こっそりお出かけ命懸け
お蕎麦は美味かった。
ただその、山菜が多すぎてだな。
腹一杯すぎて。まぁ、その。
眠れん。
腹一杯食えば眠くなるってゆーが、まぁ、初めはコテンと眠ったんだぜ? もうぐっすりと。
なのに、こう、目が突然覚めちまったんだな。
四畳半の板床に敷いた煎餅布団を、掛け布団をそっと
床が軋まねぇように、ゆぅっくりと這い出して部屋の唯一の窓辺に近付くと、障子をすぅっと右から左に開けて鎧戸を両手で持ち上げるように音を立てないよう気を使いながらガタゴトと中から右に引いてずらす。
鎧戸は風雨に直接晒されるからな、どうしたって建て付けが悪くなる。全く音を立てねぇのは無理だから拳一個分だけ開けて外を覗き込んでみた。
外は星明かりしか照らしていねぇ夜の世界だ。
ロレイシア帝国の都市なら、ガス燈が街道を照らして夜通し明るいもんだが、ヤマトはアザイ聖王国の内陸地方の盆地の町ともなりゃあ街灯なんて気の利いた設備にゃ無縁で、しかも冒険者なんて渡世人の集まる治安もよろしくねぇ五本木町じゃあ宿の門に吊るされた提灯くれぇしか灯はねぇからな。全く見えなくはないが、まぁ、暗闇って言っても過言じゃねぇ。
空を見る。
星座の事なんかさっぱりだが、季節の星の位置で大体の時間は割り出せる。大陸出身の冒険者としちゃあ太陽や星の位置から時間を割り出すスキルは必須だからな。ちなみに北の空の中心に輝く回らない星、北極星は基本中の基本。その北極星を挟むように輝く片方はサイコロの5みてえに五つの正確に並んだ星座は天を守護する英雄座、創生の女神に忠誠を誓う伝説の英雄アデラス。もう片方は七つの星がフォークみてえに見えるが、翼持つ
アデラス座とファミル座の回る位置からすると、アデラスがまだ頂点に届かねえところを見るとまだ夜の八時だな。アデラス座が西に消えてファミル座が頂点に差し掛かる頃に東から陽が昇り始める。こんなのは冒険者としちゃあ常識ってね。他の星座のことはさっぱりわからねえが。
しかし、まぁ、陽が落ちるのが秋ともなると早ぇからな。晩飯の蕎麦を食べたのが六時頃と考えると、そのあとすぐ寝た事を考えると、寝るのが早すぎて目が覚めちまったって感じだな・・・。
どうしよう、眠れん。
ガタゴトと鎧戸を閉めると、右手を人差し指を立てて短く魔法を唱える。
「
唯一使える魔法で、指先に蝋燭よりは明るい光の玉を発生させる光源魔法だ。効果時間は大体十分ってところか。
左の壁際に置かれた腰の高さより低い長櫃の戸を上に跳ね開けると壁に戸を預け、巾着袋を取り出して中身を確認してみる。
銀銭二十枚と銅銭五十枚。しめて二千五十文か。
女遊びするのに、まぁ、一晩で五百文から千文だろ?
無駄遣いっちゃあ無駄遣いだが、まあ
よし。
洸士郎の旦那のせいで悶々とするから遊んでこよう。
入口の木戸をガタ付かねえように、そうっと開けて、忍び足。
廊下に出たら再びそうっと閉めて、廊下が軋まねえようにそうっとそうっと・・・。
抜き足、差し足、忍び足。
お冬ちゃんに見つかると竹箒持って追っかけ回されるからな。あの
階段をどうにか音を立てずに降り切って、下駄箱から自分の草履を取って土間にパタンと放ると足を通して一階に降り立つ。
安宿は降りると飯処に繋がってるんだよな。
ちなみに、玄関を上がった先のお座敷は大食堂やら給仕の娘達の寝所になってて、その上の階が、滅多に来ねえが一般客の泊まれる畳部屋だ。
どうでもいいが。
しかし、正面玄関の戸はガラスが嵌め込まれてて、どんなに気を付けても音が鳴っちまう。
という事で、飯処の奥、暖簾を掻き分けた先の台所を通り抜けて裏口の木戸を慎重に開けて、物音ひとつ立てずに俺は宿を抜け出した。
まぁ、こん時ぁ気付かなかったんだが、お冬ちゃんの同僚の楓が天井から顔だけ出して俺の事を見てたんだと。天井裏にでも隠れるのが趣味なのかねぇ。
で、俺は一張羅の藍色装束姿で左右の袖を上腕に回して絡ませると先っぽを摘んで持ってスキップするみてえに表に回って宿の門を潜って外に繰り出して行った。
くっくっく・・・、なんだか悪い遊びしてるみてえでワクワクするぜ!
