第8話 担任の先生はNTRがお好き

「大変です、ヒロキさん」

 授業と部活を終えて帰宅後の作業していると、翠さんが真剣な顔をしていた。さも当然のように俺の家に上がり込んでくることはもう捨て置こう。部屋の中もかなり片付いてきて、人が訪ねてきても対応できる。まぁ、壁に貼ってある肌色面積90%の美少女ポスターは剥がしたほうが無難かもしれない。

 ちなみに夕食はとうに食べ終えていた。今日はご飯を炊いておかずはスーパーで買ってきている。我が家の炊飯器が起動したのはいつ以来だったかな。

 そんなこんなで一度、自分の部屋に帰った翠さんがまた訪ねてきたのである。

「どうしたの? っていうか、どうしてジャージ姿?」

 翠さんはいつもの白スーツ姿ではなかった。どこでそんな色が売っているんだとツッコミたくなるような、鮮やかな深紅のジャージ姿である。緑色の髪とマッチして似合っていたもののサイズは小さいようだ。自己主張の強い胸に引っ張られてファスナーが開いてしまっている。

「お風呂が壊れました。お湯が出ません……」

「あ~、俺ん家も壊れたことあったなぁ」

 このアパートは築四十年のボロだから水回りも色々と怪しい。俺なら風呂に入らず修理を待つだろうが、翠さんにとっては辛いのだろう。

 作業の手を止めてしばし考える。ジャージに着替えてうちに来たということは、何を望んでいるのか想像が付く。

「うちの風呂、使ってよ」

「いんですか! 助かります!」

「普段、あれだけ世話になっているんだからこれくらいは……ね」

「そうだ、せっかくだから一緒に入りましょう」

 豊満な胸元で手を合わせた翠さんはさも名案のように告げる。もうこのノリには慣れてきてしまった。実は心臓が飛び出そうになったが悟られないようにポーカーフェイスを維持する。慌てすぎるのもカッコ悪いってもんだ。

「すっごく狭くて二人一緒に入れないでしょ、うちのアパートの風呂」

「正論をぶつけられるとは思いませんでした。もうちょっと照れたり慌てたりしてもよいのでは?」

「これでも十分、慌ててるよ」

「むぅ…… 刺激に慣れてしまったようですね。仕方ありません」

 案外、素直に諦めてくれた。本当にやるつもりはなかったのだろう。

 年上の女性と一緒にお風呂なんてエロゲにありがちなシーンだけど、実際にやれと言われたら首を横に振る。恥ずかし過ぎて無理だ。

「では私と一緒に銭湯へ行きましょう」

「えぇ~? うちでも入れるじゃん」

「一度、行ってみたかったのです。それともあれですか? バスタオル一枚の私が部屋をウロウロしてもいいんですか?」

 なんだその脅し方は。そんなにガード低くていいのか高校教師。むしろ、本命はこっちだったようだ。わざわざジャージに着替えたのも頷ける。そうなると銭湯に行きたいというのを無碍にするわけにはいかない。

「近くのスーパー銭湯でいい?」

「はい!」



 そんなわけで歩いて10分のところにあるスーパー銭湯にやって来た。こんなに家から近いのに今まで利用したことはない。風呂なんて家ので十分だと思ていたからだ。

 でも、お屋敷みたいな凝った店構えなのは良い点だ。中も旅館風になっていて、カウンターで受付をしてから翠さんと分かれて風呂に入る。街中の施設だから混浴なわけないし。

 足を伸ばせる浴槽ってのは案外いいもので、肩までお湯に浸かったら変な唸り声をあげてしまった。年寄りになった気分である。長湯は苦手だからささっと出た俺はロビーでスマホを弄りつつ瓶牛乳を飲んだ。これでも俺なりに銭湯を堪能している。ボヤイッターには空になった瓶の写真をアップしておいた。

 しばらく待っているとロビーがざわつく。顔を上げると女湯の方からホクホクと湯気を立てた翠さんが歩いてくる。大体察していたけど、銭湯に来ているお客さんにめちゃくちゃ注目されていた。見慣れていない人からすれば翠さんのルックスは目を引いてしまう。

「お待たせしました、ヒロキさん」

 そして俺に集まる殺意の視線。主に男性からだ。だからそういう目で見られても何にもできないんですけどね、俺。

「か、帰ろうか」

「はい!」

 会計を済ませて外に出る。ちょっと涼しくて風呂上がりにはぴったりの気候だ。けどあまり外にいると湯冷めしそう。

 車道側を歩く俺に、翠さんはちょっと口を尖らせる。

「お風呂で御老人たちに質問攻めにあってしまいました。なんでそんな色に染めているんだ?とか色々と」

「いちいち説明しなくちゃいけないのは大変そうだね。元からその色なのに」

 帰り道の何気ない会話で翠さんの苦労を察する。もともとはエロゲのヒロインだから、別に緑髪でも(人気が出ないということを除いて)問題ない筈だ。それが現実世界にやって来たら有り得ないヘアカラーのことをいちいち聞かれてしまう。

「染めていないということはアンダーヘアーの色で分かってもらえました。裸のときはそういう手間が省けて便利ですね」

 なるほど、下の毛の色も……って待て俺。翠さんの全裸を想像するな。本人が目の前にいるのにそれは失礼だろうが。「あ、はい」とさも興味なさそうに返してやると翠さんは若干不満そうだった。わざわざそういう話題を出したということは俺のリアクションを期待していたのだろう。

