第2話 ライター童貞にエロゲ作る資格ってないんですか?
放課後、覚醒と同時に教室を飛び出る。
が、マリアに呼び止められて「部活は?」と聞かれてしまった。
「今日は休む。大事な用事があるんだよ」
「……わかった」
相変わらず抑揚のない声だが、ちょっと落ち込んだらしい。
部活といっても部員は俺とマリアの二人だけの同好会だからな。俺が休むと必然的に一人になってしまう。
「今日はわたしも帰る」
「おう、また明日。クルマに気を付けて帰るんだぞ」
「子供扱いしないで」
廊下で別れ、一度だけ背後を振り返ると小柄なマリアが余計に小さく見えた。
後ろ髪を引かれるけど大事な用事があるというのは本当だ。
学校を出てバスに乗り、駅で電車に乗り換えて僅か三十分。そこから徒歩でさらに十五分。
憧れのエロゲメーカーは意外と近くにある。夕日が眩しい時間帯に、真っ赤に照らされたマンションの前に辿り着いた。
「住所はここで合っているよな?」
スマホで確認。間違いない。
入り口で部屋番号を押し、中に通される。
俺が住んでいるボロアパートとは大違いでセキュリティが厳重だった。
エレベーターで目的の階に着くと、共用スペースにスーツ姿の中年おじさんがいた。滲み出るオーラですぐ分かる。この人は、エロゲを作る側の人間である。
「キミが……黒沢ヒロキくん?」
何を驚いているのか目を丸くしている。
俺はなるべく元気よく「はい!」と答えたが、相手の表情はどんどん曇っていった。
「まいったな……」
「あの、何か?」
「ま、せっかく来てくれたんだ。中へ入ってよ」
な、なんだ?
あまり歓迎されていない雰囲気だぞ?
けど「入って」と言われた以上、怯んではいられない。つられてマンションの一室に入るとそこはエロゲの生まれる源泉があった。
壁には所狭しときつねソフトの作品ポスターが貼られ、棚にはグッズが並べられている。
外からの見た目以上に広くて机がたくさん並んで、その上には当然のようにパソコンが鎮座していた。
「今、みんなで食事しに行っているんだ。いるのは僕だけ」
「あ、そうなんですね」
「キミが今日来るなんて言い出したから留守番だよ…… そりゃ面接いつがいいかって聞いたのは僕だけどさ」
ボソッと恨みがましく呟かれ、俺の背筋は凍ってしまった。
どうにか弁解しようとしていると「いじわる言ってすまない」と逆に謝られてしまう始末。
「僕は古村。一応、採用担当かな。とりあえず座って」
パソコンデスクからキャスター付きの椅子が引き出されたので慎重に尻を乗せた。
古村と名乗ったおじさんは向かいの椅子に座ってネクタイを緩める。どうやらスーツにあまり慣れていないらしい。
「黒沢くんって、本当に『あの』黒沢ヒロキくん? その格好、高校生だよね?」
「え? どういう意味ですか? 確かに高校二年ですけど」
「ほら、黒沢ヒロキってミッドナイトノベルのランキング常連だろ」
「あ、はい」
何が言いたいのかいまいち分からない。
もしかして偽者だと思われているのだろうか?
「証拠、見せたほうがいいですか?」
「そうだね。じゃあ、ボヤイッターで『ラーメン食べてる』ってボヤいてみてよ。実は僕、フォローしているんだよね」
言われるがまま、俺はスマホを取り出して「ラーメン食べてる」と投稿する。古村さんはスマホをチェックして再び溜息を漏らした。
「才能かぁ……」
「これで俺が黒沢ヒロキだって証明できましたよね」
「うん、よく分かった。まさか高校生で、しかも本名で投稿していたとは思わなかったけど」
「そ、それは! ペンネーム考えるのが面倒くさくて……」
「まぁまぁ落ち着いて。こっちとしてもいきなり酷な質問から入らなくちゃいけないからさ。お互いに冷静でいよう」
「酷な質問って……」
「キミ、ゲームは作ったことあるの?」
無い。
エロゲは大好きだけど小説しか書いたことない。
そうなんだけど即答し難かった。手と視線が宙を泳いでいると古村さんは椅子の背もたれに体重をかけて溜息をついた。
「無いんだね」
「は、はい。でも俺、きつねソフトに就職したらがんばりますから!」
「でもシナリオライターの募集要項に『要経験』って書いてあったと思うんだけど」
「え」
そんな一文あったっけ?
勢いで応募したから全然読んでなかった。
「それに未成年を雇うわけにはいかないし」
「ら、来年には18歳です!」
「そりゃそうなんだけど…… いや、本音を言えば『黒沢ヒロキ』には入社して欲しいよ。戦力として期待している。けど会社の規則で未経験者は雇えないんだよ」
「そんな……」
いきなりお先真っ暗になってしまった。
どう取り繕っても、俺はゲームなんて作ったことがない。
エロ小説なら毎日のようにネットにアップしているけど。
しばらくは気まずい沈黙が続いた。もうどう切り出しても不採用になりそうで怖かった。
古村さんも耐えかねたのか「あー」と声を上げる。
「僕個人としては、これだけの作品が書ける人材は欲しい。だから条件を出そうと思う」
「それって……」
「ゲームを作ったことないキミには相当厳しいよ。だから採用試験だと考えてくれ」
「やります! なんでもやります!」
「条件は、同人でゲームを作って夏のコミックフェスタで1000本売ること。どう?」
「いや、俺はゲーム作ったことがなくて…… それにコミフェスは一般参加したことはありますけど、そもそもイベントでサークル参加したことも……」
吃ってしまったのは当然だ。コミックフェスタと言えば、夏と冬に開催される超大型同人イベントである。いきなりそこに出ろと言われても……
「それを含めてのチャレンジだ。僕以外のスタッフも納得してキミを迎えられるように、壁は高い方がいい。入社してからすぐに戦力になってもらわないとね」
「……」
いや、いくらなんでも無理だ。そもそもエロゲは散々プレイしてきたし、作りたいとも思っている。
けれどいきなり一人でやれだなんて不可能に決まっているじゃないか!
「あ、言い忘れていた。別にキミひとりで絵を描いてプログラムして販売しろって意味じゃないよ。仲間を集めても構わないし、誰かにやり方を聞いてもいい。それならできるだろ?」
「えっと、多分」
「よし。決まりだね。今日はもう帰っていいよ」
「いや、それはそうなんですけど」
「あとね、いくら面接の日を選べるからって今日の夕方っていうのはやめてね。それとスーツくらいは着て来た方がいい。僕じゃなかったら門前払いしていたかもよ」
「……気をつけます」
なんだかとてつもなくヤバいことがするする決まった気がする。
いまいちリアクションしきれず、きつねソフトのスタジオが入ったマンションを後にした。
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