それから西に伸びる田んぼで挟まれた街道を軽快な足取りで、繁華街の温泉町に向けて気分も晴れやかに向かったわけさ。
温泉町ってのは、五本木町の十倍大きな隣町でね。実際、天然の温泉が沸いてる土地で上田領から南への旅路で通る宿場町でも繁栄してる町だ。
なんたって天然の温泉が多いから温泉町なんて呼ばれるだけあって、全部の宿が露天風呂を完備してやがる。
旅の客が大けりゃあ夜遊びだって増えるってもんで、夜が更けてもやってるような酒場や女遊び(女向けには男遊び)なんて大人の遊び場も少なくねえ。
まぁ、それ目的で俺も鼻歌でも歌いながら夜の店が並ぶ裏通りを軽快に早足で歩いていた。
裏通りのさらに裏通りには、実は大陸から流れてきた亜人族、
つまりは、裏通りの中でも一等治安の悪い路地裏を通らなきゃあならねぇんだが・・・。
「ふんっふんっふ〜ん、ふふんってなっ!」
吸えた臭いのするせせこましい路地裏の中程で、人ひとりすっぽりと収まっちまうような木箱が並んだ僅かな隙間に、うつ伏せに倒れてるらしい女の白い脚が、つま先が見えて、
「ふ〜ん・・・ふ〜ん・・・・・・。ふ・・・んん・・・?」
嫌な物見ちまったと思ったね。
若い娘さんが達の悪い通り魔に物取りにでもあって、殺されてんじゃあねえかと・・・。
「おっとぉ・・・うーん・・・。ヤベェもん見つけちまったかぁ・・・?」
恐る恐る近寄って、木箱の間を覗き込む。
衣服を剥ぎ取られた白い肌の娘がうつ伏せに倒れていやがる。
あー。通り魔的な追い剥ぎかぁ。
見た感じ、絵瑠芙だな。そう、見目麗しいエルフ。遠く遠くは俺の祖先様。
ひいひいひいひい爺ちゃんがお陰で先祖返りした俺は見事に三枚目ですよ我が恨みの象徴よ。
てか、よく考えたらなんでエルフがアザイ聖王国の片田舎に住んでるんだろうな。不思議だよな。
まぁ、おいといて・・・。
とりあえず見て見ぬふりをして通り過ぎようとした。
一歩、二〜歩、三〜歩・・・。
ゴソリ、と、木箱の間から音が聞こえて、俺は深くため息を吐いて俯いてしまった。
あーあ、俺の馬鹿、なんで足止めちまったかなぁ・・・。
仕方なく戻ると、木箱の隙間を覗き込んでみる。
ずる、ずるり、ことん。
ずる、ずるり、ことん。
起きあがろうともがいちゃあうつ伏せに倒れるのを続けている。
動きが人間じゃねえ。まるで屍だ・・・。
「まさか、ゾンビか? いやいや、まさかな。ここは大陸の魔法とは縁遠いヤマトの片田舎だぜ、ハハハ」
『誰がゾンビだ知れ者め』
「ひゃああ!?」
突然、背後から、宙から声が聞こえて飛び上がるほどビビった俺は、右にぴょーんと飛び退くと、壁際に赤く輝く球が浮いていた。
拳大の球・・・。
「ひ、ひ、
『ばっかもーん!! 誰が人魂だ愚か者め、よっく見ろ!!』
「ひいええ!?」
驚いて尻餅つきながら赤い光に注目していると、
「ほ、宝石?」
『うむ! 正確には妾は賢者の石とも呼ばれておる、アゾットじゃ!』
「はあ????」
アゾット・・・と言えば、稀代の錬金術師パラケルススが作り出したと言われる伝説の賢者の石。
八百年も前に失われた、ロレイシア帝国の伝説の秘宝。
「はぁ〜????」
素っ頓狂な声を上げることしか出来ねぇよ。なんだよそのトンデモな存在は。
ひい! ゾンビみてえな動きのエルフっ娘が木箱の間から這い出して来た!?
真っ白な肌に緑がかった銀髪をずるりと前に垂らして顔が隠されたソレが、普通に見りゃあ艶やかだろう肩を歪に盛り上げて肘だけで近付いて来る。這ってくる。
「ぎぃやああああ!?」
あばばばば、と、腰を抜かしたまま後退る俺に、赤く輝く浮かぶ宝石が飛んで来て、俺のおでこに直撃喰らわせて言った。
『お前は臆病者か!!』
「ぼ、冒険者は臆病なくれえが丁度いいんだよ!」
『安心せい、アレは今はただのデク人形だ』
「そうは見えねぇけど!?」
『大人しくさせるには妾を戻さねばならんのだが、』
「どこに!?」
『アレの頭の中だ』
どうやって?
