第2話 アザイ聖王国てなあ不思議な国だと思ったね

 いざヤマト皇国に渡るにぁ、ロレイシア帝国南端の港町ウラージスタークから行くしか航路は無くってな。

 南西から北東に抜ける海流が速い東陽海を隔てた火山列島の中でも東陽海の流れそのものって言った方が良いんじゃねえかってような、西南西から弓形ゆみなりに北東に伸びる大きな列島がヤマト皇国だった。

 周りを海で隔たれたせいか閉鎖的な国で、ウラージスタークから出た船はヤマト列島の東陽海数少ない港町、越後の国は新潟港に入るコースが一般的でな。

 その船にしたって金の無ぇ俺みたいな流れもんにゃあとてもじゃねぇが払える額じゃねぇ。

 そこでどうしたかっていやあ、ヤマトに渡る積荷の護衛に雇ってもらうってぇ渡り方だ。

 幸いヤマト島に渡る荷を待つヤマト人の商人を見つける事が出来て、護衛に雇ってもらえたってぇわけさ。


「どこに渡りたいって?」


 しかし交渉を始めて開口一番、どうにも不思議な事を聞かれたんだな。


「や、ヤマト皇国だ。剣の腕だってそれなりに自信はある。船代を出してもらえりゃあ贅沢は言わねぇ、雇っちゃあくれねぇかい」


 ウラージスタークの港に面した倉庫街の中ほど、6番倉庫の積荷の前で交渉してると、商人の男はまるで俺のことを田舎者みてえにじっとりと蔑むように見て言うんだな。


「そうじゃないそうじゃない。ヤマト皇国なんて聞いた事もありませんよ。お前さん、どこに行こうってんですか?」


「え? ヤマト皇国・・・」

「ですからね、そんな国なんかありゃしません。海を越えたヤマト列島にある国は、唯一アザイ聖王国でございますよ」

「ヤマト皇国って、なあ?」

「はぁ、やれやれ・・・。確かに、昔そんな名前の国もありましたがね。ずっと昔、五百年も前にあった国です」


「え、じゃあ、今あるのは?」


 戸惑いながら両手をあわあわさせてると、商人の旦那は肩をすくめて頭痛がするみてえに首を左右に振ったもんさ。

 

「ふぅ・・・アザイ聖王国です。ヤマトの国は唯一アザイ聖王国しかありゃしません」


 海外の事情ってのは、わかんねえもんだよな。

 まぁ国の名前なんかどうだってよかった。大陸から出るのが目的だったからな。

 出港は翌日早朝。俺は夜中まで続いた積み込み作業に付き合わされて、その交渉の時点から護衛をやらされる羽目になっちまった。


「まぁ、護衛は一人でも多い方が良いですしね。船賃で済むなら安いものですから。あ、食事くらいは出して差し上げますので、そこはご心配なさらなくて結構です」


 ヤマトの船は西大陸の技術が使われていて、上等な帆船だったが、風によっちゃあ海流に逆らえなくて新潟港に向かうのに平均一週間かかる。

 ロレイシア帝国の蒸気船なら十数時間で、天候を考慮したって一両日中に着くのを一週間だ!

 全く、ヤマト人ていうのは頑固なようで。

 蒸気船があるっていうのに船を借りる代金が払いたくないんってんだからな。

 国が違えばなんとやら。

 俺にゃあ理解できなかったがね。

 船旅は幸い天候に恵まれて、まあ波は少々高かったが五日で新潟港に着いたのはまあ速かったがね。

 船旅自体はどうだったかって?

 ・・・清掃という名の甲板警護でちょいと日に焼けたぐれえかな。船客がいなかったわけじゃあねえが、輸送船だからな。色っぽい姉さんが乗ってたわけでもねえむさくるしい船旅に何を期待てんだいあんた。言っとくが俺にそっちの趣味はねえぜ。

 いざ越後の国は新潟港に着いたわけだが、これがなんと大型船が停泊出来るような港なんかなくってだな。まず停泊できるような入江が整備されてねえってのが島国らしいっていうか、大陸との交流にヤマト人が積極的なのは感じたんだが、こう、アザイ聖王国てのが大陸に目を向けてねえっていうか、来たいやつは来るだろう的な消極的な感じでな。


