過疎化バスターズ〈妖怪ランド編〉

山谷麻也

第1話 龍神来臨


Ⅰ ヒーロー高齢化

「ファーア」

 日本全国、過疎地の救世主と脚光を浴びた元過疎化バスターズ。引退してから朝酒がないと一日が始まらなくなっている。昼前にうとうとし、昼食で一杯、午後は欠伸あくびばかりしている。

「ファーア」


 イヌのドクが床に顎をつけて、寝そべっている。

「なんていう呑み屋やったかなあ。ヤド街の、われわれが会うた店?」

 サルのモンキがドクを心配げに見つめる。

「三密酒場だろ。ヤド街じゃなく、ドヤ街だよ。東京の」

「そうやったかな。そうかも知れん」


 ドクは最近、記憶が怪しくなってきている。

「あの頃、世界中が大変だったよなあ。あれはもう収まったのかなあ」

 あれ、それなどという指示語が増えた。これはモンキにも言える。

「ドク、新型コロナだろ。流行の山が後から後からやってきて、第何波とか数えなくなっているみたいだよ。どこかで対策に失敗があったのだろうな」

 キジのジキータが空中散歩あるいはスマホから得た情報を教える。


 ジキータ、モンキ、ドクの祖先は、怠け者だった桃太郎の尻を叩き、鬼ヶ島の鬼退治をしたことで知られる。日本中の子供たちに希望を与えた、あの英雄の面影はみじんもない。

 仲間の老いをケアするため、ジキータは近年、音楽療法を取り入れている。集まると、BGMにスキータ・デイヴィスの「この世の果てまで」(The End Of The World)を流すのである。三密酒場で、聴くともなしに聴いていた曲だ。


 §2 無理難題 

「ごめんください」

 玄関で女性の声がする。

 空耳ではなさそうなので、欠伸を噛み殺しながらジキータが出て行った。


「ジキータさんですか。私、兎鹿池とがのいけ龍子りゅうこと申します。吉野川の向こうの村から参りました」

 細面の上品な女性だった。


 奥三足村では人間の来訪者があると、村の動物たち全員に秘密の警戒警報が出る。散々人間を見飽きてきたジキータは別段身構えなかったが、奥三足のセンサーをかいくぐったとは見上げた人間だった。

 ともかく、用件をうかがうことにした。


 モンキとドクは来客を見て、一度に酔いが吹っ飛んだみたいだった、

「私の村でも過疎化が進行しておりまして、消滅するのは時間の問題となっています。それで、コンサルに依頼しようということになりました。ある方に相談したところ、ジキータさんたち過疎化バスターズのご紹介を受けた次第なんです」

「どなたの紹介かは知りませんが、われわれはご覧のとおり、隠居の身。今さら現役復帰する気はありません。過疎化バスターズなどという歴史の歯車を止めるようなミッションは、もう無理です」

 ジキータは頭を下げた。ドクもモンキも、倣ならった。


 来訪者は立ち上がった。

 東の方角を見ている。

「あれが中津山ね。太古の昔と変わらないわね。いつまで経っても、霊験あらたかだわ」

 奥三足の裏にそびえる山を仰いだ。

「あら、国見山だわ。いつ見ても、まさに秀峰ね。あそこからの絶景が忘れられないわ」

 後ろ姿が寂しそうだった。


 バスターズは思わず来訪者の横に立った。

「思い出でもありますんかいな?」

 ドクが訊いた。

「中津山を縄張りにしていたター坊、国見山のボスだったジロ坊は幼なじみなの。もう一人、大ボケのヤマジロというのがいて、グループでこのあたりを荒らし回ったものよ。ヤマジロは退治されたけど」

 ジキータたちは顔を見合わせた。そして、後ろに下がって距離を置いた。


 §3 無礼千万

「何やら、深い事情がおありのようですが、なおさら、私たちのようなものにはお力になれそうにありません」

 ジキータは内心、関わり合いを怖れている。

「そうね。初めから無理なお願いだったのね。どうも今日は失礼いたしました」

 来訪者は正座して手をつき、深々とお辞儀をした。


 玄関まで見送り、居間に戻るとモンキが青くなっていた。

「見ました? 右のふくらはぎに龍のタツ―(入れ墨)がありましたよ!」

 ドクとジキータは気が付かなかった。

 太古の中津山の話といい、このあたりを荒らし回った話といい、

「単なる『ミス限界集落』ではないんと違いますか」

 とドク。ジキータも同感だった。


 考えあぐねて、ジキータはスマホを手にした。何気なく見ると、一通の着信メールがあった。

「ご無沙汰しています(✿✪‿✪。)。兎鹿池の龍神が明日、貴殿たちを訪問すると思います。移動スナック『百夜鬼ひゃくやっき』のママ時代に、小生が一方ならぬお世話になった方です。妖怪ランドも過疎化で消滅寸前です。なんとか若き龍神を助けてあげてください( `・∀・´)」


 三足村の動物病院に勤める鍼灸師からだった。文面に緊張感はないが、すこぶる重大な内容だった。

 バスターズは頭を抱えて、ヘナヘナと座り込んだ。酒さえ飲んでなければ、メールに気付いていたものを。一生の不覚だった。


 §4 異床同夢

「龍神を怒らせたら、どうしょう。昔、相当なワルだったみたいだから、おちおち酒なんか飲んでられないよ」

 モンキは縁起でもないことを言う。

 この日は早々に解散した。


 ジキータの夢枕に立った山伏がいた。

「拙者、ピヨピヨ寛道と申す者でござる。先代の龍神からお仕えしておる。貴殿たち、今日はとんでもないことをしでかしたな。龍神はかんかんに怒っておられる。明日にも妖怪ランドの荒くれたちを集めて、奥三足村を襲撃させると申しておられる。拙者がなんとかなだめておるところでござるが、貴殿たちが悔い改め、今回の依頼を快諾せぬかぎり、龍神のお怒りは収まらぬだろう。いかがいたす。即答せよ」


 ジキータは地面に額をつけて無礼をび、

「及ばずながら、老骨にムチ打って尽力させていただきます」

 と誓った。

 気が付くと汗びっしょりだった。


 夜が明けるのを待ちかねたかのように、モンキとドクが血相を変えて飛び込んで来た。

「ジキータとドクに相談せず、ピヨピヨ寛道の依頼を受けてしまった。申し訳ない」

 とモンキ。

「ワシかて、ドク断で現役復帰、約束してしもうた。堪忍な」

 とドク。


「そういうことはちゃんと相談してもらわないと困る。これからは、二匹とも気をつけてな」

 ジキータは眉間にシワを寄せた。


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