第17話 志島澪、耳舐めボイスを所望する

 水をかけられた側の志島だがマリアに謝罪し、マリアの方は渋々といった様子で「別にもういい」と返した。それから本人の強い希望によりマリアと二人だけで話し合って、お互いにある程度の納得を得た。形だけの仲直りにならないように探りを入れてみたが、少なくとすぐに衝突するような関係ではなくなったようだ。

 こうして各メンバーから了解を得た二次元コンテンツ研究同好会とパソコン部は合併し、翠さんを顧問として迎えている。ここで志島は先生たちと交渉し「部室は歴史資料室だけど必要があれば情報科(つまりはパソコンのある部屋)も使わせて欲しい」という要求を通している。しっかりしたものだ。

 合併後は両者の名前をとって『パソコン研究部』となったけど、この名前に対してマリアは「ダサい」と強い不満を漏らしている。

 そんなわけで新生『パソコン研究部』の部活動第一回目。相変わらず埃っぽい歴史資料室の中央に配置された長机には俺とマリアと志島の三人が控えていた。そこへ顧問の先生として翠さんがやって来る。

「ごめんなさい、職員会議が長引いて遅れました」

 お詫びにとペットボトルのお茶を差し入れに持ってきてくれた。翠さんだけはミネラルウォーターである。これで四人が机を囲んだ。マリアはタブレットPCで黙々と絵を描いているが、ちょっと覗き込んでみるとエロ絵ではない。流石に先生がいる前ではエロゲのイラストを仕上げようとはしないみたいだ。

(よく考えるとこのメンバーが揃うのって不都合じゃないか? 建前上、先生がいる状態でエロゲなんか作れない)

 それを見越して翠さんは席を外してくれるだろうけど……

 俺の不安をよそに翠さんは切り出す。

「さて、みなさん。唐突ですがエロゲは好きですか?」

 いきなり何言ってんの?

 教え子たちに向かって「エロゲは好きですか?」だなんて。大体、十八歳未満はプレイしちゃいけないって起動時に注意が入るし、箱の裏にもそう書いてある。

 志島と俺は顔を見合わせ「?」を浮かべていた。マリアは全く反応していない。

「私はエロゲが好きです。えぇ、大好きですとも」

「あの、伊月先生。ちょっといいですか?」

「なんですか、黒沢くん?」

 堪らず翠さんのスーツの裾を掴んで歴史資料室前の廊下まで引き摺り出した。念の為、教室内を確認したが志島とマリアは動いていない。本当は大声で叫んでやりたかったが会話内容が筒抜けでは困るから顔を近付けてボソボソ喋った。

「いきなり、なにカミングアウトしてんの!?」

「男の子同士は互いの性癖を暴露し合うことでより仲良くなれると古来よりの言い伝えがあります。これから新生二次元コンテンツ研究同好会としての門出をむかえるにあたって団結は必要ではないでしょうか」

「男は俺ひとりだけなんですけど!?」

「むむっ、ハーレムじゃないですか。最後は4Pエンドになりますね」

「真面目に話してくれ。物凄い墓穴を掘ってるよ」

「そんなことはありません。教員が部室にいたらエロゲ制作ができないでしょう? だったら私もグルになってしまった方が好都合でしょう」

 確かにそうだ。でも懸念点がいきなり払拭されたのに全く喜べない。こんなことして翠さんの学校でに立場が悪くなったらどうするんだ。

「その顔は私のことを心配してくれていますね?」

「察してくれているならもうちょっとこう段階を踏むとかさぁ」

「いいアイデアがあるんです。これがあれば売り上げアップ間違いなし。そのためのカミングアウトでもあります」

「なに? 翠さんが声優でもやってくれるの?」

 冗談っぽく自分の願望を垂れ流してみると、翠さんは口を開けて呆然とした。まるで先を越されたと言わんばかりだ。まさか本当に声優をやってくれるつもりなんだろうか。俺たちが作っているゲームはボイスを実装できていない。今日び、ボイスなしのエロゲというのは硬派だ。

 翠さんはエロゲのキャラでちゃんとした中の人がいるから、そりゃもう聞き惚れるほど美声である。ハキハキした声はちゃんと授業でも活かされ、翠さんの授業内容は覚えやすいと生徒からも評判だ。

「読心術とはやりますね。そうです。ここで私が首を突っ込んで、この声帯に宿った天音みのりボイスを余すことなく活用しようというのです」

「確かに中の人補正すごそう」

「この緑髪のせいで私自身はぜんぜん人気ありませんが、中の人は大人気エロゲ声優ですからね! はっはっは!」

 泣きながら笑わないでくれ。自虐ネタなんだろうけど反応に困る。

「でも、本当に声優できるの? そりゃ、翠さんに声あてて欲しいな〜って妄想していたけどさ」

「その答えはすぐに出ると思いますよ」

 何か企んでいるな、この様子からすると。

 あまりマリアと志島を待たせるわけにはいかず、俺と翠さんは部室内に戻り、さっきのやらかしの処理をすることになった。あまりにも唐突なカミングアウトの理由を、翠さんは懇切丁寧に説明してゆく。勿論、自分が二次元世界からやってきたエロゲのヒロインだという部分は伏せている。それを話したら正気を疑われて通報されかねない。

