第3話 まぁコレが、最初の仕事ってね。寒ぃ話さね。
それにしたって、牢屋で寝泊まりするってぇなぁいかがなもんかと思うがね?
まあ、住めば都。木の格子で隔てられた天井は僅か1・5メートルのせせこましい部屋は土間に茣蓙一枚敷いただけの便所桶完備ってえ贅沢な代物だ。
まったく、臭えやら狭えやら寒ぃやら・・・。
雨風凌げるだけましっちゃあましだが、鍵かけられてねえだけ救いだったかな。
「おい、お前、何してぶち込まれたんだい」
三つばかし奥の牢屋の薄汚れた中年の男が話しかけて来た。
まー、これが絵に描いたような悪党面で笑っちまうんだが。
「ああ、悪ぃな。俺ぁ冒険者ってやつでね。別に捕まったってえわけじゃあねえよ」
「へっへっ。なんでえただの文無しかよ。文無しだって立派な罪にゃあちげえねぇんだぜ。何せ何も出来ねえ人にタカる事しか出来ねぇんだからな」
これがまた、卑しいってのはこういう事を言う典型みてえな耳障りな笑い方しやがったんだが。今までチンピラと付き合っちゃあ来たが、それにしたって「お、コレが悪党の笑い方かい!」なんて酷い笑い声なんか聞いたこともなかったんだが。
「イヒヒヒヒヒヒッ!! まぁ、そう気落ちすんない。俺ぁ今晩中に抜け出させて貰うからよ」
何やら格子をガチャガチャやり始めたのは驚いたね。
おいおい、あからさま過ぎるじゃあねえかと。
実は牢屋で寝泊まりする注意点見たいのを、面倒見てくれた与力の四郎右衛門ってえお侍が言ってたのよ。
『実は牢屋に寝泊まりしてんのはお前さんだけじゃなくってな? 伝兵衛っていうケチな
まぁ、たまげた。
毎回脱獄って、牢屋の鍵はどうなってんだと。
それ以前に、見張り立ててねえのかと。まぁ、聞いてみたんだが。
『見張り立ててりゃあ逃げられることもねぇだろうさ。なんだってそんな何回も逃してるんで?』
『そりゃあお前、夜は寝るもんだろうが。捕物じゃああるめぇし。牢屋の鍵だってちゃんと戸締りしてんだからな』
めでてぇなオイ。鍵ってのが構造知ってるモンなら開けられるって知らねえときた。
越後の役人てのは何も知らねえのかって不安になっちまったよ。
まぁ、アザイ聖王国じゃあ錠前てのは一部の職人だけに口伝で伝授される魔法みてえに伝わっててな。専用の錠前が無きゃあ開けられねえって迷信を信じてたんだな。
盗人の間でも錠前破りは一種の職業で、これまた一部の技を独占してえ輩の間で口伝で伝えられてて、魔法の一種だって信じられてたのが印象深いね。
大陸じゃあ鍵ってなあ構造さえ解りゃあ誰でも開けられるって広く知られてるから、じゃあどんな構造なら安全かってどんどん内部が複雑化して行ってるってえのに。まぁ呑気な考え方だぜ。
しかも錠前破りが出来るヤツぁ相手が悪党でも「なんてぇスゲェ力持ってやがるんだ」って一目置いちまうんだから仕方がねぇ。
だが、まぁ、この伝兵衛てのはちょいと調子に乗りすぎてて屯所でもそろそろ片をつけてぇって思ってたんだな。
お白洲で刑罰につくってんなら一考の余地はあったが、今度脱獄したら脱獄御用無しってな。いわば現行犯で斬罪に処する事になってんだからまぁちょいと後ろ髪引かれる思いじゃああったがね。
『問答無用で斬り捨てるのかい?』
『仕様があるめえよ、仏の顔も三度までってな。御調べ受けねえで脱獄しちゃあ悪事を繰り返すんだ。越後藩の藩主、
『ええと、つまり? どういうこって?』
『我ら与力、目明かし衆相手に正面切って逃れられりゃあもう捕まえねえって。その代わり賞金稼ぎに首を取らせるってな』
どっちにしろ、今度逃げたら斬り捨て御免ってこったな。
で、まあ、俺としちゃあ逃げおおせてくれたら首に賞金が付いたらすぐ手を上げようって思ってたんだが。
牢屋で錠前破りしながら楽しそうにしてるヤツを見ててなんだか気の毒になってきてよ。
「おい、お前さん。何度も錠前破りしてるっていうじゃあねえですかい」
「お、俺も有名になったもんだね! そうさ、これで十度目の脱獄だ。天下の大盗賊伝兵衛様たあ俺の事だぜ!」
「だがよお。もーそろそろ大人しくした方が良いんじゃあねえですかねぇ。仏の顔も何度やらって言うじゃあねえですかい」
「馬鹿言っちゃあいけねえ! 仏の顔も三度までだ! 三度以上許されてるってえ
「悪いこたあ言わねえ。大人しくお白洲上がんなせぇ。ちゃんと罰を受けて真面目に出直しちゃあどうですかい」
「誰がお白洲なんか上がるかよ! 藩主上杉様配下様々方に罰せられたら、間違いなく島流しだろうが!」
島流しってなあ、東陽海に小船で流されて、海流でどこぞの小島に流れ着くだろうからそこで一生暮らせっちゅう重てえ罰なんだなぁ。
というか、もうそこまで罪を重ねてるってぇ自覚はあったのが驚きだよ。分かってても捕まるのが解ってて悪事を働いて、その度に脱獄してんだからな。
流石の俺も、あ、もういいかコイツって。心配するだけ損だなと思ったもんよ。
で、ガチャリと錠前が開いちまったんだなぁ。
月が綺麗ぇな晩だったぜ。明日にゃ満月って頃合いの。
「おい、異人さんよ。お前さんの錠前も開けてやろうかい?」
茣蓙の上に仰向けに寝転がって両手で腕枕する俺を覗き込んで伝兵衛はさも得意げにしていたっけ。
まー、可哀想っちゃあ可哀想だが。自業自得だよなあ?
「あ、俺ぁ捕まってるわけじゃねぇんでお構いなく」
「遠慮すんじゃねぇよ、俺とお
いや、お前さんとは今日会ったばかりなんだが・・・。
得意げにガチャガチャやり出して、本当に鍵が掛かってねえのに首を傾げてたね。
普通はそこで疑うモンなんだが、伝兵衛は、
「おい、鍵掛け忘れてるじゃあねえか! お前さん直ぐにでも出られるぜ!?」
おめでてえヤツだったなぁ・・・。
フツーはそこで俺が役人の回し者って気付いて良いもんなんだが。
咄嗟に逃げ出すか、咄嗟に襲い掛かってくるか・・・。
まあ伝兵衛も極悪人ってわけじゃあ無かったって事なんだがね?
「おし、じゃあ、ズラがるぜ!?」
「あ、いや、お構いなく」
「つれねえ事ぁ言いっこ無しだぜ! ほら、さっさと出てきな!?」
あー、まー、俺を盾にも出来るってえ魂胆もあったんだろうがよ。
哀れに思うのも面倒臭くなってきて・・・。
「お前さん本当にどうしようもねぇなぁ」
「は? 何言ってんだお互い様だろ。ほら助けてやっから、」
「間に合ってますぅ」
俺は腕枕に隠してた長細くて小さな笛を長く吹鳴してやった。
寝転がったまま。
多分無表情だったと思う。
スィーーーーー!!
てな感じで甲高い笛の音が鳴り響いてよ。
「テメエ! 何のつもりでい!?」
「笛を吹くつもりでい?」
も一度スィーーーーー!!
『曲者だ!!』
『であえ!!』
『出会え出会え!!』
伝兵衛顔面蒼白。
「て、テメエ・・・! 次に会ったらブッ殺してやるからな!?」
捨て台詞を吐いて、伝兵衛は半地下のせせこましい牢獄を上がった先、取り調べ処の土間を駆け抜けて引戸を開けて出て行っちまった。
俺が笛を吹鳴した時点で、奴の罪は斬り捨て御免で確定しちまうから、その場で土下座して待ってたって切り捨てられてたんだろうが。
奴が出てすぐに「ワーワー」「ヤーヤー」と騒ぎになって、伝兵衛の奴は与力五人、目明かし十五人からの二十人相手にしばらく派手に追っかけっこしてたみてえだった。
『うわあ!?』
伝兵衛の悲鳴が聞こえた。
誰かに腕を斬られたみてぇだった。
『た、たのむ! 見逃してくれえ!?』
『おのれ伝兵衛! 無駄な抵抗を致すか!?』
『や、やめてえ!? 何もしてっ、』
『問答無用!!』
それっきり大人しくなった。
しばらくして、四郎右衛門の旦那が牢屋に降りて来て、俺の泊まる牢の前に土間に構わず胡座をかいて疲れたような顔をして言った。
「おう、フィンクさんよ。・・・手間ぁかけさせっちまったなぁ」
やるせなさが伝わってきて、俺もなんだか申し訳無くなってきちまったんだな。
のそりと起き上がって茣蓙の上に胡座かいて四郎右衛門の旦那を見て言ったもんさ。
「こちらこそ・・・。あんまお役に立てなくって申し訳ござんせん・・・」
「なあにフィンクさんが謝るこっちゃねえ。止めてくれたんだろう?」
「まぁ・・・。それなりに?」
「十分だ」
四郎右衛門はすっと立ち上がると、俺に向かって四角い、そう、1センチと5ミリっちゅうそれぞれの辺の小さな硬貨を、銀銭を俺の足元に放って寄越してくれた。
「迷惑料だ。取っといてくんな」
「へぇ・・・?」
「やれやれ、その様子じゃあこの国の
「え、そんなに貰っちまっていいんですかい?」
「それがお前さんのいう冒険者ってのの仕事だろ? アザイじゃあお前さんらみてえなのを仕事人って言うんだ。金額次第で護衛もすりゃあ人探しもする。仇討ちの手伝いだって、盗賊やら物の怪の討伐だってな」
「へぇ、まぁ、概ねそんな感じでございぁすね。迷宮の探索、なんてのはねぇんですかい?」
「へへへ、迷宮!? そんな怪しげで大層なモンは聞いた事がねぇなぁ」
「なるほどそれで、ヤマトにゃあ冒険者って括りがねぇんですな」
「冒険するほど、ヤマトは広くねえって事なんだろうさ。一月や二月で回れるほど、アザイ全国狭かあ無ぇがね。ともかく、今回みてえな依頼は屯所で発行してる。仕事人続けるってんなら、また顔出しな。それよりほら、金は手に入ったんだ。町行って適当な宿で、暖けえ布団にくるまってゆっくりと休みな」
こうして、俺ぁヤマトで、アザイ聖王国で初めての仕事を達成したって事さ。
そうそう、後で聞いた話なんだが。上方じゃあ仕事人の中にゃあ暗殺を生業としてるヤベェ奴らもいるってこった。
善人に雇われるのか悪党に雇われるのか・・・。
ゾッとしねえ話だよなぁ?
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