
この言葉に尽きる。
そんな感じで長かった入学式も無事終わり、俺たちは自分のクラスに帰ってきた。
「はーい。皆さんお疲れさまでした。」
先ほどの女性教師が、教卓の前でそういった。
「今日は入学式だけなので、学校の行事はこれでおしまいです。授業は明日から始まるので、皆さん授業開始一日目から遅刻しないようにしてくださいね。」
「「はーい」」
生徒たちがそう答えると、女教師はこう続けた。
「ではみなさん。帰る前にお互いの自己紹介でもしましょうか。」
(まじか。)
声を出すことができない俺はこの瞬間が嫌いだった。そしておそらくそういったことは、明日やるものだと思っていた。
(明日学校さぼろうと思ってたのに)
「それじゃ先生から自己紹介するね」
傷心中の俺をよそに先生は自己紹介を始めた。
「これから一年間皆さんのクラスを担当する、
そう先生が言い終わると、ぱちぱちぱちと生徒たちが拍手をした。自分で言うだけあって、確かに年齢のわりに若く見えた。うちのまきなさんも、若そうに見えるがいい勝負だ。
「じゃあ次、阿久津君ね」
と、先生は俺の前の席の男子生徒を指名した。
「はい、
俺の前の生徒は立ち上がり、自己紹介を始めたが、今はそれどころではない。
前の生徒の自己紹介が終わり、席に座ると先生は
「はーい、ありがとう。阿久津君これからよろしくね。」
と述べ、俺の方を見て
「じゃあ、次一ノ瀬君。いってみよー」
と、いってきた。
(きたか)
少しだけ、鼓動が早くなるのを感じた。
俺は両手をズボンで拭った。緊張するときにやってしまう癖だ。
(さて、どうしたものか。)
立ち上がったはいいものの、俺は声が発せないため自己紹介ができない。
「...?どうしたの?」
先生が不思議そうに尋ねてくる。他の生徒たちの注目も集まる。
声が出せないことは、事前に学校側に伝えてあるはずだがこの先生には伝わっていないのだろうか。
(黒板に名前でも書くか)
そう思った矢先に、
「先生」
と蓮が席を立った。
「一ノ瀬君は僕の友人なのですが、彼ちょっと声を出すことができなくて、いつも筆談とかでやり取しているんです。なので、僕が彼の事を紹介してもいいですか?」
クラスがざわつくの感じた。
「あ、そうだったの。ごめんなさい。本来なら私がやるべきなのに。」
先生が、俺たちに謝る。別に先生は悪くないのだが、なんとなく罪悪感を感じたのだろう。
すると、すたすたと蓮は俺の隣まで歩いてきて勝手に俺の自己紹介を始めた。というより、他己紹介である。
「皆さん。彼は一ノ瀬凛斗君です。僕の幼馴染で友人です。こう見えて、頭もいいですし、スポーツも割と得意みたいです。」
クラスでちょっと笑いが起きる。
(ねぇ、貴方には俺の事どうみえてるの?あと、貴方がそれを言うと皮肉っぽくなるからやめて)
「趣味は、音楽鑑賞、読書、映画鑑賞みたいです。あと、目つきが悪く、表情もあまり出ないので不愛想で根暗に見えます。が、実は超猫好きです。ついでに手先も器用です。」
(あぁそうですか。貴方にはそう見えているのですか。そうですか。)
「言葉は話せませんが、人と話すのは好きみたいなので皆さん、ぜひ仲良くしてあげてくださいね。」
(頼むから、余計なことは言わないで)
そうして、俺と蓮はクラスメートに向けてお辞儀すると、クラスメートの人たちが拍手をしてくれた。
余計な事まで言われてしまったが、蓮が俺の事を紹介してくれなかったら微妙な雰囲気になっていただろうから、正直助かった。
ありがとな、と蓮の方に目をやると、蓮がいいってことよと言わんばかりにウインクしてきた。
(あらやだ、かっこいい)
やはり、こういう気づかいができるところがモテる秘訣なのだろうか。
(俺も真似してみましょうかしら)
などと思ってみる。別にモテたいとは思わないけど。
そのあと、俺は席に着き蓮は自分の席に戻っていった。
そのあと、残りの生徒たちが次々と自己紹介をしていき、今日はこれで解散となったとき、
「一ノ瀬君ちょっといい?」
と先生から呼ばれた。
「さっきはごめんね、困ったよね。一ノ瀬君が声を出せないこと知らなくて。」
やはり、この教師には伝わっていなかったようだ。
「これから一ノ瀬君が学校生活を楽しめるように、先生も協力するから遠慮せずに何でも言ってね。」
{ありがとうございます。これからよろしくおねがいします。}
サっと、スマホに文字を打って先生に感謝を伝えた。
(なんだかどっと疲れたな。早く帰りたい。)
そう思いながら帰る身支度をしていると、
「なあ凛、これから美鈴と葉風さんと一緒にご飯食べに行くんだけど、凛もこない?葉風さんの事を二人にもっと紹介したいんだ。」
そう蓮が声をかけてきた。後ろには、美鈴とメイドさんもいる。蓮の笑顔が相変わらずまぶしいが、今はそれどころではない。
(まじですか)
正直、俺はあまり乗り気にはなれなかった。理由はもちろん美鈴の件だ。
美鈴の方も、目をそらしており俺には来てほしくなさそうだった。
俺もあまり行きたくはないのだが、さっき蓮に助けられた手前誘いを断りずらい。
どうしたもんかと、返事に困っていると。
「ご飯行かないんですか?」
とメイドの篠崎さんが首をかしげながら話しかけてきた。なぜだか、少し寂しそうな顔をしている気がしたが気のせいだろう。
蓮と篠崎さん二人からの圧を感じ、悩んだ末
{わかった}
と、俺はしぶしぶ承諾した。
作者の一言
おはようございます。この話4000文字以上あるんですが、あまり長いと読みずらいですかね?これから文字数を調整していこうと思います。
台風による被害が出ているみたいですが、皆さん気を付けてくださいね。
それでは、今後ともよろしくお願いします。星や感想もお待ちしております!!!
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