第23話 男装の死体 -3

 けっきょく、以後も四人で話はしたものの、まとまらず、葬式と通夜に参加するかどうかの確認だけをして、解散となった。

 葬式には教授、及び中村準教授が参加することになった。

 帰りぎわ、ちょっといいかね、と教授室に呼び出された。

「浩平君のこと、ちょっと気をつけて様子を見てやって欲しい」

「ええ、どこまで出来るかわかりませんけど」

 浩平の様子がおかしいことは、椋山教授だけでなく、皆が気付いていた。原因ははっきりしており、彼が気に病むようなことではないのだけれど、気にしてしまっているものは仕方がない。


 それよりも、蔵元知恵だ。

 浩平を家まで送り届けてから、携帯電話で知恵に連絡をとった。すぐに梅田駅の『ルーマニア』まで来るように、と言うと、

「竹田さんが誘ってくれるなんて、珍しいですね」

 と無理やりおどけたような声で答えた。余計に心配になる。

 てっきり、ロン・メイメイも一緒に来るものとばかり思っていたのだけれど、『ペレストロイカ』での仕事がどうしても抜けられない、とのことで、一人ミナミへと向かった。

 けっきょく、ルーマニアにはおれと知恵、そして知恵が誘ったと思われる姉さんが顔を揃えた。

「ああ、和也もいたのね」

 ととぼけたのか、本当に知らなかったのかは分からなかったけれど、姉さんは、明日会う手間が省けちゃったわととんでもないことを言う。

「明日は明日」

 とおれが切り返したちょうどそのとき、ママ・キャサリンが珍しく冷酒を持って来た。

「ま、一応ね。冥福をお祈りしましょう」

 この場合、日本酒が正しいのかどうか、よく分からなかった。ただ、なんとなく雰囲気は出ている。

「でも姉さん、いいの? 一週間も」

「これも仕事だからね」

 薄明かりのなか、姉さんの唇がてらてらと光ってみえた。いつもはコンタクトレンズなのだけれど、道中で落としてしまったらしく、今日は予備のメガネをかけている。縁なしの小さなメガネだ。

「知恵ちゃん」

 ぼんやりと姉さんを眺めていたおれは、我に返る。視線を蔵元知恵のほうへと向ける。知恵ははっと顔を上げると、きょろきょろと落ち着きなくあたりを見回している。

「なんと言っていいのかわからないけど――」

 という姉さんの言葉をさえぎって、知恵はにこりと微笑む。

「気を使わないで。ショックを受けていないと言えば嘘になりますけど、こういう経験が初めてというわけではないですから」

「エムちゃん、だっけ?」

「あれ、なんで知ってるの?」

「この前自分で話しただろ」

 ああ、そうだっけ、とごまかして知恵は続ける。

「実感がまだないの。いつになったら沸いてくるのか分からないけど……」

 発作的に、知恵は笑った。そんな自分をたしなめるように、両手で頬を叩いている。それでも、頬と口角が笑いを形作るのを止めることが出来ないようだ。

「わたし……どうしよう……明日もこんな風に笑ってしまったら」

 ははは、と冗談にしてしまおうという知恵の努力はむなしく、場の空気は和まない。

「また、言われるかな……悪魔の子って。オマエはどこか壊れているって」

 何を言っていいのか分からずにただ黙って見つめていた。言葉が見つからない。

 そんなことないよ。大丈夫だよ――出てくる言葉は全て陳腐で、無責任だ。


 ふわっ、と何かが降りてきたような気がした。


 見ると、ママ・キャサリンが後ろから知恵を抱きすくめている。

 ひあっと驚きの声を発する知恵に、ママ・キャサリンは笑いながら、

「そんなに驚かないでちょうだい」

「だって……」

「じゃあ、今日はわたしの話を聞いてもらいましょうかね」

「ママさんの過去?」おれが訊く。

「まぁ楽しい話じゃないけど……こんな壊れた人間でも生きてればたまには楽しいこともあるんだ、って思ってもらえれば、本望よ」

「そんな、ママさんんは壊れてなんか――」

 しっ、と口に手を当てて、知恵の言葉をママ・キャサリンがさえぎる。

「人に話すのは初めてで、うまく伝えられるかどうか分からないけれど、聞いてくれるかしら?」

 頷く三人の顔を順番に見回してから、ママ・キャサリンは語り始めた。




「壮絶、という言葉でしか表現できなかったね」

 ちょうど終電前に話が終わり、それぞれ帰途につくことにして『ルーマニア』を出た。

 相変わらず、雨が降り続いていた。

「波乱万丈、という言葉が陳腐に思えるね。あの話を聞くと……お、今日はちゃんと傘持参なんだね」

「今日は、って失敬な!」

 おれの皮肉に対し、知恵はカバンから出してきた折り畳み傘をどうだ、といわんばかりに掲げ、折り畳みかさ~とドラえもんのように宣言する。

「ちゃあんと、古賀教授に借りてきましたよ~だ!」

「やっぱり持ってなかったのかよ」

 ぺろりと舌を出すその表情からは、悲壮感が消えていた。どうやらママ・キャサリンの話は功を奏したようであった。

「そういえば、古賀教授には伝えてくれたんだよね?」

「うん。明日はわたしと古賀教授、それから希、あとは同じ科の友達何人かでお葬式に行ってくる」

「じゃあ、おれの分までよろしく」

「りょ~かいです」

 姉さんは近くのビジネスホテルに、おれと知恵はそれぞれの家へと帰宅することになった。

 振り返ると、珍しく店の外までママ・キャサリンが見送りに出て来てくれていた。おれは軽く会釈だけして、そのまま前を向いた。

 色々とあって頭の隅のほうに追いやっていたのだけれど、小児科医の門勲のところには、また行くという約束をしたきりうやむやになっている。

帰宅したおれは、明日こそは、という決心をした。いつもの習慣で、なんとなくジャック・ダニエルに手を伸ばしたところで何とかこらえ、そのまま眠りに付いた。意外にもすぐに睡魔が襲ってきた。

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