斑鳩②
今もまだタケルは
「短いのも結構評判よかったけれど……
「どっちも好きだぜ? 短かったのも似合ってた。キャリアウーマンって感じだった」
「例えが雑すぎるわ。どっちがいいのかはっきりしなさいよ。草薙の好みに合わせてあげるから」
「いや、どんな髪型でも俺はお前が好きだよ」
「ほんとよくばりさんねぇ。あんたこそ昔から何も変わって…………」
斑鳩はタケルの返答に違和感を感じた。
自然な流れと口調だったのに、何かニュアンスがおかしい。
どんな髪型も好きだよ、ではなく、今確かに……。
「……えっ」
「本気だぜ」
髪に触れていたタケルの指先がうなじに伸びる。
そしてそのまま首を引き寄せて、もう片方の手でミントキャンディーを引き抜くと、タケルは斑鳩に口づけをした。
斑鳩が瞳を大きく開く。
ただ触れ合うだけの、唇の感触を確かめるだけのキスだった。
驚いたとしても拒絶は無い。鼓動だけが早くなり、顔が熱くなっていく。
長いキスの後、唇が離れると同時に、斑鳩はタケルに問う。
「……これは、何?」
タケルは斑鳩の舐めていたキャンディーを、そのまま自分の口に入れる。
「ん、告白だ。あっさり流れに身を任せてみた……って、うわ! そうだ、このキャンディー激烈カラいんだったぜ……」
斑鳩はタケルの自然すぎる態度に、結構イラッとした。
キス直後の至近距離で、斑鳩は眉根を寄せた。
「は? 何よそれ、ムカつくわね。流れに身を任せた、ですって? 大人の対応すぎるでしょう」
「フッ、僕も大人になったんです」
「もっと童貞っぽくきなさいよ」
「――いや童貞っぽくってなんだよっ、まだ童貞だよって何言わせんだよっ」
「やめてよね、私も処女が出ちゃうじゃないの」
「……処女が出る? な、なんか怖くね、それ」
「あの草薙が不意打ちであっさりとか、幻滅しちゃうわ」
「こうでもしないと、どうせ煙に巻こうとしてくるだろうが……」
「何で名乗りを上げないのよ。草薙諸刃流なんちゃらって言いなさいよ」
「さすがに告白でそれは面白すぎるだろ。ちょっと考えたけどさ」
「考えたの? さすが草薙ね」
「なぁ」
「なにかしら」
「そろそろ真面目に聞いてくれるか……さっきから顔赤いぞ」
「……………………あんただって、赤いじゃないの」
二人して赤かった。冗談かってぐらいに真っ赤っかだった。
顔は間近にあるのに、二人して目を逸らす。
「しょ、正直さ……俺がお前を好きになるのって、全然不思議なことねぇよな」
「……不思議よ。元カノポジションだし」
「別に付き合ってたわけじゃねぇだろ。なんか心情的にはわからんでもないが……俺からこうやってキスしたのも初めてだし」
「最初に奪ったのは私だものね」
「ああ、仕返しだ」
また二人は黙り込む。
気まずいというよりは、こそばゆいという気持ちだった。気心が知れた相手と恋愛関係になる瞬間は、得てしてこういうものらしい。
おずおずと、斑鳩はタケルを見る。
タケルもまた、視線を彼女へ戻す。
「私、バツはついていないけど、子持ちよ?」
「お前、その言い方……カナリアにはもう話してある」
初めて斑鳩が不安げな表情になる。
「あの子、なんて?」
「あっそ、だってさ。前々からそうなるだろうと思ってたみたいだぜ。むしろ、遅い、根性なしが、って罵倒された」
ほっ、と胸をなで下ろす斑鳩。
これだけ素直に表情を変える彼女は珍しい、とタケルは思ったことだろう。
「……妹は、キセキはどうするのよ。あの子が認めないでしょ」
「認めたぞ。ハンカチ噛みながら」
「冗談みたいに嫉妬する女のテンプレできたわね……まあ、もう大丈夫でしょうけど」
「ああ、キセキは大丈夫だ。お前とどうこうなっても、あいつとは一緒にいるしな」
「どうこうって……私達、どうなってしまうの」
頬を染めたまま、少し上目遣いでそう言われて、タケルの目があからさまに泳ぐ。
この表情は結構な破壊力だっただろう。
斑鳩自身、ガラにも無く乙女チックな表情をしていると自分でも思っていた。
残念ながら狙っているわけではない。
台詞はいつも通りを心がけているのに、表情がまるで追いつかないのだ。
これはダメだと斑鳩は思った。
嬉しすぎて杉波斑鳩を保てなくなる。
タケルはタケルで、大人な自分を保とうとしているが、今にも崩れそうだった。
「あ、あー、それと、三五小隊メンバーには……」
「いい、私から伝える。そこはお願い、私に任せてほしい」
「そう言うと思って、まだ言ってねぇんだ。でもどうやって伝えるつもりだ?」
斑鳩は軽く目を伏せ、苦笑する。
「伝え方なんて考えていないわ。ただ、まっすぐよ」
「珍しいな」
「茶化すつもりも、誤魔化すつもりもない。だって私、あの子達のことを愛しているもの」
