第16話 伊月翠の脳内会議

 無事に志島さんを仲間に引き入れ、その志島さんはちゃんとマリアさんに謝罪しました。彼女は中学校の頃からヒロキさんに淡い恋心を抱いていましたが、マリアさんがいることで躊躇していたのです。しかも歴史資料室での抱擁を盗み見してしまい、ずっと悶々とした状態でいたので思い切って付き合っているのかと聞いてしまったとのこと。

 気持ちは理解できます。しかし、それがマリアさんの逆鱗に触れてしまいました。そんな背景を聞き出していたのでこっそりヒロキさんに伝えようとしたのですが、余計なお世話でした。

 あらためて彼の成長を噛み締めます。出会った最初の頃はお風呂にも入らないし、ろくに睡眠もとらないし、食事も不規則で、計画性ゼロだったのですがすっかり頼もしくなってきました。

 もともと人を惹きつける熱い性格の持ち主です。そのことがマリアさんや志島さんとの縁を生む結果になっています。やはり人間というのは一生懸命な人を応援したくなるものなのです。

「さて」

 がらんどうの自室でスマホをチェックします。未来のヒロキさんのボヤイッターをキャプチャしたフォルダからはかなりの数のファイルが消えていました。不摂生の面ではもう心配ないでしょう。私が教えた生活習慣がちゃんと身に付いたようです。その一方で特異点となる投稿は残ったままでした。

『失敗した。惨めだ』

『きつねソフトに入れなかった。死にたい』

『絶対にエロゲクリエイターになってやる。どんなことをしてでも』

 つらつらと並んだ文字からは強い感情が読み取れます。これらが消えていないということは「きつねソフトに入社できなかった」というヒロキさんの未来が変わっていないということ。

「しかし『ゲームが完成しなかった』という特異点の投稿は消えています。ということは完成はしたものの売り上げが千本に届かなかったといことでしょうか?」

 私の独自のリサーチによると、エロゲの良し悪しは9割が原画で決まると言われています。神絵師ゼロ=マリアこと、マリアさんのイラストであれば千本の壁くらいは突破できそうなものです。なんといっても彼女はボヤイッターでも数十万人のフォロワーがいるほど人気がありますからね。

「完成したけど、売れていない…… ゲームの内容は精査しました。ダウンロードサイトから価格帯・ボリュームの傾向を調べ、ヒロキさんは女子高生ヒロインとのイチャラブものを書いたわけです。ユーザーを極端に選ぶようなことはしていない筈……」

 何か見落としがないか、頭の中身を整理します。イメージとしては自分の中に複数の自分を作って会議をするといったところでしょう。アニメや漫画によくあるシーンですね。本当ならみんなで話し合えばそれだけ多角的な意見が出るのでしょうが、この秘密は誰にも教えるわけにはいきません。


 翠A「やはりゲームに新鮮味がなかったのでは? 今どき、女子高生とエッチするだけでは物足りなかったのかもしれません」


 翠B「いえ、鉄板です。それにゼロ=マリア先生の描いたキャラクターを見たでしょう? あれはもうコンシューマー級のデザインです」


 翠C「単純に周知が足りなかったという可能性はありませんか? 現時点でもまったく宣伝していません」


 翠D「なるほど。早い段階からラフ画やデザイン画を公開していきましょう。SNSを活用してユーザーの期待をあおるのです」


 翠E「それなら作品紹介のホームページも作らないといけませんね。幸い、志島さんを仲間に引き込めました。彼女にお願いしてみましょう」


 翠F「いや、それよりもNTR要素を取り込んで…… イチャラブの皮をかぶせてユーザーを絶望に落とすというのはどうでしょう?」


 翠G「ネトラレ見せつけという個人的な嗜好を取り入れないでください! これは負けられない戦いなのです。ユーザーのおシコりを裏切るような真似はできません!」


 翠H「エロゲなのにえっちボイスがないのはいかがなものでしょう? 声優さんのエロ演技とオートプレイは抜きに必須。それをお忘れでは?」


 そう…… 声! ヒロキさんのエロゲにはキャラクターボイスがありません!

 急いでダウンロードサイトの売り上げを調べたデータにアクセスします。音声の入っていない作品は圏外に出てしまう傾向が見られました。エロRPGやエロシミュレーションなどゲーム性の高い作品ならともかく、アドベンチャーだけのエロゲをノンボイスでリリースするのはこういった壁があるようです。

「こうなったら、エロゲ声優を雇うしかありませんね」

 しかし、ボイスを入れようにも声優さんは多忙なもの。すぐに収録に取り掛かれるわけもありません。制作スケジュールを鑑みても厳しいと言わざるを得ません。運良くどこかに予定の空いている声優さんはいないものでしょうか?

「できれば人気エロゲ声優を起用したいところですが、この時代のヒロキさんではコネはないでしょうし…… 今から声優さんのスケジュールを押さえるのは困難です」

 素人が演じるのも論外です。おシコりの邪魔になるようなら声なんていりません。

 どこかにいないものでしょうか? すぐに起用できて、欲情を誘う声が出て、時間に都合がつく声優さん……

「あっ」

 その条件にピッタリな人物が思いつきました!

 めちゃくちゃ近くにいるじゃないですか!

 なんという名案! さすが私です!

「これなら売上も上がるはず……」

 確信を得てフォトギャラリー内の別のフォルダを開きます。中身は、私の大切なひとのブログをキャプチャしたものです。書かれているのは素敵な思い出と、悲しみと、際限ない後悔。そこに保存してあるファイルは未だひとつとして消えていません。

「大丈夫、コミフェスまでまだ時間はあります。破滅の未来は私が変えてみせます」

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