冒険者ってなあ手前の命を博打に張った碌でもねえ渡世人に御座います

拉田九郎

プロローグ 旅立ちの章

第1話 プロローグ、モテたきゃ強くなるしかねぇだろがい

 先祖返りってのを知ってるかい?

 十になるまではいたって普通の男児だった。

 周りの子供とじゃれあっちゃあ棒切れもって剣士ごっこ。

 追いつ追われつたまにゃあ女の子にモテるにはどうしたらいいって、くだらない話で盛り上がって。

 俺が十二になった時のことだ。

 俺の住んでいた東大陸は冬の長い国で、錬金術の研究が最先端の軍事力がエライ高えロレイシア帝国ってところで、人間とエルフが共存する魔法国家でもあった。

 だから雪にまみれた国としちゃあ肥沃な場内栽培てのが進んでいて、ガラスの結晶で出来た外壁に守られた温室ビルが畑や田んぼ、農園になっていて、中央大陸のセンリュウ大帝国や西大陸のイベンス連合王国なんかに比べたってそりゃあそりゃあ豊かな国で、そういう意味じゃあな~んの不満もありゃあしなかったんだが。

 十を超えた辺りから、少し周りと成長がその、特に顔のあたりがな、変化があったんだな。

 そう。なんか、こう、おじさん? 的な?

 耳も若干、ほんとうに気を付けて見なきゃあわかんねえ程度なんだが、尖ってるような印象になってきて、外見でよく揶揄われるようになってきたのさ。


「おい、おっさんフィンクがくるぞ!」

「やーい、おっさんフィンク!」

「お前! 顔が変だぞ!?」

「「「「「わーいわーい、おっさんフィンクー!」」」」」

「おっさんは向こうに行ってろよな!」


 まぁ、公園でいつも遊んでいた子供らからも差別されて、疎外感からかよく一人でいるようになっていった。

 まあ、ここまではよくある話なんだが。いや、この後もよくある話か。

 俺はどう見ても二十台後半な、それでいてタレ目なくたびれた見た目に十二歳にして酒を平気で買える、そんな逞しい・・・、逞しいんだよ! 何度も言わせんなまったく。

 逞しい見た目に成長して、誰とつるむようになったかてーと、裏路地の薄暗いところを根城にするチンピラに声をかけられてつるむようになっていったわけさ。

 始めはガキってことで使いっ走りばかりやらされてたが、どうにも体力的にも周りの子供より成長してたんだろうなあ。腕っぷしも悪くなくて、一年もしないうちに周りに喧嘩を吹っ掛けるような武闘派の仲間入りを果たしたもんさ。

 問題ばっかり起こすもんだから、家でも随分と煙たがられたもんだっけ。

 喧嘩して帰りゃあお袋にひっぱたかれて、親父にぶっ飛ばされて、唯一姉貴だけは部屋に籠ってふてくされてベッドに寝転がる俺の元に来て慰めてくれたもんだが。


「ねぇ、フィンク。そろそろ、ちゃんとした方がいいんじゃない?」


 十三になった時、姉貴はいつものようにベッドでやる気もなく寝転がる俺に言ってきた。

 今にして思えばどうしてそんな格好してたのか、弟の前だから気にもしていなかったのか、うっすらと体のラインが分かるようなネグリジェ姿のまま、俺の額に右手の平を置いて言ったんだ。


