第10話 エロゲをバカにする奴は万死に値する
パソコン部の部室はなぜかカーテンが全て閉まっており、使われていないパソコンのディスプレイにも電源が入っている。暗い教室の中、椅子や机の輪郭がうっすらと照らされる様は悪の秘密基地を彷彿させた。
入室するなり扉をすぐ閉めるように言われ、その通りにしたのだが命令してきた人間はというと腕組みをして立ち尽くすだけ。何となく間がもたなくて「あー……」と間延びした声をあげてみる。
「久しぶりだな、志島」
人影がピクリと動く。そいつはシルエットのままバレエみたいに踊ると、次々とカーテンを開けていった。夕日が差し込み、一気に燃えたような色彩が広がる。
「これはこれは、誰かと思えばエロゲオタのヒロキくんじゃないか!」
トーンが低くよく通る声で芝居がかったセリフを吐く。
肩まで伸びた栗色の髪をフワリとなびかせ、イケメン女子がキラリと歯を光らせて口角を持ち上げている。しかし目は笑っていない。翠さんほどではないが(あの人は現実世界だと反則的なボディなので)背が高くてスタイルが良いので一見するとバカっぽい決めポーズもかっこいいと錯覚しそうだ。
こいつがカンバン屋の異名を持つパソコン部の部長・志島澪である。どんなことでもソツなくこなして勉強も運動もできるというスクールカースト上位者だが、エロゲをバカにしまくる邪悪の化身でもあった。
パソコンを使ったデザインは志島の数ある特技の中のひとつだ。あだ名であるカンバン屋とは、実家が印刷会社を営んでいることに由来する。なんでも歳の離れた兄貴もWebデザインの仕事に就いているらしく、その手のスキルを妹である志島に伝授したとか。俺が今使っているノートパソコンも実は志島の兄貴からのお下がりだったりする。
「話があるんだけどいいか?」
「話? おいおい、エロゲの話なら他所でやってくれたまえ! ボクは忙しいんだ」
なお、ボクっ娘でもある。こいつはキャラを演じているだけで鬱陶しい喋り方は生来のものではないと思われる。若干、イラッとして怒りゲージが蓄積してきたけど我慢我慢……
「頼み事があって来たんだよ。話すくらいいいだろ?」
「た、頼み事!? ヒロキくんがボクに!?」
ポーズを解除してガタンと椅子に座った。両膝をピタリと付けてその上に軽く握った手を置いている。表情も緊張していて、ドラマなんかでよく見る就活生みたいだ。でもなんで態度が急変するんだ?
俺も適当に椅子を出して向き合うように座った。アーモンドの形をした志島の瞳が俺の目を斜めに覗き込んでくる。妙な期待感が透けていて切り出しにくいったらありゃしない。
「もももしかして、前の長編小説の続きを書いたのかい? それを見せに来たとか? ま、まぁ…… ボクは忙しいけど読むだけなら読んであげてもいいかな」
「いや、違う」
「じゃ、じゃあ…… ホームページのデザインを変えたいとかかな? ボクが作ってあげてから三年近く経つしそろそろリニューアルを……」
「ボヤイッターがあるからぜんぜん更新してなかったな、俺のホームページ」
「……」
あからさまに志島は肩を落とした。出会い頭のデカイ態度はどこへ行ったのやら。間が持たなくてまた「あー」と伸ばしてから本題に入る。
「実はさ、ロゴ作って欲しいんだ」
「ロゴ?」
「去年の学園祭のパンフレットってデザインしたの志島だろ? レイアウトとかロゴとか全部やってたよな。あれ、かなりクオリティ高かったよ」
「あ、あぁ! そうさ。ボクの仕事だ。あのくらい朝飯前だけどね!」
急に胸を張って威張った。鼻息も荒いし、得意げである。テンションの上下が激しいのは昔からだが、今日はいつにも増して振れ幅が大きい。
志島は本当に器用だから、学園祭ではパソコンだけでなく実際の工作や事務処理でも遺憾無く能力を発揮していた。自分が主体ではないお祭りは避けるタイプの俺やマリアとは大違いである。
「ロゴを作るくらいなんでもないさ。条件次第では引き受けてあげなくもない」
「条件って?」
もともとタダで作ってもらうつもりはない。条件とやらを聞いて、それを呑むとしよう。そういえば中学のときにホームページを作ってもらったときは「新作の小説を書いたらすぐ読ませて!」なんて緩いものだったなぁ。あの頃はひたすら自作のライトノベルをノートに書いていたからそれを渡すだけで済んでいたけど。
「よ、よし…… じゃあ映画を奢ってもらおう。場所は駅近くのショッピングモールだ。『マッド・スピード3 悲しみのマイロード』って上映中だろ? それを観た後でハンバーガーショップで……」
「あ~、ちょっと前にマリアと一緒に観ちゃったなその映画。ハンバーガーも食べたし。他の映画じゃダメか?」
面白さで言えば普通だったので二回も観たいとは思わない。どうせだったら他の作品を鑑賞した方が勉強になる。タイミングの悪い志島は黙って俯いてしまった。他に観たい映画の候補を考えているのだろう。
いや、その割にはピクリとも動かない。心配になった俺は志島の顔を覗き込む。唇を噛んですごい顔してる……
「し、志島?」
「どうしていつもヒロキくんはそうなんだ……」
「具合が悪いのか? 保健室、行くか?」
首を振って拒否した志島はようやく顔を上げた。さっきの形相はどこかへ消えてしまったらしく、いつものイケメン女子のツラに戻っている。まるで山の上の天気だ。けど眼力がすごくて、俺の意気込みは挫かれてしまう。
「ロゴの件だけどさ。とりあえず考えておいてくれよ。マリアひとりで部室に居させるの心配だし、そろそろ戻らないと」
「帰って」
「え?」
「さっさと帰れ! 穢らわしいエロゲオタク!」
「な、なんだよ! 急に怒り出しやがって!」
頬の筋肉をピクピク動かした志島は俺の背後に回って背中を押し、無理矢理立ち上がらせる。抵抗できないほどの腕力に驚く間もなく、パソコン部の部室の外まで押し切られてしまった。自分より背の低い女の子相手にパワー負けしている事実にちょっと凹む。
「ボクはキミたちみたいに暇を持て余していないんだ! せいぜい、物置みたいな部屋で二次元コンテンツとやらを探究するがいい! 二人しかメンバーのいない弱小同好会のくせに!」
「ちょ……待てよ!! 確かに俺たちは二人きりだけど、楽しくやってんだよ! 何でもできる人気者だからって、いつもお前は俺をバカにして……」
「二人きりって……ヒロキくんのバカぁっ!」
ピシャリと扉が閉じられ、危うく挟まれるところだった。もう取り付く島もない。あれでも中学の頃は、もっと話の通じる奴だったのに。
収穫ゼロのまま俺はトボトボと歴史資料室に戻るしかなかった。
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