妖刀相対スその2
剣戟の音は続いてやがる。
いつの間にか辺りをうっすら霧がかかってるが、川辺の町は割と霧が出るから気にも留めた事はねえから何とも思っちゃいなかったんだが。
反物を扱う大店と
こりゃ、一体・・・?
「フィンク殿!?」
「異人ちゃん!」
聞いた事のある女の子の声が聞こえた気がした。
だが俺の視線はアゾットだけを見ていて、アゾットの真正面には身形も悪く無さそうな浪人が刀を構えていて。
刀が、今にも振り上げられ・・・。
『フィンクよう。剣術に必要なのは、何だと思う』
お師匠様の言葉が脳裏を過った。
『太刀筋だろ! 体捌きだ!』
『そんなのは、
『じゃあ、わかんねえ! だって他に何があるんだよ!』
『呼吸だ』
『呼吸?』
『全ての
『そりゃあ人間、息してなきゃあ死んじまうけど?』
『まだお前さんにぁ難しかったか。人間、動く時の呼吸で動きが読める。溜めがあるんだ。
もっとも達人ともなりゃあそんなのは瞬きする一瞬もねぇから、呼吸を捉えるこたぁ出来ねえだろうが、捉えることが出来りゃあ隙も見えるってもんだ。
そうだ。
奴が噂の辻斬りだとしても、相手は人間だ!
腕っぷしで敵わなくったって、呼吸さえ見逃さなきゃあ、一刀浴びせられなくたって剣を受けるぐれえは出来るはず!
左腰に下げた一刀差しの刀を抜刀して突進して行くと、アゾットの悲痛な叫び声が聞こえた。
「何故じゃ・・・だっ、ダメじゃ来てはならぬ! お前さまー!?」
間合いに入る、その瞬間に浪人が振り向きざまに刀を薙いで来た。
俺は刀を切先を下に逆さまに構えると刃を打ち合わせてそのまま切り上げようとして、浪人の姿がふっと視界から消えて何が何だか分からねえうちに、俺は胴を斬らた。
緊急事態ってんで屯所から貸与えられてた胴丸のお陰で掻っ捌かれるこたぁなかったが、致命傷じゃないにしたって血がじわりと腹回りを濡らす。
「ぐっ!?」
大慌てで距離を取って左膝を突きそうになって踏ん張り、正眼に構え直すと、浪人は不敵に笑みを向けてきやがった。
「雑兵が。よく動く。だが、貴様を斬ったところで我が刃の糧にはなりそうもないな」
「訳のわからねえ事言いやがって!
「くだらぬ」
浪人が滑るように前に出てきた。
お師匠の言っていた呼吸ってのが、予備動作ってのが全く見えねえ。
『力量差がありすぎて
お師匠が笑いながら言った言葉が思い出された。
ままよと、刀を右に真っ直ぐ斬り上げ、返す刃で袈裟斬りに振り下ろしたが、相手はこっちの動きが見えていた。
当てずっぽうの剣を軽く刃を合わせるように刀を振るい、刃を打ち合わせた俺は上手く凌げたと気が緩んじまった。
真剣勝負で気が緩むなんて、いくらなんでもほんの一瞬の出来事なんだが、達人ともなりゃあ瞬きする間があれば十分だったんだろう。
ほんの一瞬、やった凌げたと次の事を考えちまった俺の、その隙を突いて目にも止まらねえ速さで左逆袈裟に切り上げてきて、受け止めようと刀の刃を立てて受けようとしたが。俺はお師匠の形見の刀ごと胴丸の上からまた斬られちまった。
お師匠の刀が、折られた。
それ以上に、やべぇ、今度は結構深く入っちまった。タタラを踏んで後退るとガクンと左膝を突いちまう。
右手一本で刀を持って半分以下になっちまった切先をむけるが、浪人はまるでゴミを見るように笑いやがった。
「身の程を知らぬ雑兵が。如何にして我が雨霧結界を抜けてきたかは知らぬが目障りだ。死ね」
八相に構える浪人。
死ねと言われて死んでたまるかい!
『お
お師匠に言われた、神薙素猛。
相撲は神様に武を奉納する祭り。
対して、神薙素猛は妖を討つ武術。
とはいえ、俺が使える神薙素猛で魔力を纏うのは五分と持たねえ。
だが、風の
俺は折られた刀を投げ捨てると、四股を踏んだ。
「何のつもりだ?」
「ふぅ・・・ー」
大きく息を吐いて、俺は柏手を叩く。
「畏み畏み申す!!」
バーン、バーンと大きく柏手を打ち、俺は構わず唱える。
「カシコミ、カシコミ、申ス。
さらに二拍手。
両手を開き、手の平を天に向け、正面に直して力強く一拍手。
浪人が笑った。
「おう、何のつもりかは解らぬが。相撲の真似事で我が刃に太刀打ちできるとでも思うておるのか?」
そんなのは知らねえが、娘っ子達が撤退するくれえの時間ぐらい稼ぐつもりだぜ。
舐められたままの、初手が肝心だ。
奇襲をかけるにはな!
「
掌底を下から天に向かって打ち上げ、右手、左手、右手と打ち上げ、一撃目は浪人の足元の地面から砂埃を上げて目眩しを、二撃目は手元に打ち当てて刀の動作を抑え、さらに三撃目は真正面から衝撃波で動きを止めて、烈空烈破を打ち込むと間髪を入れずに全身に魔力を纏う。
「
全身に風の結界を纏って鎧にしながら拳に纏わり付かせた螺旋の刃で相手を打ち抜く、数分と持たねえ俺の渾身の神薙素猛。
風を纏ったおかげで瞬きする一瞬で間合いを詰めると、烈空烈破で初動を阻害された浪人目掛けて左右の張り手を叩き込んだ。
「小賢しい」
忌々しそうな顔で、勢いを削いだはずなのに目にも止まらねえ速さで刀を振るって俺の張り手を弾きやがった。
風の、カマイタチの螺旋を抜けて俺の手の皮が裂ける。
俺の腕程度じゃ、かすりもしねえってか。
構わず、俺は拳を、手刀を張り手を叩き込み続ける。
通らねえ、通らねえ、だが通らねえなら、通るまで速度を上げていくだけだ。
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと!
「うおおおお!!」
ひたすら前に出て、螺旋を纏ったカマイタチの一撃を叩き込み続けた。
どんなに速度を上げたつもりでも、やっぱり通りはしなかった。力量が、あまりにも違いすぎた。
「ふん、もう見慣れたわ」
俺の両手が一瞬で大きく弾かれる。
弾かれた瞬間、袈裟に、左袈裟に俺は斬られていた。
何が起こったのかも解らねえ。
「ぐお、お・・・」
風の鎧も物ともしねえ剣技に、一層深傷をおっちまって、俺は二分もしねえで風の加護を掻き消されちまったんだ。
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