(223)カレンダー

 2024年が始まって2週間が経過し、社会は正常運転になっている様にも見える訳だが、能登地方の被災地ではまだ混乱が続いていて、政府の愚策も続いている様だ。


 被災地の学校が被災している事から、中学生が金沢まで疎開する動きもある様だ。


 しかし、保護者は同伴できないらしく、親子が別々に生活しなければならないのだとか。


 能登地方の人口はそれほど多くは無い。


 にも関わらず、この混乱っぷりは酷いものだ。


 もし首都圏直下型地震が起こったならば、都民への政府の対応はどんな感じなんだろうな。


 避難所は当然定員オーバーになり、食糧も不足し、水さえ飲めなくなるのだろう。


 熱さや寒さをしのぐ為に車中泊ができればまだ良いが、都民で自家用車を所有している率はとても低い。


 内閣府の発表では、首都圏直下型地震が来る確率は、今後30年以内に70%以上なんだそうだ。


 南海トラフ地震が来る確率はもっと高く、同様に東京にも被害が及ぶと考えると、ますます事前の準備が必要だと思える訳で。


 で、何となくカレンダーを見ていて思ったのだが、今年も既に2週間が過ぎている。


 1年間は52週間あるのだが、そのうち2週間が既に過ぎているのだから、残り50週間しかない訳だ。


 つまり、既に1年間の1/26を消化してしまった訳だ。


 今月末には1年間の1/12を消化する事になり、今年ももう残り11か月という事になる訳で。


 2月6日には1年間の1/10を消化した事になり、みるみるうちに時間が消化されてゆくのを指を咥えながら見ているだけの自分に絶望しそうにもなる訳で。


 月ごとのカレンダーは1年間に11枚しかめくる事が出来ない。


 そのうちの1枚を、もう2週間でめくらなければならない訳で。


 一生懸命働いても、ボケっと過ごしていても、同じ速さで時間は刻一刻と過ぎてゆく。


 どうせ限られた時間しか過ごせないのならば、幸せな時間を送りたい。


 そう誰もが思っているのに、今の能登地方ではそうはなっていない訳で。


 いや、能登地方だけでなく、日本国中で同じような思いを抱いている人が居るのではないのだろうか。


 過去30年の不況の日本。


 この社会を作ったのが資本家や政治なのだとしたら、彼等が望んでいるのは「国民の幸福」などではないという事だろう。


 まるで貴族が奴隷を使役するかのごとく、今の日本社会は庶民が資本家によって虐げられている。


 こんな生活がいつまで続くのか、カレンダーをペラペラとめくりながら考えてしまう訳だ。


 でも、やっぱ諦めきれないよな。


 幸せになりたいよな。


 刻一刻と「幸せ」に近づいているという実感が欲しいよな。


 カレンダーに書かれた数字を見ながら、幸せな未来を想像出来る様になれたらいいなと、そんな事を思う、今日の僕なのであります。


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