辻斬り騒動その4
さて、事の顛末はこうだ。
最初の被害者は飛脚の善助。裏通りの小さな屋台で串焼きを肴にしこたま飲んだ夜明け近い人気も無い帰り道に、真正面から袈裟斬りにバッサリと袈裟斬りに斬られた上に喉を半分掻っ捌かれておっ死んでいたそうだ。
その次は屯所からも見える呪術、大陸で言う魔術の研究をしている小野田様。こちらも夜な夜な
そんで夕べにゃ庄屋の用心棒浪人衆が四人まとめてバッサリと。まあ、アゾットさんを魔封の縛鎖で封じて拉致した連中に売られた先の用心棒らしいんだが。
共通してんのは、どの件でも悲鳴の一つ聞かれちゃいねえし、目撃者がいねえってんだから不気味な事件だぁなあ。辻斬りの犯人はよっぽど用心深ぇ奴だってこったな。
そういやあ今朝方、アゾットの奴は何やら用事があるってえ出て行ったが、まさかねえ。
「して、件の浪人衆が斬られたのは何時なのか。分かりもうしたのかな?」
こう、イケメンっちゃあイケメンだがナイスダンディってな感じの身なりの良いお侍さんが落ち着いた様子で問うと、銭田米の旦那は目をカッ開いて目ん玉泳がせた。
まあ遺体検分なんざ医者の仕事だろうから、岡っ引きの親分さんに分かるはずもねえんだが。現場に居たってんなら当直の医者の当初検分くらい聞いてるだろうって事なんだろうが。
「まあ? そらぁ? ほら、あれだ。害者の遺体が見つかったのが明け方だから昨夜ってこったなあ?」
当たり前すぎる答えでビックリだよ。当初検分にゃ立ち会っていねえって事かね。
三江が「ぷっ」て小馬鹿にした笑い方をすると見る見る顔を赤くして銭田米の旦那が怒り出した。
「おうおう! 今笑いやがったな小娘!?」
見た目十四、五ってぇ三江は体躯も小さめだから、腕前はどうあれ銭田米の旦那も当たりが強くなるってもんだが、まぁ情けねえなあ。
そんな岡っ引きの旦那の態度に長女の一美がどっちかってえと小さい声で、しかし凛とした音色の声で静かに叱るように言った。
「銭田米の親分さん。私達が知りたいのは、怨敵が出没するのが一体いつなのかってことですよ。浪人とはいえ侍まで斬られたとあっちゃあ余程の手練れ。気にならないわけが無いじゃあありませんか」
一美の言ってる事は一理ある。
五本木の与力、目明かし衆がこれまで辻斬りを捕まえられていねえってことは、いよいよ冒険者にも討伐依頼が出て来るってなもんで、情報を得られるなら早い方がいいに決まってらぁな。
美人だが身の丈170を超える一美は凄むとそれなりに迫力があって、銭田米の旦那がまたおどおどし始める。
ダンディなお侍さんが一美に向かって左手を上下に小さく振って言った。
「これ、そのように問い詰めてはならぬ。いかな目明かしの旦那と言っても、出来る事と出来ぬことはあるであろうからな」
フォローしているようでどことなく責めるようなお侍さんの言葉に涙目になって、とうとう銭田米の旦那は「どちくしょー!!」って捨て台詞を吐きながら店を駆け出してどっか逃げて行っちまった。
やれやれと肩をすくませるお侍さんと三人娘。
あっと、気が付いてお冬ちゃんが奥から飛び出してくる。
「親分さん、お代! お代置いていってくださいな!!」
「良い良い、某が立て替えておこう」
お侍さんが半笑いで言うと、お冬ちゃんは申し訳なさそうにお辞儀をしてから俺の方を睨みながら頬をプクって膨らませて言う。
「フィンクさんダメですよ、ちゃんと捕まえてくれないと! お侍さんにご迷惑かけるなんてとんでもない事です!」
「ええ、お、俺ですかい?」
「当たり前です! 責任持ってフィンクさんが立て替えてくださいね?」
ニッコリと笑うお冬ちゃん。
確かにご迷惑かけちゃあいけねえが、俺が立て替えるの?
