異人の乱波と少女と決意

 ゴホンギ町、温泉町裏路地の闇市に面した仄暗い井戸に、四人の袴姿の身形の良い素浪人が小汚い着物姿の男を前に、腕を組んで話に耳を傾けていた。


「・・・というわけでございます」


「フン、異人の乱波か。其奴が持ち去ったという話、相違なかろうな」


 頭目と思しき素浪人が、腰にした刀に手を掛けて瞬間刀の鞘で金属音を響かせると、男は身を縮こまらせて訴えるように平伏する。


「う、嘘じゃございません! この辺りじゃあそれなりに目立ちます冒険者で、稼いだ金で娼婦を買ってばかりいるようなうつけにございます!」


「自動人形の造形にうつつを抜かしても、おかしくは無いと言った所か」


 頭目の言に、片腕と思しき素浪人が注意を促す。


義兵衛ぎへいの旦那。それは、大旦那様の悪口にも聞こえますが」


「変人を変人と言って何が悪い。金を貰う以上は働きはするがな」


「まぁ、貰えるものさえ貰えれば、幾らでも刀は振るいますが」


「他の者にも裏を取らせろ。其奴が大旦那様の人形を所持しているというのであれば、斬って取り戻すまでだ」


「殺す必要まで、ありましょうかね」


「ロレイシア帝国の錬金術師組合から掠め取った逸品だ。市場に出回る代物で無い以上、口は封じねばならぬからな」


「不運な男ですな」


「稀代の錬金術の産物を一時とて持つことができたのだから、この世に未練もなかろうよ」


 頭目が薄笑みを浮かべると、別の着物姿の男が細道から姿を現わす。


「義兵衛様、異人の乱波の動向を掴みやした」


「おう、でかした。で、居場所は?」


「鶯の止り木亭とか言う冒険者の宿でごぜぇます。日も昇る今時は屯所に仕事の斡旋を受けに向かっている時刻。先回りは容易かと」


「そうか。それで、異人の乱波の名は?」


「フィンク・コークス、と申すようで・・・」





 朝食に蕎麦、てなぁ、この信濃の盆地じゃあ主食で、朝昼晩と通して食うのも当たり前。

 山菜が入ったり、天ぷらが乗ったり、川魚が入ったりと、いろんな具があるもんでそう飽きるって事もねぇんだが・・・。


「たまにゃあパンが食べてぇなぁー」


 食い終えて丼に残った醤油汁に箸を沈めると、カタリと背後の卓から箸立てを小突く音が聞こえてドキッとした。

 おっかなびっくり振り向くと、お冬ちゃんがキョトンとして俺を見て、目が合うやピューっと小走りに駆けて奥の暖簾を掻き分けて台所へ姿を消しちまう。

 うーん。いやぁー。なんかしたかな俺・・・。


「所でお前様」


 あ、はいはい。

 自称俺の嫁を名乗って止まない錬金術の結晶たる生人形リビングドールのアゾット様が長い銀髪を揺らして赤い目で俺の顔を覗き込んで来て言った。


「お前様は冒険者をしておるというのだな」


「へぇへぇ、その通りで。所で、お前様呼ばわりは止めちゃあいただけやせんかね・・・」


「い、や、だっ。妾はお前様の所有物になると言うたであろ。諦めて嫁にするが良い」


「間に合っt、」


 シャキーン!

 アゾット様が左手を手の甲を見せるように肘から立てると手首が内にずれて前腕の中から刃渡り300センチはありそうな直剣の刃が飛び出して真顔で見つめて来た。


 いやいや・・・。怖いから、怖いから・・・。


「なんぞ申したかのう?」


「いえ、別に・・・」


 ふっと目を逸らす。

 いやいや、とんでもねぇ拾いもんをしちまったもんだ。

 はぁぁ・・・。

 そりゃあ深いため息も吐くってもんで。

 まぁ、とりあえず今日の仕事をもらいに屯所に行かねぇと。色々考えるより、こういう時はいつもの生活をこなして当面の問題は先送りするのが吉ってね。

 背もたれのねぇ畳を仕込んだ椅子を引いて立ち上がり、蕎麦代とアゾット様の燃料おみき代のしめて二十文分の銅銭を卓に置いて財布巾着を懐にしまいつつ奥の暖簾に向かって声を上げる。