「……だな」
「引っぱたかれても、殴られても構わない……ちゃんと離れないように繋ぎ止めるてみせるわ」
「それは頼もしい」
「いざとなれば足下に縋り付いて一発抱いてやるつもりよ」
「……抱きしめるの方だよな?」
「抱かれてやってもいい」
「待て! 告白早々、あいつらにお前をぶんどられるのだけは勘弁してくれ!」
「ハグよ、ハグ……馬鹿ね、もう」
斑鳩はそっとタケルの胸に手を触れた。
掌から伝わってくる鼓動は、自分のものよりずっと早くて力強い。
安心する。
大人ぶっていても、心はウブでむっつりスケベなタケルのままだ。
「それで……私達、どうなっちゃうんだっけ?」
パキン、と、タケルの口の中でキャンディーが砕ける音がした。
「お前、まだはぐらかそうとしてるだろ?」
「何がよ」
「俺はまだお前から答えを聞けてねぇ」
「……ふぅ。しょうがないわね、そこまで言うなら、今すぐ始めましょうか」
斑鳩が手を放し、自分の背中にひょいと両手を伸ばす。
何事かと思っていたタケルだったが、斑鳩の大きな胸がぶるんと弾んだのを見て、彼女がブラのホックを外したのだと気づいた。
これにはさすがのタケルも動揺する。
いつか見た光景そのままだからだ。
上着を脱ぎ捨て、裸になった斑鳩に胸を押される。
「っ、おい、待て押すな、倒れるって!」
「ちゃんと受け身とりなさいよ」
「何する気だっ!?」
「初夜よ」
「しょ、しょしょしょ、初夜!?」
「セックス」
がたん、と椅子から落ちてタケルが仰向けに床に倒れた。
いてて、と呻くタケルの上に馬乗りになって、斑鳩は胸を張って長い髪を両手で払う。
下から見ているタケルにとっては大迫力の光景だ。
露わになった二つの乳房と、赤面しつつも艶っぽい斑鳩の表情に、彼の視線は釘付けだった。
斑鳩は股下に感じるものに、ふふっ、と笑った。
「あら、あんたも準備万端じゃない。よかったわ、緊張して使い物にならなかったら落ち込んでしまうものね?」
「……っ」
「今日は散々私のことを翻弄してきたんだし、初めての時ぐらいは私が主導権を――」
「――いいぜ、やろう」
ふぇ。
そんな声が斑鳩から漏れた瞬間、タケルが上半身を起こして、斑鳩の背に手を回した。
そして彼女が頭や背中を打たないように支えながら、ゆっくりと押し倒す。
逆転されてしまった。
タケルが上で、斑鳩が下になった。
真剣な表情で見下ろしてくるタケルの顔に思わずときめいてしまい、何も言葉が出てこない斑鳩。
「そのかわり、最中でいいから、必ず俺に好きって言えよな」
「……っ! ま、前に言ったことあるじゃない」
「じゃあ、愛してるって三回言え」
「難易度、跳ね上がってるんですけど?」
「言っておくが、俺のはデカいから覚悟しろよ」
「あんた何言ってんのか自分でわかってる?」
「ああ。お前、尖ってる奴の方が好きなんだろ?」
「くっ、調子に乗って! 下ネタは私の担当なのに……! 私の知らないところで勝手に大人になってるんじゃないわよ!」
すっかり女の子にされてしまったのが悔しくて、斑鳩はタケルの胸を軽く叩こうとした。
「ああ、でもこれからは――俺が変わる時、必ずお前にそばにいてもらう」
斑鳩の伸ばした手を掴んだタケルは、はっきりとそう言った。
「ぁ……」
平静を装うのはとっくにできていなかったが、これで最後の壁が崩れた。
見る見るうちに瞳に涙がたまり、こぼれ落ちていく。
それはあの日への返礼だった。
斑鳩にとっては告白も同然だった、あの言葉への答え。
くすぶり続けていた青春時代の残り火が、今ようやく炎となってくれた。
タケルはそっと斑鳩の涙を拭う。
「ごめんな、遅くなって。お前がこんなに涙をためてるなんて思ってなかったんだ」
「ほんとに……遅いわよ、バカ」
「素直じゃねぇお前も悪い」
「……そうね。ほんとにそうだわ……」
斑鳩の手がタケルの頬を撫で、お互いの顔が近づく。
「ねぇ、草薙……タケル?」
「ああ」
「好きってちゃんと言うの、約束するから……」
斑鳩は心底幸せそうに、恥ずかしそうに、彼へ苦笑する。
「……めいっぱい、優しく抱きなさいよね」
肯定するまでもなかった。
互いの匂いを吸い込むように、二人は激しく熱くキスを交わす。
二人の初体験はまさかの学園の教室だった。
夕暮れに染まる教室で、互いの存在を確かめ合うように、溶けていく。
幸福と充実の中で、斑鳩はタケルへ言葉を贈った。
愛してる、愛してる、愛してる。
永久に、あなたを愛してる、と。
対魔導学園35試験小隊 特別番外編『6years after』 柳実冬貴/ファンタジア文庫 @fantasia
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