第11話 伊月翠の失策

 放課後の職員会議というのは憂鬱なものです。というのも、会議とは名ばかりで結論は既に出ているのですから。話し合いに見せかけた「合意を取るためだけの寄り合い」は時間の無駄としか言いようがありません。ともあれ、憮然とした態度でマイナス点を稼ぐような真似はしないでおきます。時には真剣に、時には笑顔で、「ちゃんと聞いてますよ」と変化を付けつつ耳を傾けます。

 コの字の形に並べた長机には先生方が着座し、前方の黒板の前には教頭先生が「え~」とか「あ~」とか繰り返しながらお話を続けていきます。事前に目を通していますし、手元の資料の内容をそのまま読み上げているだけですから聞き逃してしまった部分は後でも確認できました。

 なお、隣に座った体育の男性教師は今日も今日とて「伊月先生。週末、一緒に飲みに行きませんか? いい店を知ってますよ」と誘ってきます。会議中を理由にやんわりと断っておきますがしつこ過ぎる。

 私は初心な男子高校生が好みであって、角刈りマッチョの酒飲み体育教師はストライクゾーンから大きく外れる存在なのです。ノーブラで寝息を立てる女に襲い掛からない紳士なヒロキさんを見習ってほしいものですね。

「……というわけで、一年生の入部で概ねの傾向が見れました。ここから部活動の人数が大きく変動することはありません。以前より話のあった部活動の統廃合についてですが……」

 淡々と進む教頭先生のお話に合わせて手元の資料のページをめくります。なんと、廃部候補の中に『二次元コンテンツ同好会』が入っているではありませんか。言うまでもなくヒロキさんの同好会です。

(廃部理由の欄に『活動内容が不明瞭で部員が少なく、部室の必要性が薄い』とありますね)

 この学校の教師になってから色々と調べました。『二次元コンテンツ同好会』はヒロキさんが1年生のときに立ち上げたものです。顧問の先生がおらずメンバーは二人のみ。活動費はゼロで、おまけに部室として割り当てられているのは校舎の隅っこで日当たりの悪い歴史資料室です。

 統廃合の対象としては妥当かもしれません。しかし、ヒロキさんがマリアさんとコミュニケーションを取るための場を失うのは明らかなマイナスとなります。エロゲ制作に支障をきたすと言っても過言ではないでしょう。

「え~、そんなわけで。部員が少なく、活動内容が似通っているものは統合します。今年度の対象はパソコン部と、にじ?コンテンツ同好会ですね」

 教頭先生、ちゃんと名前を呼んであげてください。二次元コンテンツ同好会です。

 でもこれは……よろしくない展開になったかもしれません。資料によるとパソコン部は三年生が引退し、二年生の志島澪さんが部長を務めているようです。一年生からの入部はゼロで部員は彼女一名のみ。志島さんは隣の2年B組の女子生徒ですが色々と目立つ人なので顔を知っていました。

 ぶっちゃけると陽キャです。隠キャのヒロキさんとは馬が合いそうにありません。水と油、磁石のN極とS極。そんなイメージすら浮かんできます。

「パソコン部は昨年末に顧問の先生も引退されてしまわれたので、統廃合後は……伊月先生に担当してもらいましょうか」

「えっ! 私ですか?」

 急に名前を呼ばれて大きな声を出してしまいます。先生方の視線も私に集まっていました。

 いえ、ヒロキさんをサポートする上で部活顧問という立場は有利になり得ますがすぐに「はい」とは返事できません。

 教頭先生は私を顧問に選んだ理由をダラダラと説明してくださいましたが、要は手が空いているからやれということです。反論の材料は幾らでもありました。けれどここはチャンスだと割り切ってしまいましょう。学校でも堂々とヒロキさんの側にいられるわけですし。

(統合相手がパソコン部ということは、うまくいけばプログラミングを手伝ってもらえるかもしれません。スケジュールも押し気味ですし、チームプレイをヒロキさんに学んでもらういい機会になるでしょう)

 会議机の下で小さく握り拳を作って気合を入れます。

 しかし、私は自分の甘さに気付いていませんでした。人間は話せば分かり合えるなんて幻想です。職員会議の部屋から数十メートル離れたパソコン部の部室で起こっていたことを私は何も知らなかったのですから。

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