「え? どうして接岸出来ねえかって?」


 俺も不思議に感じて積荷の運搬用の筏を段取りする船員の一人に聞いてみたのさ。


「うーん。なんでだろうなあ。そら東陽海の波は荒ぇだろ? 入り江を作ろうにも嵐で流されちまったりよ? 作っちゃあ直して直しちゃあ作って、まあ。そうだな。越後の国にゃあウラージスタークみてえなでっけえ港を作れるような大工がいねえのさはっきり言っちまえば。だからこうして沖に停泊して筏に積荷を降ろして牽引船漕いで引っ張るってわけさ」


「へぇ。まぁ、港の造りなんざ俺にぁわからねえからそうなのかいとしか言えねえが」


『おいくっちゃべってねえで、さっさと積荷をモッコに乗せねえか! とっとと降ろすんだよ!!』


「おっと、荷頭がユデダコになってやがる。すまねえな兄さん仕事に戻らせてもらうぜ!」


 それから波に揺られながら陸上げされる積荷を乗せた筏を横目に、俺も傭兵業から解放されて小舟に縄梯子で降りて他の乗客と一緒に上陸したんだ。

 まあ、この、新潟港の臭いってのがまた異様に生臭くってな。積荷を荷揚げする港から延びるほど近い砂浜に漁港があって、加工工場なんて無ぇ、砂浜で作業台おっぴろげて魚を加工してるってんだからヤマト人てなぁなんつーか野蛮な奴らだってのが第一印象だったな。

 荷揚げする港から接続する町は瓦葺きの屋根の平屋が整然と並んだ、淡白じゃあるがまあ誰が見ても文明的な街並みじゃああったが、漁港を防風林で隔てた先には藁葺き屋根の土みてえな壁の簡単な小屋が広く間隔を置いて寂しげな感じでな。漁師達の住まう村だってんだから驚きだ。

 建築技術はまぁ、正直ロレイシア帝国に比べるべくもねえ嵐が来たら風で飛ばされちまうんじゃねえかって家ばかりだった。

 港に降りてついそんなような事を呟いちまったんだが、通りすがりの股座が見えちまうんじゃねえかってくらい着物の裾を上げて腰帯の後ろに突っ込んだ格好のアサリが山と入った笊を頭にのっけて左手で支えてバランスを取る若ぇ娘さんがジト目で俺の顔を見上げて言われたな。


「はあ? あんたはバカなのかい? 立派な家を建てたって台風が来たら全部水浸しになっちまうだろ。ご立派な瓦葺の家はそりゃあ格好いいけどさ、瓦一枚がオラ達漁民に揃えられるもんか。買えなくはねぇけど、瓦なんかみ~んな地主様が抱えてんだし交易港の町と寺社と地主様の館にしか使っちゃいけねえんだ」


「へぇ、そうなのかい。けど、買えなくはねえなら買って瓦屋根にすりゃあいいんじゃあねえのかい?」


「バカ言ってんじゃないよ! 毎度まいど台風で瓦なんか飛ばされっちまうんだ、毎回まいかい直してられっかい。その点藁葺き屋根ならちょちょいと編みなおしゃあいいだけだし、山手の農家から毎年タダでもらえるからね。家なんてちょちょいと直せるくらいで風で倒れねえくれえの強さがありゃあいいのさ。全く、異人さんってのはそんな事もわからねえのかねえ?」


 さらっとバカにされたが、俺から言わせてもらやあ煉瓦と板葺きの屋根でいたって頑丈な家ができるんだからそっちにした方がコスト面でもぜんぜんいいと思ったんだがな?

 窓だってガラス入れて、暴風で割れるのが心配なら鎧窓付けりゃあ問題解決だ。


「なんで煉瓦で家を造らねえんだい? その方がコスト面でも何倍もいいだろうに」


「れんが? こすと? てなんだい??」


 かわいい顔で笊に乗ったアサリを落としもしねえで器用に首を傾げる娘っ子はまるで初めて聞く単語を不思議がるばかりだ。

 なんと、ヤマト列島にゃあ煉瓦やガラスを使った建築物が無かったんだな。

 正直、ずいぶん遅れた国だとそん時は思ったんだが、そもそも列島で取れる資源が乏しくてガラスなんて大層な贅沢品だったんだよ。

 煉瓦に至っちゃ、東大陸や西大陸なんかより中央大陸との交易が盛んなアザイ聖王国は建築技術も中央大陸寄りで、煉瓦を作る職人がいなかったんだよ。不思議だろ?