「周りの子達は、将来を見据えて農家や商店の奉公に出ているわ。世間的にも、もう仕事を考えていかなきゃいけない年なのよ?」


「いうけどさ、姉貴。俺のこの見た目で雇ってくれる所なんてあるのかい?」


「そんな・・・、あなたは十分男前よ?」


「はっ!どこが!?」


 そう、いつも姉貴は俺を男前と言っちゃあくれるが、追っかけの絶えねえ劇場のイケメン俳優にゃあほど遠いどこにでもいそうなくたびれたおっさん顔だ。

 女の子の一人や二人好きになって何度かカタギに戻ろうかと告白でもすりゃあ「やだ! キモい近付かないで!?」なんて頬っぺたひっぱたかれる始末。

 なんだってナリィ姉さんは俺のことそんな風に見てたんだかな。まぁ、弟をカタギにしたくてそういう風に言ってただけなんだろうけど。


「フィンク。自分の外見を気にしているけど、あなたは本当に男前よ? だから自信をもってほしいの。頑張らない人が、誰かに認められると思って?」


「それこそ姉貴は俺のことわかってねえんじゃねえの? 俺がこの見た目で外でなんて言われてるか知ってんのかよ」


「年相応になればみんなわかるわ。今は我慢して、」


「我慢して就職しろって? この顔で十三ですって誰が信じると思ってんだよ!」


 まぁ、この時の俺は腐ってたんだな。

 差別されっぱなしで、そとで憂さを晴らしてくりゃあ家族からもぶっ飛ばされて、原因なんか関係ねえ、わりい事をする理由・・・なんてのも最初はあったが聞いちゃくれねえし解ってもらえるとも思ってなかったし、チンピラの仲間でいて日々面白おかしく生きてりゃいいって思ってたのさ。

 どんな顔してたんだろうなぁ、俺ぁ。

 俺に怒鳴られて、姉貴は悲しそうな顔をして部屋を出て行っちまった。

 何に腹を立ててたのか、俺もそのあとすぐにチュニックの上に防寒ベストを羽織ってチンピラ仲間にもらった刃こぼれした剣を左腰に引っ提げて部屋を後にする。

 階段を下りて居間を横ぎりゃあ親父の剣幕。


「おいフィンク! そんなもん持ってどこいくんだ!」


「うるせえな俺の勝手だろ!」


「フィンク! 貴様父親に向かってなんて態度だ! 根性叩き直してやるこっち来い!」


「来いって言われていくわきゃねえだろうが、ぶぁーか!!」


 膝の病を患ってた親父が追いかけてこないのは解りきってた。そのまま俺は外に飛び出して、いつものチンピラ仲間の屯す裏路地に向かったんだが。

 チンピラ仲間のゼブとウィリスに合流して、年上なのに見た目は同い年に見える(主に俺が老けて見える)三人組は道行く若い町娘に脅しまがいなナンパをして遊んでいた。

 何人目だろうな。


「なぁなぁ、姉ちゃん!」

「お茶しようぜおちゃ、悪いようにあしねえからさあ?」


「や、やめてください・・・、買い物の途中なので、」


「お、じゃあ俺達がその買い物てつだってやるよ!」


 一番年下の俺が実行犯。

 女の子の肩から下げるバッグの紐に手を伸ばしてひったくると、女の子が追いかけてこれるくらいの速度で距離をとる。

 女の子は男三人にビビったのか追いかけちゃあ来ない。

 チンピラを怖がって周りで見ている大の男達も何もしちゃあ来ない。

 ウィリスが女の子の手をつかんで引っ張って、


「や、やめて! やめてください!」

「んだよ、買い物手伝ってやるっていってんじゃねえか、いいから来いよ!」

「や、やめて!」


「やめて差し上げな」


 俺達は耳を疑った。

 見た事もねえ、中央大陸で見かける衣装にしちゃあ妙に整って見える、そう、袴ってのか?

 くたびれた着物に身を包んだ中年の頬のこけた、一見健康そうにゃあみえねえおっさんが背後から俺達をじっと見つめてきていたんだ。

 俺達と体躯はそう変わらねえ。中央大陸人は東大陸人にくらべて小柄で力も弱ぇって聞いていたし、俺達はその勇敢なおっさんを取り囲んで笑ったもんさ。


「なあ、おっさん。なんだよ?」

「あ? なに、文句でもあんの?」


「娘さんが怯えてるじゃあねえかい。大人数でみっともねぇ」


「あ!?」

「喧嘩売ってんのか? 買うぞコラ」


「やめときなせぇ。あんたら、怪我するだけじゃすまないぜ」


「格好つけやがって!!」

「痛ぇ目みんのはてめえだおっさん!!」


 ゼブとウィリスが殴り掛かると、おっさんは両足を肩幅に開いた不動の姿勢のまま、無造作に両手を流して二人の右手と左手をそれぞれ軽くつまんで宙で回しただけだった。

 ゼブとウィリスの体が身体の真ん中が針で固定されたみてえに、くるっと、面白いほどくるっと回って背中から地面にたたきつけられて悶絶しているのを見て、俺は生まれて初めて身体の芯に電撃が走ったみてえな衝撃を受けたんだ。

