第2話 現地入り


§1 拝顔

 昼前にピヨピヨ寛道が迎えに来た。

 ピヨピヨ寛道は道すがら、性悪しょうわるな大蛇を退治した、二人の祖先の話をした。一人はただの寛道、もう一人は、ひよひよ寛道と名乗ったらしい。なんでも、祈祷きとうで大蛇を小さくし、かめに封じ込めたとのことだった。

 バスターズを退屈させては、というピヨピヨ寛道のサービス精神が裏目に出た。バスターズは恐ろしい魔界に足を踏み入れてしまったことに、打ち震えていた。


「本来なら、貴殿たちのような鳥獣類に、龍神がお目にかかることはござらぬ。が、今回は例外としてお許しくださる由。なんなりと伺い、また、貴殿たちの考えを申しあげよ」

 神社の奥の神殿に案内される。御簾みすの向こうに何やら気配がする。バスターズは床に額を付けた。


「これ、そのものたち、昨日は大儀であった。頭を上げよ」

 厳かな声だった。

 頭を上げ、真っ先に昨日の無礼を詫びようとした。しかし、御簾ごしに龍神の姿を見たとたん、バスターズの歯がガチガチと鳴りだした。


「そうか。怖いか。しばし待たれよ。変身してまいる」

 龍神は神棚の奥に消えた。

 四半時(一五分)ほどして、微香が漂い始めた。昨日、来訪時に付けていた香水のようだった。

 ほぼ人間に近い姿だった。ドレスが似合った。移動スナックのママだった時代に着ていたものだろうか。バスターズは下世話な想像をしていた。


 §2 許されぬ失敗

「世の中、どうじゃ? 過疎化が進んでおるようでござるが」

「仰せのとおりでございます。人間はもとより、動物の世界でも過疎化が進行し、日本中が限界集落だらけでございます」

 ジキータが奏上した。


「我が王国も同じじゃ。このまま過疎化が進めば、妖怪の社会生活は困難になり、王国は崩壊する。私は龍神の座を捨て、水商売に戻る手もあるが、それでは王国の妖怪たちに申し訳が立たぬ。ぜひとも、貴殿たちの叡智で、過疎化を食い止めるよう希望する」

「ハハーッ」

 バスターズは頭を下げた。


「では、頼んだぞ。後のことはピヨピヨ寛道と相談しながら、進めていただきたい。万が一にも失敗するようなことがあれば、その時は手はず通り、よいな、ピヨピヨ寛道」

「ハッ。心得てござりまする」


 §3 村には危険が一杯

 ピヨピヨ寛道に妖怪ランドを案内される。

 龍神の神殿は山の上にあった。

「あの向こうの山が中津山でござる。手前が国見山。奥三足村は国見山の中腹に当たりまする」

「そうでござるか」

 ジキータは答える。

「拙者の言葉遣い、かみしもを着たようでござるか。これは申し訳ない。では、ざっくばらんに参ろう」

 ありがたい申し出だった。


 山道は狭くて勾配がきつかった。昼なお暗いところも多い。

「これは年寄りにはこたえるなあ」

 ドクは息を切らしている。

「そこ、気を付けなはれや。狭うなっとるけん」

 ピヨピヨ寛道が気遣きづかう。


「ここ、また地滑りや。ほな、遠回りしていきまひょ」

 あちこちに地滑りがある。

 たまに妖怪に出会う。ピヨピヨ寛道はそのたびに世間話をし、なかなか先に進めない。少しうんざりしていると、また、前方から妖怪が現れた。ピヨピヨ寛道が声をかけたが、黙って通り過ぎていく。

「あの妖怪はよう徘徊はいかいするんですよ。そのうち防災無線で放送されるやろ」


 大きな谷川が何本も流れている。降りてみると、流れは急だ。滝が轟音ごうおんを立て、淵になっているところも多い。底は見えず、近づくのが怖い。


 谷川は吉野川へと注ぐ。吉野川は独特のエメラルドグリーンの水をたたえ、ある時はゆったり、ある時は急流となって下って行く。鮎釣りのほか遊覧船による川下り、ラフティングなど四季を通じて賑わっている。


 §4 スナックで息抜き

「山あり、谷あり、川ありで、自然に恵まれていますね。妖怪はどうしてこんないいところから出て行くのでしょうか?」

 ジキータは核心に触れた。

「いろいろ考えられますな。ご覧いただいたように、危険な場所が多い。人間がよく事故に遭いました。そこで妖怪の出番となり、危険地帯に近づく人間がいれば、脅すために雇われました。一時は妖怪の三割くらいがガードマンに就いていました。しかし、人間が減り、多くの妖怪が失業しました。悪いことには、かつて職場だったところが高齢妖怪の足かせになってきた。崖から落ちたり、谷や川で溺れたり。こんな危ない村は高齢妖怪が棲むのに適していません」

 ピヨピヨ寛道がため息をついた。


「Uターンや移住者はおらんの?」

 ドクが訊いた。

「ほぼゼロですな。帰って来ても仕事がない。サテライトオフィスとかリモートワークとか騒がれていますが、昔の裁縫工場と同じで、いい条件のところがあればさっさと引き上げかねない。そんなこと、みんなでよく話しています」

 妖怪の社会も、国や企業のエゴに引き回されてきたのだ。


「妖怪の新生児は生まれないのですか?」

 とモンキ。いい質問だ。

「基本的に妖怪は、事故死以外では死なない。妖怪の妊娠適齢期間はせいぜい一〇〇年です。個体数が大きく増減することはないはずなんです。そうは言うものの、例えば水難事故で不幸にして溺死した人間を、妖怪に転生させることは多い。それでも妖怪が増えないのは、借金で首が回らなくなって姿をくらますとか、妖怪関係に嫌気がさして蒸発するものがいるからでしょうな」


 今日はずいぶん歩いた。

 日暮れが近づいている。

「お疲れでしょうから、龍神がオーナーやってる移動スナックがあるので、寄って行きましょうか」

 ピヨピヨ寛道に連れて行かれた先は、小さな小屋だった。「百夜鬼」の看板が見える。


 店の中には二、三体の先客がいた。

「あ、おとめさん。この方たちは過疎化バスターズ。龍子さんとこの仕事しているの」

 ピヨピヨ寛道が紹介してくれた。おとめさん、美人のタヌキだった。

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