冒険者と美少年と夜遊びと
さて・・・。
世間知らずな
「こほん」
軽く咳払いしてごまかしてみる。
すげー、キラキラした目で真っ直ぐに見てきやがるコイツ。
うーん、どうしよう・・・?
「とりあえず、お前さん、名前は?」
「はい!
「お、おう・・・。俺はフィンク・コークスってんだ。見ての通りヤマト人じゃねえ」
眉根を寄せて首傾げやがった。
「ヤマト人・・・ではないとは、どういう事なのでしょうか?」
「どういうって・・・お前・・・。海の向こうの話ってしってるかい?」
「海は見た事がないのですが。延々と続く水の世界だと聞き及んでいます」
「いや、世界って・・・」
そうか。内陸の
大陸でも山奥の村なんかは海って聞いてもなにがなんだか分からねえ感じだったしなあ。
「いいかい、海ってのは何日も何週間も何か月も船で漕いでも行っても果てが見えねえくれえでっけえ水たまりだ。で、その海を一週間ほど北上した所にヤマト列島よりずっとずっとでっけえ大陸があるんだな」
「夢のようなお話ですね」
「う、うん・・・。で、俺はその、海を越えた大陸から旅をしてきてだな、」
「つまり異世界人ということですね!」
「ちがうよ?・・・ええと、まあ、そのなんだ。大陸から渡ってきた冒険者なわけね?」
「夢のようなお話ですね!」
「う、うん・・・」
調子狂う・・・。すげー目がキラキラしてやがるし・・・。
「ところでだな。お前さん、なんだって冒険者になりたいなんて思ったんでい?」
「はい。北斗一刀流の剣術を上田城下町の北斗一刀流柳沢道場で学んで来たのですが、上方には
あー。聞いたことある。なんでも夜な夜な出没する辻斬りらしい。
後ろ黒ぇ噂の立つような隠れて悪事を働いているような悪党だけを暗殺する仕事人だな。
「お前さんねえ、そんな仕事人崩れに憧れるとかは止めなせえ」
「悪を懲らしめていらっしゃるのですよ!?」
「まぁまぁ、落ち着きなせぇ。悪党を退治するのはいいが、その悪党にだって家族がいるかもしれねえ。一方的に問答無用で斬り捨てるのが本当に良いことだと思うかい?」
「放置していては不幸になる人が増えます! 命を落とす者だって!」
「うん・・・まあ・・・そうかも知れねえが。私刑なんてそれこそ地獄に落ちるような悪事なんじゃねえのか?」
「おう! フィンクの分際で説教かい、偉くなったもんだなあ!?」
うお、びっくりした!
いきなり背後から声をかけられてババっと振り向くと、ミウラ白刃隊突撃隊長の長身のイケメン剣士、
「おう、フィンク。いっちょ前に説教かあ? あん?」
「いやいやいや・・・栄光あるミウラ白刃隊隊士様は奥の大食堂で宴会中じゃあねえんですかい」
「あっはっは!! 大人な俺は大人な遊びに行くところってな!」
「とっとと行きゃあいいじゃあねえですか」
「フィンク、お前付き合え」
「なんで!?」
「で、この若ぇのは誰でぃ」
酔っ払いが、話がトントン飛びやがる。
小太郎は座ったままだが居住まいを正して、高坂洸士郎を見ていたが、どうもビックリしちまってどうしたらいいか分からねえ感じだな。
ミウラ白刃隊の中でも一、二を争う剣士様に紹介しても、どうなのかねぇ・・・。
まぁ、隠してもしゃぁねぇわな。
「あー、こいつは冒険者になりてぇってぇ雪影小太郎っていう奴でさ」
「冒険者になりてぇだあ? オメー、見た所、成人したばかりって感じだな。十六か?」
「はっ、はい! 雪影小太郎と申します! お察しの通り今年で十六になります!」
「
「え、」
思った通り、洸士郎の旦那は(ていうても齢二十三だから俺より二つ若ぇんだが)小太郎を不機嫌そうにひと睨みして取り付く島もねえ。
呆気にとられる小太郎に、洸士郎の旦那は
「冒険者なんて呼び方が定着して来てオメーみてえな勘違いする奴が正義の味方気取って来るけどよ。俺達は言っちまえば禄でなしの仕事人。テメーの命張った渡世人よ。オメーみてえないいとこの坊ちゃんにつとまりゃしねえ。とっとと
「それはいささか僕の事を侮辱しすぎではないでしょうか!」
おっと・・・。
初見殺しの殺人剣、裏八柳流を極めた一級剣士に睨まれてなお立ち上がる胆力があるか・・・。
勢い良く小太郎が立ち上がり背もたれの無ぇ畳仕込みの椅子がばたりと土間に倒れる。
左手を腰の刀の鞘にギュッと握りしめる小太郎を見て、高坂洸士郎も俺の肩から左腕をのけて半身左に腰を沈め同じく左手を腰の刀の鞘に触れる。悪い事に右肩に担いだ酒瓢箪は背中に隠すように担いだままだ。
まずい。洸士郎の旦那酔っぱらってるだけじゃねえなこういう真っ直ぐな少年が大っ嫌いなんだよな・・・。小太郎が一歩でも動けば脳天かち割る勢いで瓢箪振り下ろして反応見て、・・・多分小太郎の上等な着物の襟をひっつかんで背負い投げするぞ・・・。
流石に刀は抜かねえだろうから。
でも小太郎が受け身取り切れなかったら脳天から土間に叩きつけられて・・・。
「あ! あー!! 洸士郎の旦那!! いきやしょう! 温泉町!
