【最終話】終わりよくなきゃ半端者

 あー。

 なんだろう。

 ものすごく頭が朦朧として、どうにも考えられねえ。

 布団に仰向けに寝っ転がって見上げる天井は正方形の木板。

 ああ、そういやあ、辻斬りにぶった斬られて・・・。

 よく生きてんなあ、俺。我ながらてぇしたもんだ。

 布団の中の温もりがあったけえ。

 ちょいと胸が圧迫されるような重さがあるが。いきてるってこったなぁ。

 まだ重たい瞼を一度閉じる。

 すっと、部屋の襖が開いて誰かが床の間に入ってくる足音が聞こえた。

 若干すり足。てこたぁ、女の人かい?

 重てぇ瞼を頑張って開けてみると、黒髪をポニテに纏めた黒い女袴の女流剣士様が俺の左隣に正座して顔を覗き込んで来た。

 あー、すげー美人さんだなあ。


「フィンク殿、お気付きになられましたか」


 凛とした声が耳に心地良い。

 でも、確か俺はこの人たあ面識なかったと思うんだが・・・。

 小嵐三姉妹っていう女流剣士三人組の次女。剣筋は三人の中で一番って噂の剣士様が、なんだって俺なんかの見舞いに?

 女流剣士様は不思議そうに見上げる俺の顔を見て、恥ずかしそうにほくそ笑んだ。


「そういえば、こうしてお話しするのは初めてでしたね」


「は・・・はぁ」


 素っ頓狂な返事しか出来ねえよ。ほぼ初対面で、って、そういや辻斬りと戦ってたんだっけ。それで咄嗟に俺が庇ったんだっけ?

 あー、前から背中からぶった斬られて感覚なくなっちまってたから全然覚えてねえや。

 布団から何気なく外に出してた左手を、そうっと両手で包み込んでくれる。やわらけぇやらあったけぇやら・・・。


「小嵐三姉妹の双葉と申します。此度は、私の命を二度までも救っていただいて、本当にありがとうございました」


 慈愛に満ちた微笑みが眩しい。こいつは女神か精霊か。

 でも、何を言ってるのかいまいちわからねえから、

「ええ、二度?」

 って魔の抜けた返事しか返せなかった。


「クスッ、覚えていらっしゃいませんか。そうですね、あれから五年。あの時の私はまだ少女でしたから」


 うん、全然覚えてねえ。俺ってそんな誰かを助けるようなお人好しじゃあねえからな。

 遠く明後日を見るように天井を見上げると、双葉の俺の手を握る力が少し込められる。


「格好よかったです。私達を助けに駆けつけてくれたのが」


「格好悪りぃ限りでさ。初手でバッサリやられて、その後のこたぁほとんど覚えちゃいねえ・・・」


「素猛で一度は、あの魔剣使いを追い詰めたのですよ。それも覚えていらっしゃいませんか?」


「いやはや、相撲で剣士にゃ立ち向かえねえでしょう。あっはっは、うっいてて・・・」


 胸を圧迫する何かで笑うと肺が痛え。

 双葉が心配そうに見つめてくれた。


「フフ、ご無理はなさらないでください。それにしても、存外元気そうで何よりでした」


「いや、なんていうか、こんな情けねえ姿で申し訳ござんせん」


「何をおっしゃいます。早く、元気になって下さいませ。その時には、お話ししたい事がございます故」


 視線が合った。

 やべぇほど吸い込まれそうな、夜空みてえな綺麗な黒い瞳に釘付けになる。

 ぽっと、双葉が頬を朱に染めて恥ずかしそうに顔を背けて、俺も気不味そうに天井に視線を移すと、布団がモゾっと蠢いて胸元にちっちゃな幸福が擦られた。


 ・・・きもちー・・・。


 ・・・え?


 ハッと我に帰って布団を寝たまま見下ろすと、モゾモゾと動いて襟元が捲れて、布団の下の暗黒から青い双眸がギラリと輝いて・・・。


「やっと目覚めたと思ったら、一体どなたとお話しなさってるんですか」


「「ひゃー、でたー!?」」


 俺と双葉が同時に驚き叫んで、すぐに我に帰った双葉がガバと布団をひん剥いた。

 純白の肌襦袢に身を包んだお冬ちゃんが、俺の上にペタリと乗っかってその小柄な感触が寝巻き越しに伝わって来て心臓がバクバクと脈打つ。


「あら、元気になって来ましたか?」


 いやちょっと!

