アゾットの刃その1

 妾はアゾット。五百年前に生きた稀代の錬金術師パラケルススの手で生み出された生命いのち宿し賢者の石じゃ。

 透き通る真紅の宝玉である妾は、かつてはパラケルススが肌身離さず持ち歩いていた短剣の柄頭に宝飾として嵌め込まれておったが、稀代の錬金術師パラケルススといえども人間、寿命には抗えず百余年生きたのも凄かろうが賢者の石たる妾を用いてもついぞ不死は得られず天寿を全うして、妾はパラケルススの墓所にご遺体に抱かれて安置されておった。

 暗闇の中で朽ちた腕に抱かれ眠り続けておったのじゃが、二百年前に不老長寿を授けると伝承だけが伝えられた妾の力を欲した冒険者によって墓所は暴かれひと知れず錬金術師ギルドの手に渡った。

 不老長寿を、いや、不老不死を研究する錬金術師どもの研究素材として長らく使われておったある日、妾は自我を得た。

 それからというもの、妾は自動人形の研究をするとある錬金術師の実験で発声装置に取り付けられた際に人間との会話に成功して、それ以降依代となる人形の身体を造らせて短剣から賢者の石を取り外させて人形の頭の中に固定させ、結果、人形という身体を得て様々な錬金術の研究に携わっていたのじゃが。

 ある日、錬金術師ギルドで妾の身体を造り上げた錬金術師の新たな人形体の実験に立ち合うて、最新式のこのエルフに似せて製造された身体の動作テストを兼ねてギルドの外の森を散策していた所を盗賊に狙われ魔封の縛鎖で魔力を封じられ捕らえられて、はるばる島国のアザイ聖皇国まで売り飛ばされてしまったわけじゃな。

 魔封の縛鎖などで魔力さえ封じられねば、妾の魔法の前に太刀打ちできる人間など居ろうはずもないのじゃが。

 錬金術師ギルドの敷地内での盗賊行為。十中八九、錬金術師どもの中に妾が持つパラケルススの知識を疎ましく思った協力者でも居ったのであろう。賢者の石たる妾は魔法具であって人間ではない。

 当たり前の事じゃが、人ならざる物が権力を得ることを良しとせなんだ者共にギルドを追放された、という事なのじゃろうな。

 いずれにしても、その裏切りで妾は人形趣味の玩具として売られ、辱めを受けた挙句竹刀で滅多打ちにされ勢い頭部に固定しておいた賢者の石が口からぽーんと転げ出てしまい暴走した人形体は人通りのない裏通りに打ち捨てられてしまった。

 おかげで、旦那様に、フィンクめに拾われて今に至る、という訳じゃな。

 それにしても妾を再び欲してか浪人衆を嗾しかけてきおってからに、腹立たしさも千倍よ。

 魔封の縛鎖で魔力を封じられて居らぬ妾の恐ろしさを味合わせてやろうと、件のクソ大店に乗り込んでやろうと早朝から向かいの茶屋に陣取って茶碗一杯のお神酒で一服しておったのだが、日が昇っても一向に店が開かぬ。

 全く、もう十時になろうというのに。なんとも悠長な事よな。


「珍しゅうございますなあ」


 大店を眺めてお神酒をちびちび飲んでいたら、茶屋の店主が呆れた様子で妾の近くに来て大店の方を見て呟いた。

 不思議そうにそちらを見やると、店主は妾に微笑みかけて言う。


「ああ、すみませんねお客さん。いやなに、古物集めが趣味な大店さんでしてね。あまりいい噂は聞きませんし、奉公の小僧の扱いもぞんざいであたしらも酷い店だと思ってたんですがね?」


「ほほう、この辺りでは嫌われ者であったと?」


「ですが金だけは持っておいでなすったからね。あたしらみたいな小さな店は、幾許か借りがありまして。あんまり大きな声じゃあ言えませんがねえ」


「あの店はいつ開くのじゃ?」


「さてねえ・・・普段なら、もう空いてる時間なんですが。まあ以前にも突然休んだりする日はありましたから、またぞろ古物のお宝でも拾いなすったんじゃあ、ありませんかねえ」


 やれやれと呆れ気味に店の奥へと戻っていく店主。


「借金もそろそろ完済ですし、あたしはこれ以上関わりたくはございませんので。知ったこっちゃありゃせんがね」


 乾いた笑い声を上げて奥へと消えていく店主。

 それにしても、店が開かなんだら乗りこむどころではないからのう。

 しばし悩んだが、これ以上茶屋に陣取っても店に悪かろうと、妾は他の物陰で大店の様子を伺うことにして卓上にお代を置いて今度は大店の裏手の河原に行くことにしたのじゃった。

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