 翠さんは滔々と語る。天地創造からこの方、人類はエロを求めて彷徨い続けてきたこと。それが声になり、絵になり、像になり、やがてはエロ本やエロ動画になったこと。その究極形としてエロゲが存在すること。

 ……って、だいたい俺が普段から主張しているのと同じ内容じゃないか。でも綺麗なお姉さんが通った声で演説すると正論に聞こえてしまうから不思議だ。

「……というわけで、黒沢くんがエロゲを作っていることは知っています。なので私も皆さんの仲間に入れて欲しいのです」

 歴史資料室はしーんと静まり返っていた。まぁ、いきなりそんな熱量でエロゲのことを語られたらそうなるわな。俺とマリアはともかく、志島は口を開けたまま固まっている。

 意外なことに沈黙を破ったのはマリアだった。タブレットを膝の上に置いて顔を上げている。

「ヒロキのアドバイザーって、やっぱり伊月先生だったんですね」

「黙っていてごめんなさい。いつか明かすつもりではいました」

「別に構いません。けど、ゲーム制作は軌道に乗っています。これ以上、先生のやることはないです」

 マリアでも教師と話すときは敬語になる。しかし、言っていること自体はかなり失礼なものだった。仲間に入りたいと表明した翠さんに対して「あなたは必要ない」と突き放しているようなものだ。

 これじゃ志島に水をかけたときと変わらないじゃないか。間に入ろうとした俺に対して、翠さんは視線だけで「大丈夫」と伝えてきた。どんなに厳しいことを言われても柔らかな笑顔は崩れていない。

 だから俺は様子を見ることにした。

「声には自信がありますから、お役に立てると思いますよ!」

「ヒロキの企画書ではボイス実装の予定はありませんでした。それ以前に、伊月先生はちゃんと演技できますか?」

「ちゃんと……というのはどういう意味ですか?」

「声をあてたいのなら、それに見合う技量があるかと聞いているんです」

 マリアの眼鏡の奥には鋭い光が宿り、教壇の翠さんを見つめていた。俺も止めようとも思わない。翠さんの中の人がいくら人気エロゲ声優とはいえ、翠さん本人に演技力がなければ声帯の持ち腐れだ。

「では、その耳で確かめてください」

 立ち上がって、持参した差し入れのミネラルウォーターを蓋を開けた翠さん。それだけで室内の緊張が一気に高まったような気がした。

(まさか……)

 水を軽く口に含む。揉むように頬を動かして口内を潤したようだ。それから二本の指をすぼめた唇の中に差し入れて……

 すげぇ下品な水音が歴史資料室の中に広がった。じゅぼじゅぽとか、ぬっぷぬっぷとか、そりゃもうエロゲをプレイ中のヘッドフォンからしか聞こえないような音だ。ねちっこく指をしゃぶり、吸い上げていく生々しい動きに圧倒されてしまう。

 あぁ、あの音ってこうやって出していたんだな。声優さんって大変だな。めいいっぱい顔を紅潮させて「ぷはっ♡」と指を引き抜いた翠さんはドヤ顔になっている。爪から唇まで唾液が糸を引いていた。

 当てこすった筈のマリアは目を見開いていたし、志島はエサを食べるときの金魚みたいにパクパクと口を開閉させる。誰も文句を言うまい。プロの演技である。つーかプロでしょうあなた。

「ヒロキ、どう?」

「え?」

「ヒロキの作るゲームなんだからヒロキが判断して」

 突然、マリアに意見を求められた。ぶっちゃけ、絵以外のことでマリアからこんな質問をされたのは初めてである。

「どうって……いいんじゃないかな?」

「そう」

 途端にマリアの興味スイッチはオフになったのか、タブレットPCでのお絵描きを再開した。今度はばっちりエロいイラストを描いている。これは問題なしということでいいのだろうか?

 それなら志島の意見も聞いておこう。両手で顔を覆ってプルプルしているし、放っておくのは気が引ける。

「志島はどう思う? 伊月先生の演技?」

 バッと顔を上げたイケメン女子の志島は目に星を宿していた。

「天音みのりソックリじゃないか! だよね、ヒロキくん!? みのりんボイスだよねこれ!? 最初から似てるなーって思ってたけどボクは確信したよ!」

「詳しいな……」

 エロゲ好きがバレてしまった志島は、もはやスカした仮面を被る必要がないと思っているらしく、興奮気味に立ち上がって目を輝かせている。

「ボイスの収録ならボクに任せてください! 音声データの加工だってできます!」

「志島さん!」

 ガシッと志島の手を握る翠さん。

 この二人、めちゃくちゃ気が合いそうだ。

「そこで伊月先生! お願いがあります! どうか、どうかボクの耳元で囁いてみてください! 性的に罵る感じでお願いします!」

「お前なぁ……」

 志島のアグレッシブさに呆れていると、翠さんはリクエスト通りに耳舐めボイスをやってくれた。絶頂した志島はしばらくコッチの世界に帰ってこなかったけど、これはこれでうまくいったからいいのか……なぁ?

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