 これだ。

 そう思ったね。

 そうだ、昔の俺は女の子にモテてえとも思ったが、根本は強くなりたかったんじゃあねえかと。

 気が付いたら、俺は剣を抜いていた。

 おっさんが目元は笑いながら口元は冷酷に結んで言った。


「やめときな。本当に怪我するぜ」


「わ、わかってらあ・・・! 怪我だけで済むんならいいってもんよ!!」


 訳も分からず俺はおっさんに斬りかかって、おっさんも答えるように左腰の帯に直接差したわずかに湾曲した片刃の剣を、刀を抜刀して正眼に構えて俺の目をじっと覗き込んで来た。

 たったそれだけで、俺は怖気づいちまったが、それでも目をそらさねえでじっと対峙していた。

 するってえと、おっさんは徐ににやりと笑って八双に構えなおしやがったんだ。


「そうか、こいつは悪かった。お前さんにはちゃんと、隙を見せてやらねえとなぁ」


 胴ががら空きに見えた。

 俺は今だと横っ腹を狙って踏み込んで、

 次の瞬間左のこめかみにいかずちみてえな一撃をもらって気を失っちまったんだ。

 目を覚ますと、俺はどこかの宿のベッドで寝かされてた。

 あの人相の悪い着物のおっさんの部屋だ。


「い、いてて・・・」


 じんじんと痛む左のこめかみを押さえて身を起こすと、窓際の机に椅子に座ってじっと俺を見ていたおっさんはこう言ったんだ。


「筋は悪くはねぇ。が、無鉄砲すぎるな。お前さん、こんな事ばかりしてちゃあいつか命を落とすぜ?」


「おっさん、強えな! どうしたらそんな強くなれるんだよ!?」


「ん? お前さん、俺の話を聞いてるかい?」


「で、弟子にしてくれ! 俺もあんたみてえに強くなりてえんだ!!」


 ベッドから飛び降りて土下座する俺を見て、おっさんはたぶん怒ってたんだろうな。

 だけど、追い返したりはしないで静かにまた言うんだ。


「お前さん、筋は悪くねえがその年から刀握ったって強くはなれねえぜ。よく考えな」


「おう! うん! 考えた、弟子にしてくれ!!」


「お前さんはバカなのかい? こんな素浪人に付いて来たって、何も身に付くものなんかぁねえぜ」


「そんな事ねえ! お願いだ、俺は強くなりたかったんだ、弟子にしてくれ!!」


 今思えば、その自分を素浪人って言ったおっさんも、強くなれなかったから流浪に身を任せたんだろうがね。

 俺には輝いて見えたのさ。

 どうしてもあきらめきれねえ俺を見て、おっさんは疲れたような笑みを浮かべてしぶしぶ了承してくれたもんだ。

 その日の晩に、俺は家族にも何も告げることもなくおっさんと旅に出たんだ。

 それからは、まあ、特段人に語れるような活躍をするでもなく剣の修行を付けてもらいながら各地を旅して、俺が二十歳になる頃におっさんは流行り病にかかっちまってな。静かに息を引き取っちまった。

 俺はおっさんの刀を形見に貰い受けて、おっさんの故郷だっていう南の島国、ヤマト皇国を目指す事にした。

 大陸に俺の居場所なんかなかったからな。

 ん? なんで居場所がなかったかって?

 そうか、それを話してなかったな。

 俺の遠い祖先にゃあエルフの娘を娶ったひいひい、そのまたひいひいじいちゃんがいたのさ。

 で、先祖返りでエルフの血が出た俺は老化が遅くて少しばかり長寿な代わりにある程度の年齢まで早く成長しちまったんだな。

 しかも、知ってるかい?

 見目麗しいエルフと人間が結婚したって、イケメンが産まれるわけじゃあねえ。だいたいは平均以下の三枚目ってわけさ。

 ハーフエルフってやつだな。

 これが女の子だとどういうわけか美形になるってぇ不平等ぶりだ。

 見た目じゃねえだろうって?

 あっはっは、そりゃあそうだが、お前さんにもわからねえかい!

 人ってなあ自分達と違う存在って思うと、否応なく拒絶反応が出るもんなのさ。

 見た目がそう変わらなくたって、大体の人間は、こう、臭いみたいな何かで俺が異質な存在だって気付いちまう。

 で、大陸じゃあ俺の居場所は無かったってぇわけさ。

 なら、エルフの存在しない国ならどうだい?

 そう、一縷の望みをかけて、俺はヤマト皇国に行くことにしたってわけさ。

 ここでも、まあ、大して変わらなかったが、少なくとも差別されたり仕事にあぶれたりって事にゃあならなかったのが、救いさね。




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