 作る技術はあるのに職人がいねえ。

 この辺りは、ヤマトとの国交を独占したい中央大陸の思惑もあったんだろうがね。ロレイシア帝国からしたら国の名前も正確に伝わって来ねえほどにアザイ聖王国の事を見てたんだから、そんな国との国交なんて取るに足らねえとも思ってたのかもしれねえな。


「ところで兄さん、異人さんだろ? どっからきたんだい?」


 会話が途切れたところで、漁民の娘っ子が目を輝かせて俺の顔を見上げてきてな。

 うん。これは脈がありそうだ幸先良いねって思ったのも束の間。


「あんた面白い顔してんね! あはは! わるくないよ!?」


 おもくそ俺の顔をけなして空いた右手で俺の背中をバンバン無遠慮にたたいてさっさと港町の方に歩き去って行った。

 ああ、そうかよ、と思ったね。老け顔で悪かったなクソ。俺だってイケメンに生まれたかったよチクショウ。

 まあ、そんなこんなで、止まる宿を港町で探そうと思ったんだが、そういえば船賃タダが護衛の報酬だって思い出してな。

 そうだよ、泊まる金が無かったんだよ。

 で、その日は流浪人でも仕事にありつけるような冒険者の店を探して歩くのが、最初のやることだった。

 これがまた、冒険者の店ってのが、まず、冒険者ってのが越後の国じゃあ居なくてな。日も暮れるほど歩き回ってな~んも出来なくて困り果ててたら、大陸でいう衛兵の与力てえ人達にとっつかまってよ。


「まてまて、おめぇさん。そこの異人だ、異人。おい、こら、お前さん!」


「へ!? うぃ!? お、俺かい?」


「そうだよそこの顔の堀がちょいと深ぇぼさぼさ頭のおめぇさんだよ」


「へ、へぇ。なんでござんしょう?」


「こんな夜も更けるって刻限に、店に入るでもなくなんだって町中をウロウロしてやがるんだ。町民が不気味がって訴えてきてんだちょいと顔を貸しな」


「え、俺ぁ何もしてねえぜ?」


「何もしてねえから問題なんだよ。目的もなくウロウロしやがって。盗人の手先かお前は」


「や、ちがうぜ? ちょいと懐銭がねぇもんで冒険者の店で手ごろな仕事もらって前借して一晩の宿を、」

「あー、やっぱりおさん大陸から流れてきなすったかい。ヤマトじゃあ冒険者って呼び方はねぇしそんな職業も無ぇ。そういう仕事が欲しいんだったらまず俺達与力の屯所に来な」


「ヨリキ? てなあ何でござんしょ・・・。トンショ?」


「あー、めんどくせえこと聞くんじゃねえよ。俺達与力はお前さんら大陸の国でいう所の衛兵だ。まったく異人ってなあなんも勉強しねえで上がってくるから始末に負えねえ」


「そらあ悪うござんしたね」


「不貞腐れるんじゃねえよ。屯所てのは、まあ、衛兵の詰所だ。警ら所だよ。寝泊まりする部屋なんかはまぁねえが、代わりに牢屋でいいなら何泊でもしたってかまわねえし、大陸でいう冒険者の店、とはまあ、ちょいと違うと思うが仕事も紹介してやらなくもねえ」


「牢屋に泊まるのかよ。俺は罪人じゃあねえんだが・・・」


「贅沢こいてんじゃねえよ。一泊する金も持ってないってんだろう」


「う・・・」


「いいから付いてきな。粥くれえしか出してやれねえが、俺たちと同じ飯でよけりゃぁ暖けえ飯も食わせえてやれるからよ」


「お、ぉぅ・・・。背に腹は代えられねぇ。仕事も紹介してもらえるんだよな?」


「クドクド聞くもんじゃあねえよ。悪いようにぁしねえから付いてきな」


 まぁ、腹がへちゃあ戦は出来ねぇっていうしよ?

 その日はその、与力っていう奴らに厄介になることにしたってぇわけさ。




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