第一話 曇天に舞う桜

リンリンリンというiPhoneのアラームで、一ノ瀬凛斗いちのせりんとは目を覚ました。これで三回目のスヌーズだ。


寝室のカーテンを開け、洗面所に向かい、鏡を見る。


(ひどい顔だな)


我ながら血色も悪く、ひどく疲れた顔をしている。眠りが浅いのだろうか、ここ最近一日中眠い気がする。まあ、気がするだけかもしれないが。


雑にキャップを開け、歯ブラシに歯磨き粉を付け、口にくわえると、


「むー-」


と鳴きながら子猫が足にすり寄ってきた。


(ムー、おはよう。)


そう心の中で思いながら、真黒な子猫の頭を優しくなでた。


この子猫は「ムー」。むーと鳴くからそう名付けたのだが、安直すぎただろうか。


歯も磨き終わり、しばし、ムーとのふれあいの時間を過ごす。


その後ムーに、キャットフードをあげ、自身の朝食の準備に取り掛かった。


と言っても、トーストを一枚焼いてそれをコーヒーを飲みながら食べるだけなのだが。


トーストが焼けるまでの時間、制服に着替えようと思い自室に戻ろうとすると、机の上に置手紙があるのを見つけた。


凛君へ

おはよう。私は先に仕事に行きます。次に帰ってくるのは、だいぶ先になると思う。愛しの凛君と、全然会えなくてさみしいよおー。

冷蔵庫の中が空になりかけてるから、このお金で適当に買ってご飯食べてください。

それじゃあ、いってきます。


まきな


※(まきなさん、帰ってきてたのか。)


置手紙の横には、一万円札が何枚か置いてあった。


現在、俺は叔母のまきなさんとマンションで二人暮らしをしている。叔母と言ってもまだ三十台だった気がするが、年齢を詳しく詮索すると怒られるので正確な年齢は知らない。


二人暮らしといっても、仕事で忙しくほとんど家に帰ってこないか、俺が学校に行っているうちに帰ってきて仮眠をとり、また仕事に出るといった生活をしているため、あまり顔を合わせることはない。


(仕事大変そうだな。)


まきなさんは、俺の学費や生活費を負担してくれている。俺も何か力になれたら、とアルバイトの相談をしたことがあるのだが、


「論外」


と一蹴されてしまった。その代わり家の家事や、ムーの世話などはほとんど俺がみている。ギブ&テイクというには、あまりにももらっているものが多い気がするが。


(やっぱり、バイトでもしようかな)


そんなことを考えていたら時刻は、8:00を回っていた。


(やば)


そう思いながら、急いで制服に着替え、焼いたパンと冷めたコーヒーを一気に胃に入れる。


最後に、ムーの頭をなで心の中で


(いってきます)


とつぶやいた。


玄関の扉を開けると、曇天な空が広がっていた。



マンションのエレベーターを降り、通学路につく。


もう四月というのに、相変わらず気温は低いままだ。


マンション前の道路の歩道には通学や通勤で人々が歩いているが、みんな厚手の上着を着ている。


俺も人の流れに合流し、使い古した白いヘッドホンを付け、お気に入りの海外のロックバンドをセットすると、ジャケットのポケットに手を突っ込む。


ヘッドホンで音楽を聴きながら移動するのは俺のルーティーンであり、暇なときはこのヘッドホンで音楽を聴くのが俺の趣味の一つである。


しかし、ヘッドホンを付けるて音楽を聴く理由はそれだけではない。


長年の研究(俺調べ)によると、ヘッドホンをしている時はしていない時と比べて、人に話しかけられる割合が40%程体感下がるのだ。


まあヘッドホンで自分の世界に入り込んでいる人間には、なんとなく話しかけずらいだろう。


俺は決して人と関わるのが嫌いなわけではない。学校にも、友人と呼べる人間は何人かいた。けれども俺が人と話したくない理由は、俺の病気が原因だった。


俺は、ある時から声を出すことが一切できなくなってしまった。言葉どころか、音を発することすらできないのだ。


担当医師によると、失声症しっせいしょうという心的外傷による発声障害的なものらしい。本来であれば、数週間から数か月程度で治るものらしいが、俺の場合は何年も続いており、今だ完治する兆しもなく、原因も不明。