「おごっそーさまあ!」


『はーい、お粗末様でしたぁ』


 楓の透き通るような美声が帰ってきた。

 あれも不思議な娘だよな。だいたい顔しか見せねぇんだよな器用なこって。


「む、どこに行くのだお前様?」


「へぇ? そらあ、仕事を取りに屯所に行くんでごぜぇますよ?」


「なに? 宿の掲示板を見れば良いではないか」


「あのですね。大陸と違ってこのヤマトじゃあ、アザイ聖王国じゃあお役人が発行してるんでござんすよ。指名されるような腕利きの浪人でもあるめぇし、お宿に向こうから依頼を持ってきてもらえるなんて夢また夢の話にござんす。自分で取りに行くしかねぇんですよ」


「何から何まで遅れておるなぁ、流石は島国じゃな」


「あの・・・そういう物言いは如何なもんかと。このアザイ聖王国にゃあ元々冒険者なんてなぁいなかったんですからね。俺が渡ってきて数年して、他にも大陸の冒険者が渡ってきたのを機に浸透し始めたんですから」


「つまり、田舎ということじゃろ?」


「ええと・・・。うん、もう面倒クセェからなんだっていいや・・・。俺は仕事がありやすんで、これにておさらばにござんす」


「そうか! ならば妾もくぞっ!」


 えー、めんどくさーい・・・。

 付いてこなくて良いんだけどなぁ・・・。





 奥の台所。

 土間の壁際に大きな調理竈が五つ置かれて、それぞれに一人ずつ給仕娘が付いて米を炊き、味噌汁を炊き、野菜を湯がく。

 真ん中の大鍋で深い緑色の髪をおかっぱに揃えた体格の良い長身の娘、給仕の着物を股下で切り揃えた動きやすすぎる格好に捻り褌姿の筋肉質な娘に小柄できちんとした給仕の着物に身を包んだ冬が小走りに駆け寄っておずおずと背後から声をかけた。


「あ、あのう、魔百合まゆり姉様?」


 男かと見間違えるほどイケメンな中世的な筋肉美女は上半身だけ振り向いて冬を見下ろす。とても豊かな胸を隠しきれず、着物の胸元は半開きで竈の熱に露わな肌の上に汗の雫が浮き出ていた。


「なんだ、お冬」


 ぶっきらぼうに、不機嫌そうな声だが、不思議と優しさを感じるトーンなのは、魔百合が不器用な性格なのか。その人となりを良く知る冬は怖気付く事もなくお盆で口元を隠すようにしてまごついている。

 冬の態度を訝しんで、魔百合は鍋を掻き回す手を止めて彼女に向き直った。


「どうした?」


「い、いえ。魔百合姉様は堺出身と聞いたことがあるので、もしかしたらとお聞きしたい事があるのですが?」


「ふむ・・・。随分と昔の話だ。それで、何を聞きたい」


「あの、ぱんってご存知ですか?」


 魔百合の右の眉がぴくりと一瞬吊り上がる。深く訝しんでいる時に見せる癖だ。

 怒ったのだろうかと、流石の冬も目を丸くして一歩後退るが、魔百合は何かを悟ったようにため息を吐いて鍋に向き直り掻き回すのを再開する。


「大方、お前の事だ。フィンクだな?」


「は、はい! その通りでございます! フィンクさんがたまにはぱんが食べたいって・・・。ぱんってなんでしょう?」


「大麦や小麦を使った大陸の食い物だ。向こうでは蕎麦や米よりもパンを食べるのが主流だからな。流石のあやつも蕎麦ばかりで飽きたのかも知れぬな」


「作り方はご存知ないでしょうかっ!?」


「ふぅ・・・」一度だけ鍋を掻き回すのを止めて振り向く「そこまでするのなら」鍋に向き直り掻き回し始める「とっとと告白してしまえば良かろうに」


「だ、だめです! 由緒ある雪女としては、殿方から告白させねば妖怪がすたります!」


「山脈から遠路はるばる里まで降りてきて妖怪の矜持も無いだろうに」


「それに、フィンクさんは、全くもって、本当、全くもっておモテになりませんから! じっくりとゆっくりと攻略するのです。きっときっとこの冬に振り向くようにと、」


「なんぞ人で無い者に知り合ったようだが?」


「あんなのはただの人形の怪異です。生身の身体も持たないのですから、」

「そう余裕をこいていると足元をすくわれるぞ。それに、あの二人。遠目に見たところまんざらでも無さそうであったが?」


 食い気味に返す魔百合。

 あんぐりと口を開けたまま固まる冬。


「ふぃ、フィンクさんはその気は無いですから! 平気です!」


「ああいう奥手な手合いは推しに弱いぞ」


「ふぇ・・・」


 会話を聞いていた他の給仕達も手を止めて冬を見た。

 みるみる顔が青くなっていく冬。

 噛み付くように魔百合に向かって身を乗り出して言った。


「ぱんの作り方教えて下さい!! あんなのには絶対フィンクさんは渡さないんですから!!」




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