第4話 畜生道


 §1 捨て子

 二月に入った。

 奥地は雪に閉ざされ、谷の水は凍っているが、何とはなしに妖怪ランドも春めいてきた。妖怪ホームは完成し、職員は研修にいそしむ毎日である。

 下界では人間たちは愛を語らい合っていることだろう。王国の動物たちも恋の季節を迎えている。日夜、騒がしい。


 妖怪たちはというと、これら軽輩を苦々しく思っている。達観した妖怪は、異性に心を惑わすようなことは、しないからだ。「枯れる」ことが何よりも重んじられる。

 ところが、大事件が起きた。王国に絶えて久しかった赤ん坊の泣き声がしたのである。


 ピヨピヨ寛道が神殿での勤務を終えて帰宅していると、道端で子ネコの鳴き声がする。

「また、都会の人間が山奥に子ネコを捨てて行ったのだろう。困ったものだ」

 と、近づいて見ると、着物を着た小さな男の子だった。顔はネコっぽい。ネコ男の新生児である。

 ピヨピヨ寛道は連れて帰り、飼うことにした。マンションはペット禁止であるが、幸いネコ男なのでペットではない。いずれ、れっきとした妖怪に育つ。


「それはいい話ですよ」

 バスターズとの定例のミーティングが終わり、雑談で捨て子の話をした。ジキータが乗ってきた。


 §2 急増する若年妖怪

「『妖怪ポスト』を設置して、面倒が見切れない乳幼児をおいていってもらうのです」

 とジキータ。九州の上空を飛んでいて、産婦人科の玄関に置かれていたものにヒントを得たのだろう。


 最近、若い妖怪たちの風紀が乱れている。捨てられたり、闇から闇へと葬られている新生妖怪たちは数知れない。夜啼き爺たちは親が貧しかったので捨てられたが、現代では愛欲の果ての捨て子がほとんどだ。

「ちゃんと分別してポストに入れてもらい、王国のゴミ収集車で集めればいいじゃないですか」

 とモンキ。なんとも乱暴な発想だ。

「『妖怪ポスト』回収日を決めたら、ワシ、集めて回りますがな」

 ドクのほうがよほど常識派だ。



「妖怪ポスト」は意外な反応があった。他県ナンバーのクルマを見かけると、ポストに新生児が投函されていたということも度々たびたびだった。

 地元妖怪から里親を募集したが、それでも追い付かなかった。王国では収容センターを設けて、捨て子たちを保護している。


 §3 寛道、講師に

「モラルが低下しているな。私の五〇〇年の人生の中で、こんなことは初めて見聞しました」

 ピヨピヨ寛道は修験者だけに現状に心を痛めている。

「いっそのこと、妖怪の研修施設を設けて、モラル向上をはかってはどうでしょう。ピヨピヨ寛道さんなんか、いい講師になれますよ。所定の研修を修了したものには認定証を与える。初級・中級・上級・アドバンスとコース分けする。初級修了者は準妖怪、中級修了者以上を正妖怪として優遇されるように、全国団体に働きかけるのですよ。絶対、受けますよ」

 ジキータは軽い気持ちで提案した。

「いわゆる資格商法ですな。それはいい」

 ピヨピヨ寛道が俗っぽい笑みを漏らした。


 実際、ピヨピヨ寛道の講義は好評だった。

 最初の三〇分間はおはらいの祈祷きとうをした。受講生はこうべを垂れて、じっと聞き入った。こういう一時が持て、自分と向かい合えただけで、はるばるやってきたかいがあった。それに、ありがたいご祈祷なのである。

 ジキータたちのように祈祷をしょっちゅう耳にしていると、しきりに女性の名前を唱えているように聞こえなくもなかった。懺悔か。よく地獄に堕ちなかったものだ。


 ピヨピヨ寛道の講義は男女別々にクラス編成された。「男女七歳にして席を同じゅうせず」を徹底、「三尺下がって師の影踏まず」と、巻き尺を持って来て、立ち位置を教えた。受講者に大変なカルチャーショックを与えたようで、何か月も先の予約が埋まっていた。


 講義はほかに「法と秩序」「社会生活のルールとマナー」「食と健康」「悪徳商法から身を守る」など幅広いテーマが開講された。また、特別講義では夜啼き爺の「芸能界の光と影」なども人気を集めた。


 §4 幻の学校設置計画

「やっぱり、学校ってのはいいですなあ」

 ピヨピヨ寛道は講師を務めるようになってから、すっかり教育者気どりだ。役職が人をつくる。

「ジキータさん。妖怪学園を作ってはどうでしょう。幼稚部から小学部・中学部・高等部・大学と一貫教育体制を整えるのです。この村は学園都市になり、全国から妖怪が集まって来ますよ」

 そうとう以前から考えていたようだ。単なる思い付きではない。


 妖怪も就学率が高まっているとはいえ、それはごく一部の富裕層の話。ましてや、大学教育のニーズはほとんどないだろう。人間社会でさえ上の教育機関にいくにつれてレベルが低下し、日本の大学の科学技術教育は諸外国の後塵を拝するばかりだ。屋上屋を架すの愚を犯しかねない。


 遠回しに、ピヨピヨ寛道の説得を試みていると、夜啼き爺がやってきた。

「学校⁉」

 夜啼き爺は一蹴した。

「都会の妖怪たちを見なはれ。夜は墓場で運動会でっせ。妖怪には、学校も試験もなんにもないことをウリに、PRしとる。一度、社会に出てほかの妖怪様のメシを食ったものならともかく、学校で勉強しようなんていう奇特な妖怪はおらんで。子供には、野山を走り回らせ、谷や川で泳がせとくのがええんと違うで」

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