第7話 伊月翠の計略
映画館から帰宅するなりヒロキさんはお礼を言ってきました。「翠さんのおかげでマリアに協力してもらえた!」と本当に喜んでいました。私も一緒になって喜び、ちょっとしたお祝いと称して二人で外食しました。カロリーオーバーだったのですが今日くらいはいいんじゃないでしょうか? ヒロキさん、今までちゃんと食事してなかったせいでガリガリですし。
さて、これまでは私のことは疑い半分だったヒロキさんですが、企画書の力で見事にマリアさんの協力を引き出しました。私は十分な信用を得られたと見えます。計画がやり易くなったことに思わず笑みが溢れてしまいました。
浮かれるのは構いませんが、ちゃんとヒロキさんが寝たのを確認しましょう。寝たふりから起き上がってスマホをいじりはじめたことが何度かありますので。でも意外と寝顔がかわいいんですよね。自称、エロゲのヒロインという怪しい女がいる部屋でこんな風に眠れる神経はなかなかのものです。
ちょっとだけ悪い顔をしてから隣の自室に戻ります。家具は寝るための布団だけ。家電は最低限で洗濯機と冷蔵庫のみ。あとは学校から持ち帰った資料の類があります。殺風景ですが気にしません。
スーツのポケットからスマートフォンを取り出し、写真フォルダを確認します。見たいのは二次元世界に居たときに保存したヒロキさんのボヤイッターのスクリーンショットです。細かくタグを付けてあります。
タグの種類は『寝てない自慢』『食べてない自慢』『エナドリ飲み過ぎ自慢』などなど。どのタグの投稿が何個あったのかは、スマホ内のメモ帳に記録してあります。
これらは未来のヒロキさんが投稿したものです。だから私が介入すれば投稿の内容が変わったり、投稿そのものが消えたりします。それはヒロキさんの身に起こった現実や、考えが変わったという証左となり得ます。
私が現実世界に来る前のスクリーンショットの数と、現在残っている数を比較しました。不摂生関連のタグは各数百個ずつあったのですが、数えたら百個以下に減っています。さらに、私が『特異点』と付けたタグの数もカウントしてみました。
「特異点の投稿がひとつ減っています。微力ながら歴史修正に成功しているということですね……」
安心し過ぎてへたり込んでしまいました。もしも今日の作戦がうまくいかなかったらどうしようとハラハラしていたのです。かといって、私がヒロキさんとマリアさんのデートに首を突っ込むわけにはいきません。ただ待つというのはこんなにも疲れるものなのですね。
しかし、これで終わりじゃありません。むしろ始まったばかりなのです。
「最大の特異点を示す投稿はまだ消えていない……」
別のフォルダに保存されているスクリーンショットを確認し、胸がかき乱されます。文章を目で追うだけで辛い気持ちになってしまうのですぐに閉じました。
気分を変えたくてカーテンを開けて窓の外を眺めます。暗雲が立ち込めていて星が見えません。勿論、この程度で不吉だなんて早合点しませんよ。
「私は挫けない。何があっても絶対に計画をやり遂げる」
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