夜廻の先には
辻斬り騒動が表沙汰んなったその日の夜に、鶯の止まり木亭に与力の旦那方が三人連れでやって来た。
大体予想はしてたが、やっぱり辻斬りの捜索のための夜廻依頼だ。
三浦白刃隊の十五人が見回るだけでいいんじゃねえかとも思ったが、まぁ、五本木町つっても広いからな。神山田の温泉街だって宿は十軒以上。居酒屋や大店を数えりゃあ人手不足ってなもんで、屯所は冒険者全員強制参加の緊急依頼ってのを持って来たわけだな。
おかげで俺みたいなくたびれた冒険者まで駆り出されて、出店も居酒屋も閉まるってえ夜中になっても、俺は小太郎を連れて通りを歩いていた。
「それにしても」
河原から離れた山沿いの裏通りを歩きながら、小太郎がぼやく。
「辻斬りとは穏やかではありませんね。どうして今日まで知られていなかったのでしょう」
「そらあ、難しい問題かも知れねえなあ」
俺はなんとなくだが、呟き返してやる。
元いた国じゃ錬金術の研究が盛んで、人の気配を完全に遮断する結界なんてのも一部では使用されていたし、そうした魔法が使えたり装置を持っていれば隠れて犯行に使えるからな。
「とはいえ、身を隠す術があったとして、屯所も辻斬りを黙って捜査してたのはよくねえやなあ。早めに分かってりゃあ、対処出来た冒険者は居たかも知れねえ」
「それです。どうして三件目が起こるまで黙っていたのでしょう」
「お侍さんがやったって確信でもありゃあ、それなりの身分の人間だ。公開し難かったのかも知れねえが」
「今は兎に角、下手人を捕らえねば町民も安心して暮らせぬでしょうし」
「まぁまぁ、相手は四人の浪人を斬り捨てるほどの達者な侍だ。侍だよな? ともかくそんな奴を真っ向から相手にゃできねえから、見つけたら呼び笛を吹いて周りの冒険者を集めるこった。俺達じゃ太刀打ちできなさそうだしな」
「僕は納得出来ませんが」
「お
「それはそうですが」
まあ小太郎は道場で剣の腕を磨いた侍のタマゴだからな。腕っぷしにも自信があるんだろうが。
それにしてもアゾットのやつ、帰ってこなかったな。
どこで何してるのやら。
ふと遠く、ほんの一瞬だが剣戟の音が聞こえた気がした。
「んん?」
ちょうど民家と小さな茶屋の間を通るせせこましい脇道から覗く先には茶屋や小物屋が並ぶ商店街。そこを挟んだ先には大通りが通っている。
大通りには大店が並んでいて、中程にゃあこの辺り一帯の面倒も見ている庄屋の大店があったはずだが。
【キンッ、ギィン!】
やっぱり気のせいじゃねえ。
街中で刃傷沙汰は御法度だ。それにしたって夜廻してる他の冒険者や与力目明かし衆の笛も聞こえねえ。つまり、喧嘩じゃねえだろうが、誰がやり合ってんだ?
「先輩、どうなすったんです?」
小太郎が訝しげに俺の方を見て来たから、俺は付いてくるよう促すことにした。
「剣戟の音が聞こえる。誰かが大通りの方でやり合ってるみてえだな」
「剣戟・・・僕には聞こえませんが」
「兎に角、行ってみるぜ」
剣戟が聞こえる。
そう言うフィンクを訝しげに見る雪影小太郎の前で、フィンクがせせこましい脇道に足を踏み入れて行った。
首を傾げながらもその背中を追いかける小太郎の目の前で、商店街に出た瞬間に忽然とフィンクの姿が消えて小太郎を慌てさせた。
「ええ! せ、先輩!?」
だっと駆け出して商店街に踏み込むが、右を見ても左を見ても硬く閉じられた小売店が並ぶだけで、人影は全く無い。
「あ、あれ、先輩一体どこへ・・・?」
【ガキィン、キンッ、ギギィン!】
「やっぱり誰かが斬り合ってやがる。おい小太郎、笛だ!」
急いで後ろを振り向いて小太郎に首に下げた笛を吹鳴させようとして、小太郎の姿が見えなくて俺は一瞬固まっちまった。
「お、お? どこいったあいつ」
【ギギィン、ギャリン!!】
う、う、考えててもしょうがねえ。ここまできたら後に引くのは逃げるのと一緒だ。
笛を吹きながら音のする方へ行ってみるか、と首にかけた小さな笛に手をかけて、思い切り吹いてみるがどういうわけか音が出なくてスィスィと空気が抜けるだけだった。
「ちくしょう、役に立たねえ小道具だなこのう!」
誰が戦ってるのか知らねえが、辻斬りだったら相手してるのは三浦白刃隊の隊士か?
足手纏いになろうが、相手の視線の中に踊りでりゃあ注意を引くくらいは出来るだろう。
兎に角俺は、誰かが戦ってるらしい大通りに向かって走って行った。
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