生人形と酒ってな?
非常に、身体中痛いでございます。お冬ちゃん容赦なさ過ぎ潔癖すぎる。男なんてみんなエロいんだよって現実を見てほしい。
「随分としてやられたのう〜」
アゾットがひどく同情的な視線を向けて俺のアザだらけの身体を観察していた。
いつもの入り口付近の四人卓に着くと、向かいの席にアゾットがしとやかな動作で座って俺の顔をなんだか楽し気に見つめてくる。
エルフを基準に造ったらしい
あー。人形じゃなきぁあほっとかねえんだけどなあ。
何しろ、この娘の口から下はばっくりと八つに分かれる構造になってて、その昆虫じみた顎で昨夜は顔面食いちぎられそうになったし・・・。
おおう。思い出したら身震いしてきやがった。涼しい顔していやがってこのう。
「で、俺に一体、何の用でござんすか」
「なに? どういう意味だ?」
「言ったとおりの意味でございやすが?」
「褒美に妾を取らすと申したではないか?」
んん?
言ってる意味が解らねえ。
「いやいやいや・・・、そもそもが伝説のアゾット様と言えばかの赤い宝玉をはめ込まれた魔剣、伝説の短剣アゾットでござんすよね?」
「うむ! 妾がそのアゾットだぞ!」
「お美しいお人形様でございやすね」
「美しいなどと何を当たり前のことを! 照れるではないかぁ」
両手で頬を押さえてくねくねしていらっしゃる。
美人は確かだが、ただの社交辞令なんだが・・・。
困った渋い顔をしてアゾット様の方を見つめていると、お冬ちゃんがお盆を胸を隠すように抱えてテテテと駆けて来て左頬を少し膨らませて不機嫌そうに言った。
「フィンクさん。ご注文はっ」
「あ、あのー・・・。昨夜は本当に悪いことしたって、」
「どうでもいいですそんな事は」
あ、はい・・・。
そうだよな。お冬ちゃんみてえな可愛らしい女の子が俺みたいな三枚目に思う所なんてねぇよな。わかってたけどさ・・・。
本当にお冬ちゃんはその、夜遊び、特に女遊びを毛嫌いしてるからなぁ。この宿の給仕の娘の何人かはお金次第で俺達冒険者相手に夜遊びしてくれるのは知ってるのかな・・・?
「ご注文!」
あ、はいはい・・・。
「ええと、」
「ワインを出すがいい! 上等な奴でなければならぬぞ、妾はロイヤルワインしか飲まぬゆえな!」
一口飲むだけで消費された魔力を回復するほどと噂される半ば魔法の薬とまで言われる大陸王家御用達の超高級ワイン。
そんなもんが島国の、しかも内陸の田舎にあるわけねぇじゃねえか。
お冬ちゃんもワインすら聞いた事無いってキョトンとした表情でアゾットの顔を覗き込んでて、俺は俺で呆れ顔で卓上に肘ついて手を組んで顎を乗せて言った。
「そんなもん、島国の、しかも海もねえ内陸に入ってくるわけねえじゃあねえですかい」
「は? ワインだぞ? 最も庶民的な酒ではないか」
アゾットに何言ってんだコイツみたいな顔で眉根を寄せて睨まれる。
あれ、もしかして?
「ちなみに、アゾット様?」
「妾はもはや其方の所有物じゃ、気軽にアゾットと呼ぶが良い!」
「いえ、滅相もねぇ。アゾット様を所有なんて恐れ多い全力でお断りさせていただきやす」
「なんで!?」
「それはそうと、アゾット様はここが何処かお分かりになりやすか?」
「ん? センリュウ大帝国の片田舎であろ?」
お冬ちゃんが目を丸くして俺の顔を覗き込んでくる。
「フィンクさん、フィンクさん、せんりゅうだいていこくってなんですか?」
「なんじゃお主、主従国家の名前も知らぬほど田舎者なのか?」
あ、むっとしてアゾット様を睨んでる。
すぐに俺に向き直ってきたから、俺も軽く息をのんで姿勢を正すと言った。
「ここからずっと北に行った越後の国の港から海を渡った先にある、アザイ聖王国よりも数十倍の国力を持つ大国でごぜえますよ。お冬ちゃん」
「ふぅん・・・? 大層なものですねよくわかりませんが」
「あっはっは! よくわからぬとな! とんだ田舎者がおったものだ、あっはっはっはっは・・・・・・」
両手を腰に当てて笑い出して、アゾットが何かに気付いたように俺の方を真顔で見つめてくる。
「ま、まてまて・・・、海を渡るってなんだ。ここはどこだ?」
「へぇ。ロレイシア帝国は南端の港町ウラージスタークからはるばる海を渡った島国アザイ聖王国にござんす? つまり、ワインだとかウォッカだとか、大陸の酒は流通していやせんから。確か、センリュウ大帝国の酒にしたって手にゃ入りやせん。このヤマト列島で作られてる米から作る酒、ヤマト酒しかねぇはずですが?」
「や、や、ヤマト列島だとお!?」
衝撃を受けてのけぞるアゾット様。
いい気味だとお冬ちゃんがジト目で笑って居住まいを正すと、俺に向き直って言った。