しかしお侍さんがしっかりとした声でお冬ちゃんに向かって言ってくれた。
「まぁまぁ、そう目くじらを立ててあげるな。目明かしの旦那が去ったのは我らにも責はあろう。ところで、」
と、不意に俺に向き直るお侍さん。
「災難であったな。いきなり犯人扱いされるとは」
「はぁ、まぁ、見ての通りの異国人でござんすから。どうしても悪目立ちして目の敵にされがちでごぜぇますからねえ。時に、身形からして名のあるお武家さんとお見受けいたしやすが、辻斬り騒動になんか興味がおありなんで?」
人間、あんまり率直な事を聞こうとするもんじゃねえんだが、冒険者にも見えねえ上等な着物袴姿に二刀差しとくらあ気にならねえわけがねえ。
ところがやっぱり、お付きの侍三人娘に何失礼なこと聞いてんだって睨まれっちまって、しかしお侍さんは人の良さそうな笑みを浮かべてきちんと答えてくれた。
「はっはっは、某はしがない旅の素浪人だ。近頃冒険者なる者がよろず仕事を請け負っておると聞いてな。興味がてら立ち寄ってみただけの話よ」
「はぁはぁ、左様でござんすか」
「しかし五本木町のような町でひと知れず辻斬りが出没すると聞いては捨て置く訳にも行くまい」
「はぁ、まぁ、左様でございますねえ。とはいえですね? いくら俺ら冒険者がよろず仕事請け負うって言っても、お役所からご依頼が発行されねぇ以上は首を突っ込むわけにもいかねえってもんでごぜぇます。辻斬りが気になろうにも、今の俺たちにぁ何も出来る事ぁねえってもんで」
「左様か。しかし、備えることはできよう。其の方も心構えくらいはしておいた方が良いであろうな」
「へぇへぇ、そらあまあ、その通りで」
へぇこらと話を合わせていると、侍三人娘の真ん中のポニテの娘がちょっとお怒りに。
「フィンク殿。そのような浮ついた様子であるならば此度の騒動、首を突っ込まない方がよろしいでしょう。怪我の元です。いえ、怪我で済めば良い方でしょう」
「え? ああ・・・まぁ・・・そうでございますねえ・・・」
やる気もないのに話し合わせてたのが気に食わなかったのかな?
これ以上話しててもボロが出るだけだって、俺はお冬ちゃんが出してくれたお茶に手を伸ばす。
いや、そもそも、この方々は何の目的で鶯の止まり木亭に来たんだろうなあ。
辻斬り騒動にしたって、肝心な岡っ引きの旦那もいなくなっちまったんだから、なあ?
バツが悪そうにしていると、お侍の旦那が微笑みながら右手を差し出してくる。
「某、名を幸村と申す。其の方とは何やら縁を感じるな。今後ともよろしく頼む」
え、なんで、身分の良さそうなお侍さんによろしくされる?
何だかよくわからなかったが、気圧されるまま釣られるままにひょいと俺も右手を出して握手しちまった。
「こらぁこらぁご丁寧に。フィンク・コークスにござんす。見ての通りうだつの上がらねえしがねえ冒険者にござんす」
「ふふ、そうか。では、某はそろそろお暇するとしよう」
奥に向かって幸村様が大きな声をかけて立ち上がる。
「馳走になった、お代は置いて行くぞ」
バチンと卓上に置かれたのは銀子が、五枚。
ん?
蕎麦が一杯十五文、銅銭十五枚だ。銀子一枚っていやあ百文。
多い! 多いって!?
驚いて目を丸くしていると、お冬ちゃんがてててって駆けてきて大慌て。
「お侍様、お侍様、多すぎます、困ります!」
「良いのだ良いのだ、迷惑をかけた。その代わり、またここに立ち寄らせてもらうでな、ちょっとした挨拶がわりよ」
「それにしたって多すぎます、困ります!」
と、一美が銀子を四枚取り上げて幸村様に突き返した。
「幸村様、大枚叩くのもよろしいですが、やりすぎてはご迷惑になります。ほどほどになさいませ」
「ふむ、そうか? では仕方がないな・・・」
不承ぶしょうといった様子で突き返された銀子を懐にしまう幸村様。
いいとこのお坊ちゃんなのかな。三人娘はお目つけ役ってところか。
やれやれ、とんだ朝になったもんだ。
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