妖刀相対スその1
人通りの全く無い大通りに面した庄屋の大店屋敷。
鎧戸でネズミ一匹入れないほど硬く閉じられた表口。
表口を入ると壁に反物が飾られた店庭と店を兼ねた玄関。
襖で遮られたその先の座敷で、激しい剣戟の音が響いていた。
十畳の座敷が数部屋連なるそこは、庄屋の住人であった奉公人を含む老若男女の斬死体が乱雑に転がり、畳も、襖も、壁も血に塗れていたが、その中に男が真ん中に陣取って妖しく青く光を発する刀をまるで蛇のように振るい、それを畳みかけんと三人の美しい娘達が刀で、刺突短剣で斬りかかり挑んでいた。
一美の刀が真っ向から斬り下ろされれば男は刀を額の高さに横一文字に薙いで押し返し、双葉が袈裟斬りに斬りかかればその喉元に鋭い突きを放って怯んだところを刃を合わせて軌道を逸らし、あしらわれた双葉は姿勢を維持できずに奥へとすり抜けてしまう。
双葉に追い討ちの刀が翻ればアゾットが二の腕の魔剣で隙を突いて打ち掛かるが旋風に舞うように男の刀が弧を描きアゾットの刺突を、斬撃を大きく弾いて彼女の腹を掻っ捌かんと一文字に鋭い斬撃が襲いかかるや一美が割って入って刀を上から下に切先を向けて刃を受け止めそれぞれに男から距離を取った。
「はぁ、はぁ、なんという膂力。術法の強化を受けているというのに、凌ぐのに精一杯とは」
「泣き言を言うでない一美とやら。だがしかし、狭い部屋に逃げ込めば刀の勢いが削がれようと思っていたのだが。なかなかどうして・・・」
「フッフ、狭ければ数の多い方が不利になるは常識であろう。素人相手であればいざ知らず、貴様らは互いに同士討ちにならぬよう気を配らねばならぬが、我は貴様らをただひたすらに斬って捨てるだけの事よ」
「ふん! よく喋る奴じゃのう。男たるもの寡黙な方がよほどモテるぞ!」
「
「人斬りしか脳の無い妖刀の言葉こそ、軽々しくて怒りも湧いて来ませんね」
「じゃな!」
一美とアゾットが前後から斬りかかり、双葉が姿勢を低く腰を狙って一文字に刃を振るった。
男は笑いもせずに刀をツバメの如く鋭く翻して、アゾット達の一斉攻撃を弾いて一同はたたらを踏んで後ろに下がらされてしまう。
追撃を恐れて娘達が集まったのは、大店の入口を隔てる四枚連なる鎧戸の前だった。
男の姿が揺らぎ、鋭い斬撃が襲いかかろうとした瞬間にアゾットが魔剣アゾットを交差させて魔法を発動した。
「プロテクション・フロム・ブレイド!!」
三人の娘の前に緑色の巨大な盾が現れて男の斬撃を受け止めるが、妖刀村雨は魔法の盾を火花を散らせて粉々に粉砕し、魔法の盾に守られた娘達は大きく弾かれて鎧戸を打ち破って大通りに転がされてしまった。
「ああっ!」
「ぐうっ!?」
「きゃあっ!!」
ゴロゴロと大通りにでんぐり返って素早く立ち上がり構えるアゾット、一美、双葉。
ジリと後退りながら男の出方を伺い、男は薄く青く輝く刀に星明かりを反射させながら悠然と歩み出て笑った。
「クック、よくも耐えるものだ。さて、そろそろ一人ずつ血を啜らせて貰おうか」
一美が力を込めて構えて怒鳴る。
「誰が貴方のような妖刀などに力を与えるものか! 貴方はまもなく来られる御人に討たれて果てる運命よ!」
「意なことを。凡夫に我が妖霧結界を越えられるものか」
男が、妖刀村雨が滑るように前に出て一美に袈裟斬りに襲いかかった。
必死に刃を立てて鍔迫り合おうとして、一美の身体が向かいの大店の前に連なって並べられた樽に背中から激突して樽がバラバラに砕かれ、一美は苦しそうに倒れ込んでしまう。