これには、医者も頭を悩ませている。本来、人間が長い間声を発さないことは、肺炎などの深刻な病気につながるとされていてとても危険らしいのだが、今のところ俺にそれらしい症状は見られない。


何はともあれ、俺はコミュニケーションをとる際は基本的に、筆談(最近はスマホのメモ機能を使ったタイピング)か手話を用いて行う。だが、ほとんどの人が手話を理解できないので、筆談となる。そのため、俺の病気を知っている知人ならともかく、それ以外の人間とコミュニケーションをとるのはいろんな意味で非常に面倒なのだ。


そのため、俺はヘッドホンを付け、話しかけてくるなオーラをまき散らしている。また、幸か不幸か声を失ってから表情の変化も少なくなった気がする。そのため、より不愛想に見えるだろう。


しばらく歩いていると、目の前を仲の良さそうな男子生徒が、楽しそに会話しながら歩いているのが見えた。制服からして、おそらく同じ学校だろう。


(二人とも坊主だから、野球部とかかな)


そんなことぼーっと思いながら彼らの後ろを歩いていると、誰かに後ろから右肩をポンと叩かれた。


つけていたヘッドホンを首にかけると


「よ、凛。はよ!」


と声をかけてきた男子生徒は、すっと俺の横に並んで歩き始めた。


杉山新之助すぎやましんのすけ、中学の時の同じクラスの友人だ。


「もう四月なのに、寒すぎだよな」


杉山は、肩をすくめながらそう話しかけてくる。


俺はコクリとうなずいた。


「なあ、新しいクラスどうなるかな。」


今日は新学期初日であり、俺たちにとっては記念すべき高校初日なのである。


「やっぱ、お前と同じクラスがいいよな、うちの中学からこの高校に入ってきたやつそんなに多くないし。」


これから俺たちが通う、市立怜悧東高等学校しりつれいりひがしこうとうがっこう通称怜高は、名前の通りこのあたりでは偏差値は高い学校に分類される。


俺たちが通っていた中学から、それほど近くないということもあるが、それ以前に入学することが他の高校よりも難しく、うちの中学からもそれほどこの学校に進学する人間はいないのだ。


「そういえば、お前入る部活とか決めた?」


と杉山は俺に聞いてきた。


俺が、小さく首を振ると


「そうか、俺はやっぱ、バスケやろうかな、中学からやってるし。でも、高校デビューを機に新しい部活に挑戦してみるのもいいよな」


そんな杉山の話を聞きながら歩いていると、「市立怜悧高等学校正面玄関」という看板が見えてきた。


次々と生徒が校内に入っていくのが遠目からも分かった。


他の生徒に続いて俺たち二人も、校内入った。


他の生徒の波とともに校舎まで歩いていくと、ちょうど校舎の玄関付近に生徒たちが集まっていた。何かと思い俺たち二人も近づいてみると、学年別に1~10クラスの番号が振られた紙が壁に貼っており、その下に生徒の名前が羅列してあった。


「あれ、クラス発表の紙だよな、俺がみてきてやるよ。」


そう言って、杉山は生徒の群れの中に突っ込んでいった。


しばらくぼーっとしながら、杉山の帰還を待っていると


「凛、お前一組だぞー。」


といいながら、杉山が戻ってきた。


「俺は四組だった。残念だったなあ」


杉山は、四組だったらしい。クラスは別になってしまった。だが、明るく社交的な杉山ならすぐに新しい友達を作るだろう。


俺がしょうがないな(という意味を込めて)、と軽く微笑みながら杉山に返すと


「でも、昼飯は一緒に食おうな!」


と杉山は笑って答えた。


校舎内に入ったら杉山とは別れ、それぞれ自分の教室に向かった。


教室へ向かう際に、廊下の窓から外を見ると桜の花びらが待っているのが見えた。


今日はあいにくの、曇天だが校庭の桜はほぼ満開だった。


(曇天に舞う桜もなかなかきれいだな)


