クサレ問屋に人形憤慨

 五本木町って町は、神山田ってぇ呼ばれてる土地の南東に位置する宿場町でな。前にも言ったが、俺みてえな根無草な渡世人、冒険者の寝泊まりする宿が五軒と周りの田畑を耕す農民が暮らしてる町だ。

 周囲を獣避けの簡単な竹柵で覆われた町中を横切る大通りのそのまた中程に冒険者の宿は間隔を置いて建ってて、宿と宿の間にゃあ無人の休憩所と小さな立ち食い蕎麦屋、団子屋、饅頭屋なんかが営業している。

 一等西から俺の寝泊まりさせてもらってる鶯の止まり木亭、次いで、木枯らしの烏亭、舞い戻る鶴亭、北風の鹿亭、猪の四股踏み亭の五軒の冒険者の宿が並び、大通りを挟んで宿の対面にゃあ着物や小物、武具なんかを扱う小売店が並んでて冒険者御用達ってぇ感じな町が五本木町なのさ。

 さて、この五本木町を西に出て緩やかに北上していく大通りを進んでくと小さな堤防を登って女沢川が千曲の大川に流れているわけだが、この沢を橋で渡ってしばらく歩くと右手に見えてくる大きな屋敷が冒険者に仕事を斡旋してくれる、町役人の「与力」やその下々の「同心」が勤務する屯所があって、遠くは南方の上田城下町を統べる真田家に仕える与力が五人、その下に仕える同心が二十五人詰めているわけだな。

 そうした屯所にゃあもちろん、仕事を求めた冒険者が集まる集会所みてえな大部屋があって日中は冒険者で賑わうが、俺みてえな一風変わった異国人にゃあチト差別意識があんのかね。賑わっている中で仕事にありつくのはチョイと難しい。

 だもんで、早朝まだ日も登りきらねぇうちから俺は屯所に脚を運ぶんだが・・・。


「なんじゃもう出るのか? 早いのうお前様」


 宿の玄関を出ると、背後の飯処からアゾットが桃色の着物姿で小走りに駆け出して背中にくっつくほどの距離に近付いてきた。


「あー。おはようごぜぇやす、アゾット様」


「様はやめるが良い。妾は其方の所有物だぞ?」


「いえっ!」ぐっと伸びをして大きなあくびを噛み締める「もってぇねぇもってぇねぇ、稀代の錬金術の結晶たる生人形リビングドールなんか持てる身分じゃござんせんから・・・」


 とっとと諦めちゃあくれねぇかなあと、早足で南に三丈(9メートルちょっと)離れた門を潜りゃあトコトコ着いてきやがる。万年旅装束なアザイ冒険者の歩く速さに着物姿で着いてこれるたぁ大した健脚だこって・・・。


「あのですねアゾットさん、俺は溢れもんらしく早出で仕事をもらいに行くんでしてアゾットさんみてえな美人さんに着いてこられちゃあ色々と都合が悪いんでございますよ」


「大したことではない。美人な妾が居た方が良い仕事にありつけるというものだぞ?」


「いやいや、ですから・・・。そんな町娘の着物に身を包んだ普通の娘っ子連れてったら門前払いなんですって」


「何故だ? 妾のような美少女、

 「自分で言いやすかね」

が着いていくのだから世の男どもはこぞって妾に良い仕事を斡旋

 「そもそも仕事が何か分かってらっしゃる?

してくれようものだぞ。

 「そんな都合の良い・・・」

其方、妾が着いて行かねば絶対後悔するぞ?」


「いや、ですからね、アゾットさん・・・」


「むぅ、他人行儀な奴じゃのう。ほれ、アゾットじゃ! アゾットと呼び捨ててみい?」


「たはー・・・たくっ・・・。なんてぇ拾いもんしちまったかなぁ〜・・・」


「ふはは! 諦めるが良い! ちなみに夜の伽も得意じゃぞ。多分」


「人形の伽って・・・」


 悲しすぎる。


「そういう顔をするでない! 失礼な奴じゃなぁ。妾こう見えて、そっちの機能も備わっとるんじゃからな。つまりはそう言うことじゃろうが!?」


「そういうご趣味の方に見染められて拉致られたってぇ訳ですかいねぇ」


「むむむ・・・。そうじゃ、あの腐れ問屋め! いつか目に物見せてくれようぞ! ぐぬぬぬぬ・・・!」


 はぁ・・・。なんか知らねぇけどご立腹なご様子の等身大のお人形様。

 ただでさえコッチは女にモテねぇってのに、こう付き纏われちゃあたまったもんじゃあねえや。

 どうにかしねぇと。どうにかねぇ・・・。

 ロレイシア帝国の錬金術ギルドに連絡取れさえすりゃあ、迎えを呼ぶことも出来るんだろうけど。島国の片田舎じゃあチョイと難しいかも知れねぇなぁ〜。




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