第3話 終の棲家


 §1 福祉の貧困

「どう、最近、お客さんは?」

 おとめさんに酌をされながら、ピヨピヨ寛道が訊いた。

「ダメよ。この間なんか、キツネのおやじさんが来ただけ。ビール一本で看板までねばるんだもの。商売にならないわ。龍子さんにまた叱られそう」

 おとめさん、雇われの身はつらい。


「龍子さんから店を任されたころはまあまあだったけど、みんな年とると、都会の子供のところに行くでしょ。仕方ないわね。崖から落ちて寝たきりになるより、窮屈でも都会に出て行くのがいいもの」

「そうか。エンコウの婆さん、寝たきりになったか。口と足だけは達者だったのになあ」

 天上界に勤めるピヨピヨ寛道は、下界の情報にうといみたいだ。


「この村には、妖怪ホームはないのですか?」

 ジキータが訊いた。

「一か所あるけど、よその村からの入所者が多くて、希望しても入れないのよ。それで、仕方ないから、奥の秘境にある老人ホームに入ってるみたいよ。私だって、いつまでも現役続けてられないから、老後のこと考えとかなきゃ。再婚したタヌキとは三年で別れたの。龍子さんや鍼灸師の先生に盛大に祝ってもらったのにね」

 おとめさんが徳利をあおった。


「もしもですよ。妖怪ランドに新しく妖怪ホームができたら、おとめさん、入りますか?」

 モンキも考えている。ただの酒飲みではない。

「そりゃ、もちろんよ。生まれ育った村だもの」


 §2 協力者あらわる

 ピヨピヨ寛道が黙り込んだ。

(龍神の妹さんが富士山の裾野で事業をやっていたはず。確か、介護施設も展開していたのでは)


 龍子さんはある青年に恋して、王国に出入り禁止となった。妹が王国の跡を継ぐことになっていたが、東京にライブを聴きに行き、同類と意気投合、彼女の王国で共同事業を始めてしまった。

 先代の龍神は食事も喉を通らぬほど悩み、苦しんだ末、我が娘の勘当を解き、龍神のポストを譲ったのだった。

 一部始終を見て来たピヨピヨ寛道だけに、もし龍子さんの妹の協力が得られれば、姉妹の仲は良好になるのでは、と期待を寄せた。


「姉や母に何かあった時のために」

 と、妹さんから教えられていた番号に、ピヨピヨ寛道は電話を入れた。

 羽振りがよいらしく、妹さんは

「いいわよ。故郷のためになるのなら、喜んで。いくつ建ててほしいの」

 と二つ返事だった。

 龍神に事後報告した。

 龍神は一瞬、表情を曇らせた。昔だったら手が付けられなくなっていただろう。

「そう。妹、元気だった? いい場所、選んでね」


 §3 増えるUターン

 見晴らしの良い高台に妖怪ホームの建設が進められた。

 王国の老妖怪たちは全員、ホームへの入所を予約した。それでも定員に空きがあり、よその村からも予約が入った。

 施設のスタッフを募集した。やや老々介護的になりそうだが、それは仕方のないことだった。

 静岡から指導員が派遣されてきた。調理や介護・看護など数か月にわたってベテランが厳しく指導に当たった。



 年末年始は、妖怪の社会でも行き来が激しくなる。都会に出ていた妖怪が帰省するのだ。


 ピヨピヨ寛道のもとに、四年前に離村していた妖怪が顔を出した。

「あれは何を建てているんですか?」

 妖怪ホームを建設している旨を告げると

「都会でデイサービスの送迎ドライバーをやっているのですが、募集してないですか? 年とったので、田舎に帰って働こうと思っているのですよ」

 先日は看護師の資格を持つという妖怪からも、同じような問い合わせがあった。その妖怪は若かった。三二〇歳と言っていた。


 §4 来るもの拒まず

「ごめんください」

 みると老妖怪夫婦が立っていた。どこかで見たことのある顔だった。

「あっ。誰かと思うたら、夜啼よなじじい! ようお帰りで」

「ご無沙汰しとります。これは家内です」

 妖怪ランド出身の超有名タレントだった。ただ、メジャーデビューしてからは、とんと故郷に足を運ばなくなった。

「ワシもそろそろ引退を考えとってな。TVも、最近は再放送ばっかりや。都会は疲れるわ。どこか田舎の施設に夫婦で入所しよう、と家内とも話しとったところですわ」

 爺は幼少時、弟とともに妖怪ランドの山奥に捨てられた。親が恋しく弟は夜泣きした。せめて親の棲む里を見せてやろうと、弟を背負って夜道を歩くうち、弟は冷たくなっていた。弟の泣き真似で一世を風靡ふうびしたが、芸の幅が狭すぎた。


 ともあれ、こうして王国の妖怪数は増えていった。

 ピヨピヨ寛道は毎日、見学者の対応に追われている。

 しかし、ジキータたちには心配のタネがあった。

「ほとんどは我々みたいな年寄りがばっかりやない。若いのは看護師さんだけやで。ここだけの話」

 ドクも直感している。

「それだよ。ドク。大きな声じゃ言えないが」

「そうだな。まさか人間の子供を淵に引きずり込み、妖怪に転生させるわけにはいかないし。何かいい手立てはないかなあ」

 モンキは追いつめられると恐ろしいことを考える。


 こんな話は移動スナック「百夜鬼」ではできない。ジキータの家でお屠蘇とそを飲みながら、バスターズは頭を捻っていた。

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