目が点です。
え、何言ってんだこの石っころ。
『いやあ、妾とした事が、錬金術師ギルドの罠にハマってしまってな? 魔力を封印された挙句、売られた先から逃げる時に受けた攻撃で中身がほれこの通り、ポーンと外に出てしまったわけじゃな』
「アンタそれでも伝説の存在かよ!?」
『ええいとやかく言うでない! ほれ、さっさとあのデク人形を取り押さえぬか!』
ずるぅり、
ずるぅり、
「無理でしょ!!」
『ええい情けない男め! ならば褒美を取らせようではないか何が貰えれば頑張れるのじゃお主!』
「絶世の美女!?」
おっと口が滑ったでまかせです。
無理無理無理無理とっとと逃げませう。
『などと言っている間に、貴様、追い詰められたな詰んでるな』
「はふう!?」
ああ、壁際に追い詰められた!?
ずるずる幽霊人形が這い寄ってくる!
ああ、終わる・・・。
『ええい覚悟を決めて前に出るがいい! 素早く肩を掴んで起こせ!』
「うわーん、なんでこうなったー!?」
お冬ちゃんの言うこと聞いて大人しく寝てれば良かった。
もう目前に迫ってきてた。
意を決して肩を掴む。硬い、冷たい、マジでコレ人形だ関節が球形だ。
ぐいっと起こすと、人形はガバと首を起こして美しい顔が、胸元が露わにされて、
ぐぁばあっ!?
「ひいい! 口が裂けた! 顔が!? ばっくり裂けたあ!?」
鼻元を中心に、美しく見えた少女の顔が八つに裂けて大口を開けて食らいついてくる。
あ、
コレ、
ヤバいやつだ。
俺氏、食いちぎられます、ちんでまう。
『あっっはははは、ようやった! 臆病者だがなかなかだなお主!』
顔面に喰い付かれる寸前に、赤く輝く宝石がその凶悪な口の中に飛び込んで、人形は見えない力で弾かれるように後方に吹き飛んだ。
「ひぇ・・・? た、助かった・・・?」
「ギィエエエエエエエエ! ギャアーーーーー!?」
「うぎゃあー!?」
人形が関節をあらぬ方向に、あり得ない曲がり方をして陸に放置された魚みてえにどったんばったん暴れている。
腰ほどに長い銀髪を振り乱して。
「ひええええ! こ、怖ぇぇぇぇ!?」
「ギィエエエエエエエエアアアアア! ギィアアアアア!」
割れた顔をガシャン、ガシャン、バタン、バタンと歪に不確定に開閉を繰り返し、仰向けに倒れ込むと苦しそうにもがき跳ね回る。
「ギエエエアアア! ギアアア!! ウギイ!?」
ビクン! と跳ねて、大の字に伸びて動かなくなった。
「ひえ?」
じっと様子を伺う。
何も起こらない。
起き上がる様子もない。
「も、もしもーし・・・? い、生きてますかあ?」
返事がないただのしかばねのようだ。
(よし。帰ろう・・・)
あまりの衝撃的な出来事に、夜遊びどころでは無くなって、俺は慌ててその場から逃げ出すのだった。
まぁ、走って帰ってきたんだが。
正直言って逃げ帰ってくる途中の記憶は無い。
鶏の鳴き声に目が覚めて、布団を跳ね除ける。
なんだか顔に力が入らねぇ。すげーダルい。
「ハァァ・・・。夕べのは一体、なんだったんだ?」
疲れの取れねぇ身体を起こして、寝巻きの浴衣のまま帯を締め直して居住まいを正すと裏手の階段を降りて洗面所へ。
井戸から汲んだ水を溜めた大桶から、洗面台に置かれた洗面桶に柄杓で水を汲んで乱暴に顔を洗う。
まだ少し、身体の震えが収まらねぇ。
俺は幽霊やアンデッドの類が苦手なんだよコンチクショウ。
洗面桶の水を流しにぶちまけて、重い足取りで飯処に向かう。
台所は通らずに、飯処の裏手の入口の引戸を開けると、ガラスの小気味良い音が響いた。
ため息を吐く。
一歩、戸を潜る。
「フィンクさん?」
冷たいお冬ちゃんの声。
「あ・・・」
顔を上げると、竹箒を右手に仁王立ちする小柄な少女が氷の表情で俺を見上げておりました。
「え、ええと・・・? おはようごぜぇます、お冬ちゃん・・・」
「あの方はどなた、ですか?」
凍てつく声色。
ん?
あの方?
どなた?
玄関口の方をのろりと見てみると、
「うむ! ここに居ったのだなお前様!!」
桃色の着物に身を包んだ銀髪絵瑠芙人形。
ええっと・・・?
お冬ちゃんを見る。
鬼の形相。
銀髪絵瑠芙人形を見る。
満面の笑み。
「褒美を取らせると言ったな! 褒美は妾だ!?」
「え? は?」
「妾をとことんまで弄ぶが良いぞ、お前様!!」
え?
やだ、夕べの幽霊シーンが思い浮かばれるんですが怖いんですが?
「フィンクさん?」
お冬ちゃんの氷のお声。
竹箒が振り上げられました。
「夜遊びするような不届き者は、成敗です!!」
「うひゃあー!?」
箒で脳天ぶっ叩かれました。
追いかけられました。
うずくまってごめんなさいを連呼するまで、
しばかれ続けました・・・(涙
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