「生えてない方が好みなら、オプション画面からONとOFFを切り替えられる機能がありますよ?」

「何の話!? オプション画面ってどこ!? というかやめようそういう話題!」

「ヒロキさん、エロ小説を書いている割にはこういうトークに対して耐性低いですよね」

「キーボードに打ち込むのと、翠さんと話すのとではぜんぜん違うって察して……」

 単なるアウトプットと会話のキャッチボールでは天地の差がある。俺は三次元に興味がないから免疫力も低いのだ。

「あとは『うちの孫の嫁に来てくれ』と。なんでもお孫さんは三十代前半でバリバリの会社経営者でイケメンだそうです。年商は百億円だとか」

「あ、はい」

「素っ気ない反応ですね?」

「そうかな」

「……ヒロキさん、寝取られモノ苦手ですもんね」

「なんで知ってるの!?」

「ボヤイッターでいつもぼやいてるじゃないですか。イチャラブは好きだけどNTRはダメだって」

「べべべ、別に平気だから!」

「私がそのイケメンさんに寝取られても?」

「というか、翠さんが結婚したってネトラレにはならないでしょ!? 俺たち、言ってみれば師弟関係なんだし!」

「へぇ~ そうですか。そうですね」

 口を尖らせて目を細め、翠さんの歩幅が広くなる。並んで歩いていたのにあっという間に置いていかれてしまいそうだった。俺も歩幅を広くして追いつこうとするが、背丈は殆ど同じなのに脚の長さが悲しいほどに異なる。

「待って。なんかものすごく怒ってない?」

「そんなことありませんよ。湯上がりで顔が熱っているだけです」

「もしかして翠さん…… 実はNTRが性癖だとか?」

 不機嫌の理由がそれくらいしか思い付かなかった。俺は無意識のうちに翠さんの性癖を否定してしまったのかもしれない。図星だったのか翠さんは何も答えてくれなかった。

 自宅アパートまで帰ってきたが、翠さんはそそくさと外階段を登ってしまう。息を切らせ気味に追いつくと翠さんは自分の部屋の鍵をガチャガチャ回している。しかし、扉は一向に開かない。

「どうしたの?」

「開きません」

「え?」

「鍵が壊れたみたいです…… 締め出されてしまいました」

「あー……」

 ボロアパートとはいえ、給湯器に続いて鍵まで壊れるとは運がない。がっくりと肩を落とす姿はやたらと小さく見えた。こんな夜遅くだから鍵屋に連絡しても来てはもらえないだろうし、ちょっと気まずい雰囲気なのは承知で提案する。

「明日は休みだし、とりあえずうちに泊まる? 外にいると風邪ひくかも。朝になったら鍵屋さんか大家さんに連絡すればいいでしょ」

「迂闊に同衾すると寝取られた時のショックが大きくなりますよ?」

「根に持つなぁ…… っていうか、俺は床で寝るから。流石に一緒には寝れないよ。それに今までだって俺が眠るまで見張ってたことあるでしょ」

「あれは自分の意思でそうしました。今回は違います。女性に泊まれを促しておいて同じベッドで寝ないなんて…… これはもう後日、謎のビデオテープが送られてきて再生してみるとビキニパンツのマッチョに囲まれながら蕩けた笑顔でピースする私の映像が映っていても文句は言えませんね」

「そういう文化があるのは知ってるけどビデオテープの実物って見たことないなぁ」

 こう言ってしまうとアレだけど翠さんの面倒臭さってマリア並みかもしれない。ヘソを曲げるとリカバリーしてもらうまでが苦労する。でも放っておくと共用通路で寝ると言い出しかねないのでジャージの袖を引っ張って部屋の中に入ってもらった。

 翠さんはベッドの上でペタンと座り込み、ジャージの上を脱いでTシャツ姿になる。

「真面目な話ですが、そんなに私って魅力ないでしょうか? やはり髪の毛の色が悪いのでしょうね……」

 そそくさと床に座布団を並べてその上で寝る準備をしていたのだが、スルーできぬ圧力がのしかかってくる。こういう時、どうフォローすべきか俺には分からない。小説的なセリフでよければ浮かんだのだが、あまりにも臭くて口に出せなかった。だから思ったままを告げる。

「すごく魅力的だよ」

「おぉ、ストレートですね。その割にヒロキさんは身持ちが固いというか、もうちょっと年相応のスケベ心があっても不自然ではありませんよ? あ、でも三次元の女性には興味ないんですよね。現実世界に来てしまった私は三次元。う~ん、残念」

「手を出して翠さんに嫌われたら二度と立ち直れないよ俺」

「別に構わないのですが。でもそれってつまり、ヒロキさんにとって私はすご~く重要な存在ということですね」

 ずいっと顔を近づけてくる。まつ毛が長いし、風呂上がり特有のいい匂いがした。どうしてこうもグイグイ来るのか分からないけど、翠さんは楽しそうである。

「あ、はい。そうです」

「ふふふ、結構。未成年でなければこちらから手を出してしまうんですけどねぇ。18歳未満の方とはプレイできない、清く正しいエロゲキャラというのも辛いものです。でも先生と生徒という禁断の関係もそそりますね。あぁ、エロゲの神様のお叱りさえなければ……」

 ブツブツとぼやきながら翠さんはTシャツの中に手を入れてブラジャーを外した。カップがすげぇでかい。寝るときに邪魔だから外すのは理解できるんだけど、俺が見ていないときにやってほしい。動揺を隠すので必死になる。

「そ、それじゃおやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 部屋の明かりを消すと、睡魔が猛ダッシュで襲ってくる。今日もいっぱい文章を書いた。満足だ。それに……うん、いい日だった。こんな日がずっと続けばいいのに。

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