 俺の股間の上で下半身を動かさないでもらえないかな!?


「はっ、破廉恥な! フィンクさんは大怪我をなさっているのですよ、その身体を退けなさい!」

「何をしに来たのです泥棒カラス。氷漬けにしますよ」

「そのような脅しに屈すると思わない事です。私の剣は、妖気をも斬ります」

「面白い冗談ですねぶっ殺しますよ?」


 いや、なぁに、これ?

 何が起きてるのかわかんない。

 怖いんですけど?

 ガラッピシャンと襖が開かれて、桃色の着物に身を包んだ等身大エルフ人形が、アゾットがお盆に純白の徳利を乗せて部屋に踏み込んで来た。


「お前さまの反応を感知したぞ! 起きたのじゃなお前さまさあ二人で大人の宴会を、!」


 時間が止まった。

 三人の娘がじっと睨み合う。

 お冬ちゃんとアゾットの視線が合って、アゾットがお盆をそうっと床に置いて仁王立ちして言った。


「おい小娘。話が違うではないか。フィンクが目を覚ました時に最初に居たものが勝ちという取り決めであったよな」

「ええ、ですからこうしてフィンクさんの傷が早く治るよう妖気を直に流して差し上げていたのです」

「それは明らかなルール違反じゃよな!?」

「るーる、るーる・・・? フィンクさん、るーるってなんですか?」


 え、ここで俺に質問なさる?


「ええと、お冬ちゃん」


「はい!」


「ルールってのは、アザイの言葉だと取り決めとか、仕様のことをいってな?」


「なるほど、そんな取り決めは無かったはずですね」

「世迷言を申すか!!」

「だってそうでしょう。目覚めた、最初に、そこにいた人、ですもの。目覚めるまで一緒にいてはいけないなどと取り決めた覚えはございません」

「おーのーれーーーーー・・・」


 一触即発ってのはこういうのを言うんかな?

 なんでこの二人はこんなにも喧嘩しているのかな?


「と、とりあえず、そろそろ退いちゃあくれねぇかなお冬ちゃん」


「あら、わたし重たいですか?」


「い、いや、軽いけれども」


「うーん。今わたしどいたらフィンクさんがあさだちしてるのバレちゃいますけど?」

「言い方! 俺の尊厳どこ!?」


「おーふうーーーーゆーーーーーうーーーーー・・・!!」


 アゾットの目が座る。

 すっとお冬ちゃんも立ち上がって、居住まいを正してアゾットと向かい合って、双葉が俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。


「逃げましょう! これは大惨事になりかねません!!」

「え?え?」


 問答無用で俺の手を引いて、双葉は部屋の障子を開け放って俺を引っ張って宿から飛び出した。

 二階なんですがここ!

 あわやというところでどうにか着地して、裸足で走るのはちょっと痛かったがもうどうにもなれってもんで、双葉に手を引かれるままに俺たちは五本木町を逃げ出した。


「こらー、泥棒ガラスー!!」

「おのれそこにも伏兵がおったか!? 待たんかお前さまー!!」


 とてもとても、無事で済む感じはしなかった・・・。





 全くもって、女にモテなきゃ振られてばかりの人生で、女の好意にゃ気付かねえ。

 いやはやとんだ道化もいたものでございます。

 手前勝手な三流剣士、運良く命を繋いだもんだが好意を寄せるは人外の娘ばかりといったところで命が幾つあっても足りゃしません。

 町中追い回されながら、なんでと問うても鈍感な道化者にゃあとんと見当がつかねえ。

 手を引く女剣士はどこだか嬉しそう。

 必死に逃げるフィンクはおたつくばかり。

 なんとも締まりのねぇ冒険者にございまして。

 ともかくこれにて一件落着。辻斬り事件は幕を閉じたのでございます。

 ああ、冒険者なんてなぁ、テメーの命を博打に張った、碌でもねえ渡世人にございます。





ーーー 終 ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る