「それで? ご注文はっ」
「あ、はい・・・。ええと、あったけえ蕎麦で」
「はい! 暖かいお蕎麦ですね! 少しお待ちくださいね」
上機嫌でお冬ちゃんが戻っていく。
アゾット様はのけぞったまま。
ふと我に返って卓に身を乗り出してきて言った。
「た、た、た、大変だぞお前様!」
「あなた様のお前様になった覚えは無ぇですが、なにか?」
「ロイヤルワインが飲めぬと妾、どうやって魔力を回復すればいいのじゃ!? そなたら人間が食事するのと同じように、妾はこの人形の身体を動かすのに魔力が必要なのじゃ。ロイヤルワインが無いといずれこの
や、そんなこと言われてもね・・・。
「ところで、アゾット様はどこで罠にかけられてどこに売られたと?」
「売られた先など知るものか! くそう、あの裏切り者のモルケウスめ・・・。妾の魔力を封じるために魔封の縛鎖まで使いおって!」
魔封の縛鎖といえば、触れたものの魔力を拡散させる隕鉄で作られた囚人をがんじがらめにするゴツイ鎖だな。
なるほどなるほど。稀代の錬金術師に造られた伝説の賢者の石といえども、魔封の縛鎖には敵わねぇってか。
五本木町まで売られてきた経緯はわからねえが・・・。
お冬ちゃんが湯気の立つ蕎麦丼をお盆に乗せてテテテと駆けて来て、俺の前に卓にコトリと置いてくれた。
「お待たせしましたフィンクさん。今朝は
「え! いや、生卵なんて高級品は・・・」
生卵なんて本当に産まれて間もねぇ超新鮮じゃなきゃ食べられねえ贅沢品だ、そんなの買う金なんてねぇんですが・・・。
「あ、あはは、お代は結構ですって。特別ですよ?」
お盆を胸の前に抱えて口元を隠すしぐさが愛らしい。
お冬ちゃん。なんていい子なんだ。おじさん涙出てきましたまだ二十五歳ですが。
「ところで、この方はどうなさったんですか?」
「詰んだ・・・。完全に詰んだ・・・。妾の人生は寂しくここで終わるのじゃ」
卓上につっぷして悲観に暮れているアゾットをどこか楽し気に見下ろすお冬ちゃんに、俺はため息交じりに言う。
「この方はな? 大陸出身の人形の身体を持った魔人様でな?」
「まぁ、魔人ですか。物騒ですねえ」
「人間みたいな食事は必要としてねえが、力の源が魔力でな? それで、魔力が含まれるほど高級なロイヤルワインってのを飲まねえと、魔力の回復が出来なくてそのうちおっ
「まぁ・・・」
そこで初めて、お冬ちゃんも事態を重く受け止めた様子でお盆で口元を隠したまま気の毒そうに見ていた。
何かに気付いた様子で俺を見てくりくり眼を向けてくる。
「でしたら、お供えに使う御神酒なんかいかがでしょう?」
「おみき?」
「はい。神棚に上げたりする、お清めされたお酒です。私、疲れた時に一口飲むことがあるんですが、疲労が回復するんですよ?」
御神酒ねえ・・・。そんなもんで疲労が回復するお冬ちゃんって、ちょっと変わってるなあ?
まあ、試してみる価値はあるか。
「アゾットさん、アゾットさん」
『んう~? なんじゃお前様~』
「テーブルに突っ伏してねえで、御神酒を試してみちゃあどうですかい?」
「おみきー?」
気だるげに顔を上げて視線だけで俺を見上げてくるアゾット様。
お冬ちゃんに困り顔を向けて俺は頼んでみることにした。
「お冬ちゃん、申し訳ねえけど、この御方に御神酒を一杯いただけねえかな」
「うーん。仕方がないですねぇ。少しお待ちくださいねっ」
元気にテテテと奥に駆けていくお冬ちゃん可愛い。
ややもしないで真っ白な陶器の湯飲みをお盆に乗せてテテテと戻って来てアゾット様の前にそっと差し出してくれた。
「ささ、どうぞ。お試しになってみて下さい」
「むう? ほんのり甘い香りのするこの透明な液体はなんじゃ?」
元気のない様子でそっと両手で湯飲みを持ち、一口。
「むう!? これは!!」
ぐびぐびと一気に飲み干して、アゾット様はコトリと湯飲みを卓に置いて満面の笑みでいった。
「これはなかなかじゃぞお前様! これで魔力切れの心配はなくなりそうじゃ!」
そりゃあよござんした。
あとはそれを毎日飲める金をどうするかですよアゾット様?
「ちなみにフィンクさん」
「あ、はい、お冬ちゃん」
「御神酒は一杯、十五文になりますから」
「え、お蕎麦の三倍?」
「お清めされたお酒ですからねっ! ということで御神酒の代金はいただきますから、ちゃんとお仕事頑張ってくださいね」
「あ、はい・・・」
はぁ・・・。
蕎麦食べたら早速屯所行って今日の仕事もらわねえとなあ。
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