「んん?」
ジロリと睨まれた。身じろぎもせず目だけで。
こ、怖ぇえ!! 俺この人の太刀筋見えねぇんだよな!?
「おい、フィンク」
「へ、へい!?」
ぐいっと俺に寄りかかってまたもや左腕を俺の肩に回してきて体重をかけて言った。
「そうかそうか! 行こうか、なあ大人の店によう!!」
「あ、あははは! 行きやしょう行きやしょうそうしやしょう!」
俺は洸士郎の旦那と小太郎の間に身体を入れるように旦那を回らせて半身背中を向けて小太郎に言った。
「お、お
「で、ですが、」
「ですがも案山子もねえ! わかったな!?」
「は、・・・はい」
歯切れの
「フィンクさん!? どこに行くんですって!?」
お冬ちゃんが、湯気の立つ山菜が山盛り乗った蕎麦の丼をお盆に乗せて俺と洸士郎の旦那を睨みつけて・・・。
洸士郎の旦那がそっと俺の肩から腕をのけて鼻の頭を掻いて言った。
「えーっと・・・ん-・・・。ど~こだったかなあ・・・? なあ、フィンク!?」
「へ!? やー・・・。チョイ飲みに・・・?」
「フィンクさん」
「はいっ」
「座ってください。お蕎麦です。顔面ぶっかけますよ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「それから洸士郎様?」
「お、おう・・・」
「もう夜も更けておりますから、おかしな夜遊びに興じるのはやめて下さい」
「ん! ちょっとだけ外で飲んでくらあ!!」
ばばっと飯処から駆けて逃げ出す高坂洸士郎。
なんか、こう、怒った時のお冬ちゃんって、言い表しようのない凄みがあるんだよなあ。
おっかなびっくり席に座り直すと、俺の前にどんっと蕎麦の丼を置いてそれでいて一滴も汁を零さずに眼ん玉零れ落ちちゃうんじゃないかってくれえ見開いて俺の目を覗き込んできておっしゃられました。
「夜 遊 び 、なんて・・・、言語道断ですからね?」
「あ、はい・・・」
怖い怖い怖い・・・。なんか目の中が吹雪いてるみてえに視線が冷てぇんですが・・・。
確かに俺はまったくもって稼いじゃいねえが、月に一度くれえ夜遊びしたって許されるんじゃあねえかなあ?
なんで、この
お冬ちゃんは今度は小太郎の方を振り向いてお盆で胸を隠すように抱くと、ほんの僅か小首を左に傾げて目を覗き込んで言った。
「冒険者になりたいのでしたら、また明日お出でください。女将さんも、もう離れでお休みになられていますので」
一歩前に出て見上げて凄む。
「面 談 は、また明日ということで。わかりましたか?」
「は、はい・・・。申し訳ございませぬ・・・」
そそくさと退散していく雪影小太郎。
怒ったお冬ちゃんの顔が直視出来なくて、俺は箸立てからそうっと樹脂で上塗りされた木の箸を取ってお蕎麦に差し込む。
お冬ちゃんがきびきびとした動きで箸立ての陰に置かれたちいちゃな瓢箪を掴むと、俺の蕎麦の上に振りかけて七味辛子が少し振りかけられた。
「お蕎麦食べて、あったまったら、さっさと上に行って休んでくださいな。洗い物済ませないと私も床に付けないんですからね!」
「はい・・・ごめんなさい・・・」
どんな顔してたのか、目を合わせられねえからお蕎麦に視線を落としたまま小声で謝る。ああ、情けねえ・・・。
「さっさと食べちゃってくださいね?」
はい。申し訳ございませんでした。
ん?
ちょっとご機嫌直った感じかな。少し声が和らいだな。
ともかくとっとと食べて上の冒険者御用達の安宿に引き籠って寝ちまおう。下手に突っつかねえほうがよさそうだ。くわばらくわばら・・・。
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