などと思いながら自分のクラスに向かうと、教室の前で男子一人と女子二人の三人組が、話しているのが見えた。


俺がそのまま教室に向かって歩いていくと、男子生徒と目が合った。


「凛!」


そういって、その男子生徒は駆け寄ってきた。


当山蓮とうやまれん。俺の小学校時代からの幼馴染であり、親友ともいえる存在だ。眉目秀麗、頭脳明晰、おまけに金持ちと、完璧の権化のようなやつである。


「凛も同じクラスか!」


そういってイケメンが微笑みかけてくる。


(相変わらずまぶしい笑顔ですこと)


そう思いながら、片手をあげて返事をする。


すると、蓮の右後ろにいた茶髪の髪が長い女子生徒と目が合った。


彼女は、柊美鈴ひいらぎみすず。俺と蓮の幼馴染で、今は蓮の彼女だ。


彼女もまた、才色兼備であり、まさしく美男美女カップルといったところだ。


しかし、彼女は俺と目が合ってもすぐに目をそらし、


「私、先に教室入っている」


と言って教室に入っていってしまった。


実のところ、俺と美鈴はあまり良好な関係ではない。嘘だ、関係は最悪である。


(昔は、仲良かった気がするんだけどな)


蓮がやれやれという顔をしていると、今度は左後ろにいた女子生徒と目が合った。


黒髪で短髪の女子生徒だ。背は150cm後半から、160cm位だろうか。真っ黒の髪に、薄い碧の目が特徴的な子だった。ハーフの子だろうか。


(この子は初対面だな。)


顔はとても整っており、美人であることには間違いないのだが、無表情で何を考えているのかよくわからない。


(俺が言えたことではないけど)


そんなことを思っていると、蓮が


「そういえば、凛は会うの初めてだよね。こちらは、篠崎風葉しのざきかぜはさん。うちでメイドとして働いてもらっている方だよ。」


(え?なに?メイドって言った?どっかの国の貴族の方なのかしら、このイケメンは。)


俺が、突然のメイドという言葉に困惑していると。


「蓮様のもとでメイドとして働かせていただいている、篠崎です。」


と、メイドさんが挨拶をしてきた。


俺は、急いでスマホをとりだしメモの機能を使って


{初めまして、一ノ瀬凛斗です。}


とタイピングをして、挨拶をした。


すると蓮が、


「あのね、風葉さん。凛は声が出せないから、基本的に筆談とか、スマホのタイピングとか、手話とかでコミュニケーションをとるんだ。」


と補足してくれた。


しかし、メイドさんは特段驚いた様子もなく、しばらく俺の目を見つめると


「あなたは、そうなんですか。」


と呟くと彼女もまた、教室に入っていってしまった。


(あなたは、そうなんですか?なんとなく不思議な言い方だな)


「まあ、とりあえず。凛と一緒のクラスで嬉しいよ、今年一年もよろしくな。」


と、蓮が微笑みかけてきた。


俺もうなずいて返すと、学校のチャイムが鳴った。


「俺たちも、教室に入ろうか。」


そういうと、蓮も教室に入った。


俺も蓮に続いて教室に入ると、メイドさんと美鈴が話していた。


(なんか、不思議な雰囲気のメイドさんだな)


そう思いながら、俺も自分の席に着いた。


これが俺と、篠崎風葉との最初の出会いだった。



※凛が心の中で思ったことは()、他の人間が声に出して話したことは「」、凛が筆談や手話を使ってコミュニケーションをとったことは{}で表現します。




作者の一言


初めまして。黒崎灰炉と申します。小説を書くのは初めてなので拙く誤字も多々あるかと思いますが、気軽に見てくれたら幸いです。

最近猛暑ですね。熱中症には気を付けてくださいね。

コメントと星もお待ちしております!

                           灰炉










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