第31話 志島澪、敗戦の弁解

 さて、ここからは負けヒロインであるボクこと志島澪がお送りしよう。

 あんまり言いたくないけどボクだってヒロキくんのことが好きだった。けど、勝ち目がないなぁと身を引いている。

 側から見ていて彼がマリアちゃんを愛しているのはよく分かったし、マリアちゃんも甘えるのをやめて踏み込めばお互いに結ばれると気付いてしまった。そんな二人の間に割って入るのなんて野暮過ぎてボクには無理だった。

 勿論、付け入る隙はたくさんあったよ。でも気が進まないし、なんというかあの二人にはくっ付いて欲しかったんだ。ヒロキくんは鈍いから愛に無自覚だったし、マリアちゃんの根は臆病だから踏み込まなかったし、もどかしいったらありゃしない。キューピッドになるのも悪くないかななんて魔が差したんだ。

 あぁ、カッコつけのナルシストだから恋が成就しないんだって自覚はあるよ?

 でもいいじゃないか。カッコくらいつけたって。それで生き遅れたって後悔なんてないさ、はっはっは。

 ……とまぁ、こんな感じでボクは恋敗れて残りの高校生活をその二人の側で送ることになる。おかげで二次元コンテンツ研究同好会兼パソコン部の部室では背中が痒くなるようなラブコメ展開を毎日のように見せられた。眼福だなぁと感じる自分自身が少し悲しくなる。

 あと、これまた残念なことなんだけどボクは今現在に至るまで『伊月翠』なる先生のことを思い出せないでいた。ヒロキくんとマリアちゃんから聞いた二次元世界の存在も信じられないままだ。おそらく、ボクは『伊月翠』の作者に含まれないのだろう。だから彼女の一面を持っておらず、記憶は戻らなかった……と仮定している。だってボクはプログラムを書いたり、レイアウトのデザインはできるけどキャラクターの創作はしないからね。

 それにしても本当に負けヒロインだ。思い出すと悔しいような、でも楽しいような不思議な気持ちになる。総評するとスッキリした青春を過ごせた。

「ま、そういうわけだから売り上げに協力してあげよう」

 大学を出て実家の印刷所を継いだボクは仕事上がりに駅前までやって来た。家電量販店やラジオ局、それからブティックなんかが入った大きなビルの地下一階に目的の場所はある。所謂、ゲームショップなんだけど最近はそういうお店もめっきり見なくなった。もうダウンロード販売の時代だから仕方ない。

 店の手前側にはコンシューマー向けのソフトが並び、その奥には十八歳未満禁止のマークが書かれた暖簾がある。堂々と潜るとカウンターにいた店員さんは「またお前か」と生ぬるい視線を送ってきた。

「さて、新作コーナーは……」

 今日は月末の金曜日。つまりはエロゲの発売日である。どのメーカーもこぞってこの日をターゲットに、手塩にかけたエロの刺客を送り出すのだ。肌色露な女の子たちが印刷された、無用にデカい箱が並ぶ中からお目当ての一本を手に取る。

 作っているのは聞き慣れない会社だ。元々、きつねソフトという大手にいた伝説的なスタッフが独立して立ち上げた新興メーカーだとか。五人の美少女とその担任教師が並んだパッケージは学園モノで、原画は超人気イラストレーターのゼロ=マリア先生である。発売前から相当な話題になっていて体験版の評判も上々だ。

 どうやら最後の一本だったらしく、レジに通して振り返ると次の客が「えぇっ、売り切れ!?」と悲痛な声を上げている。危ない、危ない。予約していなかったボクも同じ目に遭うところだった。

 さて、帰ってからパソコンにインストールするとしよう。今夜は久々に寝ずにエロゲを遊ぶことになる。食べ物と飲み物も補充しておいた方がいいかな? どうせだったらヒロキくんとマリアちゃんを呼んでお祝いのホームパーティをやるのもいいかも。

 妄想を膨らませながらショップから出て帰路に着く。市営の自転車置き場まで行く途中、ド派手なピンク髪でツインテールの女子高生が歩いてた。しかもボクの出身校の制服である。エロゲのキャラみたいな子が現実にいてなんだか嬉しくなりつつ、目で追ってたっぷりと堪能する。こちらの視線に気付いたその子は鼻を鳴らして早足になってしまった。ちょっと罪悪感。

 ボクは覚えていないけど、きっと伊月翠という人もあんな感じで目立っていたんじゃないかな? だって、髪の毛が緑色の美人がいたら誰だって振り向いちゃうでしょ。

 紙袋の中身をちょっとだけつまみ上げて、箱に描かれた緑髪に白スーツのキャラに目を遣る。CVが天音みのりなのキャラなのに前評判はイマイチ、髪色もそうだけど二十半ば過ぎで身長が百七十センチ以上ある女性教師なんてストライクゾーンに入る人がいかにも少なそうだ。攻略可能ヒロインで人気投票をやったら最下位になると思う。

 けど、ボクは心に決めている。最初に、この先生キャラを攻略しよう。あのヒロキくんがシナリオを書いているのだ。どんな物語が待っているのか楽しみでならない。

「あの二人が本気なら当然の結果さ。ちゃんと取り戻せたんだね。心から、おめでとう」

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