「おのれ、よくもお姉様を!!」
咄嗟に唐竹に大上段から斬りかかる双葉。
妖刀村雨がそれよりも速く逆袈裟に斬り上げて、双葉の初動を見てアゾットが左手を掲げ小さいが魔法の盾を発現させて守ったが、魔法の盾はやはり一撃で砕かれて盾で削ぎ切れなかった斬撃に左腰から右肩まで打ち据えられた双葉も背中から地面に打ち倒されて呻いた。
「くうっ!」
「こ、こやつ、バケモノか・・・!」
共闘してアゾットも身をもって感じていたが、一美も双葉も並大抵の男では敵わぬほどの技量を持っている。
そこにアゾットが
(まずいのう・・・ここまで力量に差があろうとは。実戦にも耐えるとはいえ、この
こんな事なら、女子の身体ではなく、戦闘用の
冷や汗、は浮かべる事は出来なかったが、苦悶の表情を浮かべて半歩後退するアゾットを見て、妖刀村雨は不敵に笑った。
「そろそろ、観念したか」
「ほざくな、誰が諦めてなるものか!」
「では、まずは貴様の妖力から頂くといたそう」
「させぬわ! 妾の魔力を限界までぶつけてくれる! 消し炭になるがよい!!」
アゾットが両手を前に突き出して体内に宿る魔力を手と手の間に瞬時に収束した。
「
ゴウとアゾットの手の間に白く燃え盛る火球が出現した。
「ほう」
「もう周りの損害などどうでも良いわ! 髪の毛一本残さず燃え尽きよー!!」
アゾットが両手を天高く掲げると火球から焔の大蛇が伸び上がり、両手を勢いよく下に振るうと焔の大蛇が弧を描いて男の脳天に襲いかかる。
男が焔の大蛇に飲み込まれて足元に灼熱の魔法陣が浮かび上がり、そして大蛇は白く燃え盛る火柱となって天高く伸び上がった。
「フハハハハ! ざまあないのう!!」
「ふぅむ。この程度か」
「は?」
火柱が内側から逆袈裟に斬られ、弾かれるように火の粉を散らせて霧散してしまう。
「う、うそじゃろ・・・妾の最大級の攻撃魔法じゃぞ。一個中隊くらい壊滅させる魔法じゃぞ!!」
「くだらぬ手品よな。では、もう良いか?」
樽の残骸の中で苦しそうに半身起こした一美がアゾットに向かって叫ぶ。
「いけません、今一度障壁を!」
男が、妖刀村雨が目にも止まらぬ踏み込みでアゾットを袈裟斬りに斬りこんだ。
(もう、魔力の盾を展開するほどに魔力など残っておらぬわ・・・)
それでもと、両腕の魔剣アゾットを交差して受け止めようとするアゾット。
ギャリン、と、甲高い衝突音。
双剣の魔剣アゾットが、真っ二つにバターのように斬られ、
「ぐっああ・・・!」
ミスリル粉を練り込んで作られた魔力土で構成された鉄ほども強度のある人工皮膚に深々と抉られる斬り傷。
強烈な斬撃の衝撃で背中から地面に打ち転がされてしまった。
「う・・・うう・・・」
「クック、声も上げられぬか。程度が知れると言うものよな、付喪神よ」
「ぐっ・・・」
「アゾットどの!?」
「お、おやめなさい!!」
双葉と一美の悲痛な叫び。
斬られた痛みに身体が動かないアゾットは驚愕の表情で妖刀村雨を上段に振り上げ、彼女の眉間目掛けて切先を下げ今まさに突き刺さんとする男を見上げて、遂に諦めて目をギュッと閉じた。
「うおおおお!!」
ハッとアゾットの目が開かれる。
少し離れた大店の間の脇道から駆け出してくる、気の良さそうな三枚目が顔を鬼のように妖刀村雨を掲げる男に向かって使い古された打刀を抜刀して・・・。
「何故じゃ・・・だっ、ダメじゃ来てはならぬ! お前さまー!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます