第4話 今度はもっと、南に旅してみようってな?

 越後でそれから仕事をしたのは、そうだな。だいたい二週間ってえ所か。

 その間に俺がアザイ聖王国について理解したのは、この国が、ヤマト列島が均等な四季に恵まれた代わりに四季折々の困難な天候災害に悩まされていたってことだ。

 冬は雪害、夏は干ばつ、春秋は季節風に運ばれてくる台風。

 そして満足とは言えない資源。

 土地の豊富な大陸は十分な資源と人口を有していたからこそ、高度な文明を発展させてきたが、海に隔てられて限られた土地資源を使うしかないヤマトでは大陸のように古いものは壊して新しいものをその上に築くような発展はしなかったんだな。

 一度作ったものは、直せるなら繰り返し使う。

 壊して再生するんじゃなく、あるものを使い続ける。

 壊れてどうしようもなくなっても、その中で使えるものは再利用して新たな形に生み出していく。

 そうさな。第一印象は文明の遅れた世界だと思ったが、そうじゃあなかった。

 確かに大陸に比べたら劣っているものばかりだったが、大陸だったらさっさと新しいものに交換するのを、ここじゃあ後生大事に長く使う文化が根付いてたわけだ。

 俺は始め、このなんでも「もったいない」ってなんでも大事にするのが理解出来なかったが、ある時漁村の最も浜から離れた丘にひっそりと建てられた神社を見つけてぼうっとそのやしろを眺めていた時に俺を最初に馬鹿にしてきた漁民の娘と再開した時に気付かされたんだよ。

 そこそこ長い石の階段を上って真っ赤に塗装された丸太をきれいに加工して作られた鳥居をくぐって、石畳の道を歩いてお社の閉じられた木の扉の格子窓の奥に、薄暗い中に鎮座する神棚の中の鏡と、その脇に寂しげに置かれた古臭い大太鼓を見てたらその娘っ子がやってきて俺の背中に声をかけてきたんだ。


「あら、異人さんじゃない。こんな所でどうしたの暇なの?」


「んあ? おお、いつかの随分と失礼な娘っ子じゃあねえか。こりゃあまた失礼なことを口走ったもんだ」


「あはは、だってこの何にもない漁村の神社に来てさ、大陸の異人さんがぼうっとしてりゃあ暇以外の何に見えるってのさ!」


「うーん。遠くから旅してきたから暇ってのは違う気がするんだが・・・」


 無駄に元気な娘さんでね。正直少し苦手だった。

 で、その健康そうな愛くるしい顔を眺めるのをやめてお社の中に視線を移すと、娘っ子は俺の隣に来て一緒に中を眺めたのさ。ぼうっとな。


「二百年前からここにあるんだってさ」


 その程度の建築物なんざ珍しくもねえ。ちっちぇえ自慢話だなあと思ったんだが。


「この村も、このお社も。二百年ここでいきてきたんだってさ。長いよね!」


「まぁ、そうかもなあ」


「そんな土地を、あたしは離れるのが怖い」


「ん? 何言ってんだ?」


「だからさ。大陸からこの新潟くんだりまで旅してきた異人さんはすごいなって」


「そうかい? 外の世界を見たきゃあそのきになりゃあ誰だって冒険に出れる自由ってのがあるんだぜ?」


「大陸の建物って、船乗りたちからよく聞くけど、この辺の建物なんか目じゃないってくらい頑丈なんだろう?」


「あたりめえだ。この辺の家だって、煉瓦で造りゃあ嵐にだって負けやしねえ。何度も何度も直して使い続ける必要もないんだぜ」


「それでも、あたしらのご先祖様が立ててくれた家が今でも残ってて、あたしらはそのご先祖様方が懸命に開拓してくれた土地とお家で生活させてもらってる。直して、直して、まだまだずっと使い続けていけるんだ」


 じっと俺の顔を見上げてくる目は、まぁ、可愛いとは思ったな。

 強い意志も感じた。


「そりゃあ、どうしようもなく古くなっちまったら新しくするしかないけど。それまでは大陸の頑丈な建物ってのに建て替えることはしない。だって、いろんな人達の想いがこの土地に、建物に宿ってるんだから」


「・・・想い・・・?」


「だから、真新しい何かを見つけたからって作り替えたりはしない。いいものは使っていくけど、今そこにあるものを壊してまで真新しい何かを取り入れる必要なんかない。今ここで生きていけるのに、わざわざ外に旅に出たりもしない。それがここの当たり前」


 始めは何を言われてるのかわからなかったんだが。いや、今でもわからねえけどな。

 娘っ子はお社の前に置かれた賽銭箱に、直径2センチくれえの銅銭を五枚放り込んで二拍手すると手を合わせたままちょいと頭を垂れて一呼吸置いてから、俺に向き直って言った。


「異人さんは、なんだって海を渡って来なすったんです?」


 なんでってまあ、嘘を言ったってしょうもねえし、そん時ぁ正直に言ったね。


「居場所が無かったからなぁ」


「居場所がねぇって、なんで?」


 娘っ子には全く訳が分からねえみてえだったが。


「お前さん、俺を見てどう思うよ」


「どうって・・・。あたしらとは、髪や肌の色が違うとは思うけど」


「この茶色の髪。茶色の目。どう思う?」


「そりゃ、あたしらとは違うけどさ」


「じゃあ、他の村人はなんて言ってるんで?」


「え?」


 まぁ、言い淀んださ。

 言わせなくたって、解ってたけどね。東大陸人は髪の色も目の色も黒くねぇ、まるで鬼の使いみてえな見た目のおかしな連中だって。この辺のヤマト人の間じゃ言われてたのさ。

 知ってて聞いたんだが、意地が悪かったかねぇ。

 答え辛ぇんだろうなと思って、俺は荷造りのために娘っ子に背を向けて歩き出して、そんで呼び止められた。


「お前さん! 別に行く当てがある訳じゃ無いんだろう!? どのくらいここに居るつもりなんだい?」


「んー? ふむ・・・。別に考ぇちゃあ、居なかったな。けどまあ冒険者しごとにんとしちゃあそこそこ稼がせて貰ったし、旅支度も整った。一両日中にゃあ別の町に旅に出てみるつもりさぁ」


「えっ!? もう行っちまうのかい!」


「ん?・・・そうだが・・・。どうしてだい?」


「えっ、やっ、別に・・・。た、旅に行くなら南の信濃の国がいいさ! あそこは広いし西大陸から渡ってきた仔賦鱗ごぶりんちゅう緑色の鱗みてえな肌の小柄な亜人が増えて悪さしてるっていうから、仕事人にゃあ仕事が沢山あるはずさ」


「へえ? ゴブリンがヤマトに住んでるのか!?」


 まぁ、驚ぇた。

 地続きでもなきゃあ、大陸の、しかも西側に棲息してる攻撃的な亜人族だからな。ヤマトみてえな島国に居るはずはねぇんだよな。

 けど、中央大陸じゃあ長ぇ事氏族同士で戦争してるからな。傭兵で雇われててなんかの伝でヤマトに渡って来てそのまま居着いた奴らが増えたとしてもおかしくはねぇ。居るんだから居る。そういう事なんだがな?

 まぁ、驚ぇたし、ちょいと納得も出来なかったが。


「ゴブリンが、そのシナノてえ所に住み着いてるのかい」


「山間部に隠れ住んでて、旅の商人が度々やられてるって話さ。仕事には困らねえと思うよ?」


「ほお・・・。そうかいそうかい。そんじゃあその、シナノってえ所に行ってみるとすっかねぇ」


「うん・・・。山道が多いし険しいから、気をつけて行くといいよ・・・」


「おう、ありがとうな! さって、そんじゃあ早速準備だ」


 まぁ、少し困ったような顔しちゃあいたが、まぁ、俺が一人旅と思って思うところもあったのかも知れねぇがね。まぁ、どうでもまずは腰を落ち着けて仕事出来る住む場所が欲しかったし、知らねえ土地を旅すんのをこん時ぁ楽しんでたのさ。

 そのまま神社を出て町でチュニックからヤマトの着物に着替えて旅装束を揃えて、保存食やら火打ち石やら旅の道具を買って背負い袋に詰め込むと、翌朝信濃に向けて旅に出る事にした。

 え、娘っ子はどうなったかって?

 ・・・おめえさん、変なこと気になるんだねぇ。別になんも無かったぜえ?

 まぁ、こんなタレ目のおっさん顔の男にしちゃあサシで女とくっちゃべる事が出来たってのは、いい経験だとも思ったがね。

 ・・・なんでぇその目は。

 ・・・だいたい、あの娘っ子は俺の事を馬鹿にしやがった女だからな。

 え、何を考えてたかわからなかったかって?

 わかる訳ゃあねえだろう。それよりも新しい土地に想いを馳せてワクワクが止まらなかったからな!

 馬鹿にしてくる娘っ子どころじゃあなかったのさ。

 ん?

 なんでお前さんそんな残念そうな顔してるんでい?

 なんでもねえ?

 ふうん・・・。よくわからねえなぁ。

 まぁ、それが、ロレイシアから越後に来た時の話ってことさね。

 越後を出て信濃に旅するのは、まあ道のりは長かったが退屈はしなかったね。

 それで、その旅で、俺はようやっと定住の地に出会ったのさ。五本木町にな!




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